5-3.新作ホットサンド

「皆より先に食べれるなんて、持つべきものは飲食店勤務の身内だね」


 一時間後に訪れたリコリーは、カウンター席に座らされ、レモネードとホットサンド、チーズケーキのセットという豪華な昼食を振舞われていた。

 食前の祈りを済ませてから、三角形になるように切られたホットサントを手で摘まむ。縁までしっかりと焼き上げて固くなったパンに、大きく口を開けて噛り付いた。


「……ん?」


 リコリーは少し首を傾げながら、口の中に入ったホットサンドの一部を噛み、手元に残った分を見つめる。何度か咀嚼した後に飲み込むと、唇についたケチャップを舌で舐めとった。


「ザクザクしてる」

「どう? 新作なんだけど」


 左側の席に腰を下ろしたアリトラが、悪戯っぽい笑みを見せて尋ねる。リコリーはホットサンドを持ったまま、首だけ回して片割れを見た。


「これ、アリトラが作ったの?」

「よくわかったね」

「マスターよりも具の入れ方が丁寧すぎる。中に入っているのは、薄く切って揚げたチップス?」

「それに胡椒を掛けたもの。パンの上にベーコン、チーズ、チップス、チーズ、ベーコン、ケチャップ」


 両手を交互に重ね合わせながら、アリトラが中の構造を説明する。リコリーは二口目を味わいながら、幸せそうな顔をした。


「チーズがチップスに絡んでるのが美味しいね。全体にペッパーが掛かっているわけじゃないから、いいアクセントになってるよ。ベーコンに塩気がないのは?」

「西区で作られてるベーコンでね、そこでは岩塩でお肉を焼く習慣があるの。だから肉には基本的に塩を使わないんだって。チーズが少し塩気強いからベーコンは逆に淡白な味わいにしてみた」

「なるほど。でもずっと食べてると飽きてきちゃうな。オリーブオイル系のソースがあると嬉しいかも」

「それいいね。採用」


 アリトラはエプロンから小さなメモ帳とペンを取り出し、今の意見を書き留める。それからキッチンで同じものを食べているカルナシオンに顔を向けた。


「マスターはどう思う?」

「悪くないと思うぞ。ただ、このポテトのザクザクした食感はどうやったんだ? チップスを入れて焼き上げたら、フニャフニャになっちまうだろ?」

「一度揚げたものを冷凍してみたの。それをチーズで包んで焼き上げると、丁度よい硬さに焼きあがるってわけ」

「なるほどな。だが忙しい時には厳しいな。ランチ営業以外なら出していいぞ」


 カルナシオンが手が汚れるのも構わずに豪快にホットサンドを食べつくすのとは逆に、リコリーはゆっくりと食べ進める。途中で口直しにホットレモネードで喉を潤した後、おもむろに口を開いた。


「それで、蛙はどうしたの?」

「え、何が?」

「蛙」

「あ、ちゃんと話は聞いてたんだ」


 リコリーが店に来てすぐに、アリトラは消えてしまった蛙の置物のことを相談していた。だがリコリーは途中から空腹のほうが深刻になって、あまり話に身が入らなくなり、見かねたカルナシオンが昼食を先に済ませるように進言した。


「聞いてるよ。さっきはお腹空いたから」

「もっと朝ごはん食べたらいいのに」

「お前が僕に、今日はホットサンドの試食をしてもらうから、お腹空かせて来いって言ったんだろ」


 リコリーは食べるのを再開しながら、不満そうに呟いた。とはいえ、美味しいものがあれば概ね機嫌は良いので、すぐに表情を緩ませる。


「状況から考えて、蛙を持って行ったのはライチか、オスカーさんだね。どちらも木箱を持ってきたから、それにこっそり入れて持って帰ればいいだけだし」

「だと思うんだけど、どうしてそんなことするのかわからない」

「その置物が高価なものだったとか?」


 アリトラは首を左右に振った。


「量産品だと思う。ガラス瓶には結構傷がついてたし」

「それに高価な物を、あのケチの質屋がくれるわけがない」


 カルナシオンがそう言ったので、双子は首を傾げた。


「そうなの?」

「あの質屋さんは僕たち面識がないので」

「昔からケチで有名なんだよ。家からだって殆ど出ない。理由は簡単だ。「靴が磨り減るから」だぞ? そんな人間がくれるものなんてたかが知れてる」

「それは、かなりの筋金入りですね……。あれ? じゃあその人のことはライチやオスカーさんも?」


 カルナシオンは口周りについたケチャップを拭いながら頷いた。


「知ってるよ。俺達にとって商店街の人間は全員親戚みたいなもんだしな」

「じゃあ二人とも、あれが高価な品じゃないってわかってたんですね」

「もし高価な品だったら、ライチなら寧ろアタシ達に教えてくれると思う。「見ろよこれ、すごい値打ちもんだぜ」とか言って」


 アリトラの言葉に、二人も同意を返した。裏表のない性格をしているライツィは、良くも悪くも取り繕うことを知らない。万一、金銭的に困窮していても、素直にそれを吐露するような男だった。


「そういう意味で言うなら、オスカーもだな。あいつとはオシメしてる頃からの仲だが、あぁ見えて人に気を遣う性格だ。良いものだったら手放しで称賛するだろうよ」

「というかその状況なら、盗んだのはどっちか一人ってすぐわかりますよね。何でそんな危険なことをしたんでしょう。本当に手に入れたかったなら、明日以降でもいいはずなのに」


 リコリーが純粋な疑問を口にする。

 マニ・エルカラムの開店を待ちわびる者は多い。また、フィン国屈指の繁盛店であることも知られている。人でにぎわうことが予想できる明日以降のほうが、物を盗み出すには向いている。


「アタシもそれが不思議だったの。それで一つの仮説に行きついたんだけど、もしかしたら「善意」なのかなぁ、って」

「善意?」

「良かれと思って持って行ったってこと」


 意味が飲み込めずに目を瞬かせるリコリーをそのままに、アリトラは自身の考えを提示する。

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