4-3.遺跡と魚

 ペンギンの次に二人が興味を惹かれたのは、壁沿いに立った複数のガラス管と、その中に入っている軟体動物だった。


「タコだ」

「タコ、生きてるの初めて見るかも。可愛い」


 青、緑、黄色などの色鮮やかなタコがガラス管の中で泳いでいる。食べ物によって体色が変化することが、傍らの壁に投影魔法によって提示されていた。 


「あ、タコって食べられるらしいよ」


 文字を読み込んでいたリコリーが、ある一文を見て声を上げる。


「ヤツハで、刺身とか小麦粉に混ぜて焼いたりして食べられてるんだって」

「美味しいのかな? なんか中身グチャグチャしてそう」


 タコを食べる風習のない二人は半信半疑で、ガラス管の中を見る。色とりどりのタコ達は、その柔らかくて長い脚を縦横無尽に広げながら、管の中を移動していた。


「でも可愛い。アタシ、これ好き」

「僕も。向こうにもイカがいるよ」


 未だに魚を一匹も見ていないことなど気にも留めず、二人は南通路を進む。漸く魚がいる水槽を見たのは、暗いところで光るイカに大興奮した後だった。

 水槽がいくつか並んでいて、それぞれに違った内装が施されている。遊園地のような華やかなもの、高級店のショーウィンドウのようなもの、子供部屋のようなものまでさまざまで、どれも展示されている魚の見た目や習性に合わせて作られていた。


 一つ一つ眺めながら進んでいた二人の耳に、不意に前方にいる客の話し声が飛び込んできた。遺跡をイメージした水槽の中で泳いでいる魚を見ていた若い二人連れの女性で、長い黒髪の女が眉間を摘まんで天井を仰いでいた。


「なんだったかしら、この遺跡」

「だからぁ、西区のでしょ」


 間延びした声で、もう片方が言う。赤茶色の髪を短く切り、銀色のピンでサイドを止めていた。


「そんなのわかってるわよ。私が思い出したいのは遺跡の名前。あぁ、苛々する」

「そうやって悩むのは、エレナの悪い癖だと思うなぁ。後で調べたらいいじゃない」

「気になるんだもの」

「エドラム闘技場遺跡群、第三区」


 急に割り込んだ声に女性二人は不思議そうに振り向いた。声を発した本人であるリコリーは、思わず口にしてしまったことに気が付いて、両手で口を押える。


「ちょっと、何してるの」

「ごめん、つい」


 謝ろうとした双子の前で、黒髪の女は顔を輝かせた。


「そう、それよそれ! すっきりしたわ!」

「よかったねぇ。その男の子にお礼言ったら?」


 茶髪の女は、少し垂れ気味の目を二人に向けた。


「ありがとう、君たち。エレナときたら、気になると止まらないんだよね。一日中だって悩んでるんだもの。助かっちゃった」

「区画まで出るなんて、マニアックな知識よね。貴方、この遺跡好きなの?」


 人見知りなリコリーは困ったように目を泳がせる。それを見たアリトラは、仕方なく代わりに口を開いた。


「多分、歴史の勉強で習ったのとか、図書館で読んだのを覚えてるだけ。歴史物が好きだから」

「でも覚えてるなんて凄いわよ。貴方たち、デートで来たの?」


 年頃になってから幾度となく聞いた誤解に、二人は慌てることなく否定した。


「アタシ達、兄妹です」

「あら、そうなの?」

「ごめんねぇ、勘違いしちゃって。ほら、エレナ。次行こうよ」


 女性達はそのまま次の水槽へと移動した。その様子を見て、アリトラは肩を竦める。


「リコリー、口に出すならせめて自分で説明してくれない?」

「最近、人と話してなかったから……」

「後でアイス奢ってね」

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