4-2.水族館『アスマ・ピラー』
翌日、朝から列車に乗って水族館へ向かった二人は、現地に着くまではまだ半信半疑のままだった。南区にある、あの殺風景な展示館のイメージが強すぎたため、最初にその建物を見た時に驚きを隠しきれなかった。
「何これ」
「キレーイ!」
波とイルカを模した青いゲート。そこから真っすぐに続く道は白い石畳。左右には芝生が敷かれ、魚のモニュメントが輝いている。
プレオープンのためか、ゲートのところには即席の検問のようなものが設置されていて、係員がチケットを確認していた。
「本日はプレオープンです。チケットはお持ちですか?」
笑顔の綺麗な女性係員に声を掛けられると、アリトラは父親に渡されたチケットを差し出した。
「フィン国軍、ガルジス少佐のご紹介ですね。二名様、お名前をどうぞ」
差し出されたノートには既にいくつか名前が記されていた。
双子は自分たちの名前を記載すると、パンフレットを手渡されて、敷地内への通行を許可された。
「ペンギン見れますか?」
興奮気味に尋ねたアリトラに、係員は少し呆気にとられたが、すぐに笑みを返した。
「まだ赤ちゃんなので、あまり水槽の縁には来ませんが、運が良ければ」
「楽しみだね、リコリー」
「そうだね、アリトラ。プレオープンってどのぐらいお客さんが入るんですか?」
「一日十組で、午前と午後に分かれています。なので今の時間はお客様を含めて五組が対象です」
「じゃあゆっくり見れますね」
「オープンすると混雑が予想されますので、今日のうちにご覧になることをお勧めします」
双子は礼を述べて、建物の方へと向かう。
白い石畳の先に鎮座するのは、円柱型をいくつも組み合わせたような建物だった。外壁を青のタイル張りにしていて、表面を真珠状にコーティングしているため、それに太陽が当たって柔らかい輝きを纏っている。タイルは青一色というわけではなく、濃淡の差があるものをモザイク状に組み合わせていて、まるで海の一部を切り取ったかのような美しさがあった。
「凄い建物。こんなの見たことない」
「第二正教派の教会の様式と似てるな。もしかしたら西ラスレあたりの建物を参考にしたのかも」
数十人はまとめて移動出来そうな大きな入り口は、ゲートと同じように一人分のスペースだけを残して後は扉を閉ざしていた。金属製の黒い一色の扉は、外壁の見事な装飾に比べると少々素っ気ない。
二人がそこに近づくと、海色の美しいワンピースを着たスタッフが笑顔で立っていた。
「ようこそ『アスマ・ピラー』へ。招待客の方ですね。」
長い髪を結いあげたスタッフは、優雅に右手を動かして、二人の視線を閉ざされた黒い扉へ導いた。
「館内のご案内をします」
その言葉と共に、黒い扉に地図が映し出された。
地図の下には華やかな色で描かれた魚のイラストと共に、『アスマ・ピラー』の飾り文字が浮かび上がる。
「これって魔法?」
「投影魔法だね。でも太陽光の下でこれほど鮮やかな色が出せるのは、相当な技術が必要だよ」
館内は円形を二つ重ねたような形状になっており、通路を時計回りに進んでいき、途中で中央にある「ドーム」を通過する仕組みとなっていた。
「当館はフィンを代表する建築家、シグロ・カルツ氏の監修により最新鋭の建築技術を用いて建てられました。従来の角を多く持つ一般的な展示場の形式を捨て、殆どの部屋が緩やかな曲線によって強度と美しさを保っております。それらの中心にあるのが、「ドルフィンドーム」です」
勿体ぶった口調で、案内嬢は円の中心を示した。
「このドームで、透明イルカが展示されております。他にも沢山の魚や生き物がおりますので、どうぞごゆっくりご覧下さい」
「なんでドーム?」
純粋な疑問を口にしたアリトラに、案内嬢は予期していたかのような笑みを浮かべる。
「それは見てからのお楽しみです。きっと驚かれますよ」
地図の表示が変化して、いくつかのアイコンが浮かぶ。それは展示内容やトイレの位置などを示していた。
「ドームを除いた外側の通路は、南、西、北、東通路と名称がついています。南はペンギン、西は熱帯魚、北はフィン海に住むクラゲ、東は淡水に住む巨大魚がそれぞれ目玉になっています」
「熱帯魚って何?」
聞きなれない単語を、アリトラは片割れに尋ねる。しかしリコリーが答えるより早く、案内嬢が説明してくれた。
「温暖な海に住む魚のことです。ピンクや黄色、虹色、金色。華やかな色の魚が泳いでいるのは圧巻ですよ」
「へぇ、楽しみ。展示時間が決まってるものはあるんですか?」
「基本的にはございませんが、ドームで行われるパフォーマンスはタイムスケジュールがございます。プレオープンでは一度しか見れませんので、お見逃しなく。それと、展示ではありませんが」
案内嬢は北通路にある飲み物のマークを示した。
「こちらで提供しているアイスクリームは夕方までとなっております。オススメは焼き林檎味です」
「後で食べようね、アリトラ」
「うん」
一通りの説明が終わると、二人は漸く中へと通された。
まず足を踏み入れて驚いたのは、建物の内装までもが非常に凝った作りになっていることだった。
「見て。床にペンギンの足跡描いてある」
「天井にも海の絵が描いてあるね。まるで水中にいるみたいだ」
足跡を辿っていくと、巨大な水槽の中にペンギンがいるのが見えた。
ガラス張りの水槽の中は半分が氷を模した陸地、もう半分が海水になっている。ペンギン達はその中を自由に泳いだり、餌を食べたり、あるいは眠っていたりと自由に過ごしていた。
「可愛いなー」
「可愛い。赤ちゃんペンギンいるかな?」
陸地になっている方に近づいた二人の前に、一匹のペンギンが近づいてきた。尾羽を振りながら歩いてくる様子に二人が釘付けになっていると、続いて二匹、三匹と近寄ってくる。
あっという間に水槽の中の殆どのペンギンが寄ってきたのを見て、アリトラが「あっ」と声を上げた。
「そうだ、リコリーの体質忘れてた。ペンギンにも有効なの?」
「……そうみたいだね」
動物に異様に好かれる体質のリコリーは、近所を歩けば猫に求愛され、公園を通れば亀が高速で追ってきて、窓辺で本を読んでいると小鳥が集まってくるような事が多い。
だが流石の本人も、水槽越しまで自分の体質が有効とは思っていなかったため、少々困惑していた。
「あ、見て。赤ちゃんペンギンまで来た」
「本当だ」
他のペンギンの足元を潜り抜けて、灰色の毛に包まれた小さなペンギンが這い出てくる。大人とはまた違う愛くるしい姿に二人は感激したものの、他のペンギン達に押しつぶされそうな様子を見て、慌てて我に返った。
「次行こう、次。このままじゃペンギンが怪我しそう」
「そうだね。まさかこんなに集まるなんて予想しなかったよ」
水槽から離れた二人は、新たに入口から来た客に気が付いた。背が高い中年の男で、スケッチブックを抱えている。双子を一瞥したが、そのまま真っすぐにペンギンの水槽の方へ向かって行った。
「次は何があるのかな?」
「大体は魚だと思うけど……。魚まで引き寄せちゃったりしないよね、僕」
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