5-4.類似性と共通点
「二人のどちらが持って行ったとして、どちらも商店街で商売をしている身でしょ? それにどちらもマスターとは面識があるし、旧知の仲。そんな人間が窃盗を行う利益って、ほぼゼロだと思う」
「まぁ、そうだけど……。どうしても金が要り用だったとか」
「すぐにお金が要るなら、蛙を持ち出したところで、それを換金してくれるのは質屋さんしかないでしょ。それじゃ意味ないじゃない。ケチで有名な人だもの。自分があげた品物のことを忘れるわけがない」
「あ、そっか……。だから窃盗じゃないって言いたいんだね」
リコリーは納得したように言った。
「じゃあどういう善意で、蛙は持ち去られたんだろう?」
「それがわからないから困ってる。リコリー、何か思いつかない?」
「そうだなぁ」
ホットサンドを食べきり、今度はチーズケーキに手を伸ばしたリコリーは、これまで聞いた話を頭の中で整理する。そしてその中から、最も気になっていたことを口に出した。
「『レミー女王の蛙』と『ピンカー大臣の気球』なんだけど……」
「その寓話が何?」
「なんか似てるよね、その話」
リコリーは二つの話を脳内で照らし合わせながら、共通点を一つずつ上げる。
誰かが大量の何かを持っていて、それを大事にしていた。
別の人間がそれを取り上げようとしたので抵抗したところ、窮地に陥った。
大事にしていた物のおかげで助かった。
取り上げようとした人間は財産を失った。
「似てるでしょ?」
「確かに。でも寓話ってそういうの多いと思う」
「僕ね、この話は繋がってると思うんだよ。レミー女王の蛙を焼き殺そうとした王様と、ピンカー大臣を閉じ込めた王様は同じ人間ってこと」
「それは飛躍しすぎじゃない?」
「そんなことないよ。蛙の話では、女王を助けるために吐き出された金貨が、隣国の王のものであると示唆されている。でも蛙はどうやってそれを手に入れたのか。ピンカー大臣が宝物庫から飛ばした気球からじゃないかな」
アリトラは眉を寄せ、天井を見上げながら考え込む。
「金貨をわざわざ隣国へ飛ばしたの?」
「そうだよ。国民に分け与えたとして、傲慢な王様は「国民のものを何でも城に持ってきてしまう」から、無意味だしね。女王のいる国は、王族でも高価な薬を取り寄せることが出来なかったってことは、困窮してたんだろう。多分二つの話は元々一つで、それが時代と共に変化して今の形になったんだろうね」
同じ話から派生していくつもの物語が出来ることは多々ある。蛙と気球の話が元は一つであったなら、数々の共通点もおかしくはない。
二つの寓話に絡んだ品物が店に持ち込まれたのは偶然だろうが、蛙だけいなくなったのは偶然とは思えない。アリトラは再度、数時間前のやり取りを思い返す。記憶の中の様々な言葉の中で、一つだけ明らかに不自然なものが浮かび上がってきた。
「……もしかして」
「何か思いついたの?」
アリトラはオスカーが置いて行ったガラス球を手に取る。照明に翳してみると、内側に何か文字が刻まれているのが見えた。だがそれはフィンで使われている「西アーシア語」ではない。
「リコリー、これ読める?」
ガラス球を覗き込んだまま片割れを呼ぶと、すぐに席を立って近づいてきた。
「どれ?」
「あの奥に書かれてるやつ」
「……ラスレ語みたいだね。えーっと」
書かれている通りにリコリーはその文章を口にする。フィンでは馴染みは薄いが、偶に繁華街などで耳にするイントネーションだった。
「僕もラスレ語は得意じゃないんだよね。えーっと『私は大臣のそれに守り、従い水を持ちて回る』……?」
「『大臣の名のもとに財を守り水をもたらす』だろ」
カルナシオンが宙に綴りを書いて、何かを確かめるようにしながら口を挟む。
「助詞の使い方が複雑なんだよな」
「マスター、ラスレ語わかるんですか?」
「何回か出張に行ったからな。ところで二人とも、まだ腹に余裕はあるか?」
双子が揃って頷くと、カルナシオンは何かの準備を始めた。客席側からは何をしているか見えない。
アリトラは掲げていたガラス球をカウンターの上に戻し、リコリーの方に顔を向ける。
「オスカーさんが、妙なことを言ってた。このガラス球は「アンティーク」だけど「未使用」だって。矛盾してると思わない?」
「アンティークって中古のことだよね? 確かに未使用っていうのはおかしい気がする」
「そういう言葉が出てくるってことは、このお守りは何らかの用途に使えるってこと。『大臣』という単語が出てくるから、あの寓話に基づいて作られたものに間違いないと思う」
「でもそれなら気球の形にするんじゃないの? どうしてガラス球なんだろう」
リコリーの疑問にアリトラは一度頷いてから言葉を続けた。
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