1-2.甲板の上の珍事

「まぁ素敵な説明で。つい聞き入ってしまいましたわ」

「温水プールなんて懐かしいな。学院時代に使ったきりだ」

「あれよりも豪勢なものらしいね。後で見てみようか」


 客人たちは再び話に花を咲かせ始める。船内の詳細な説明がなされたこともあり、設備を見て回ろうとホールから出て行く客も多かった。

 警備の軍人はその光景を見つめていたが、暫くして交代の時間となった。船内は広いので各所に警備が置かれているが、常に同じ場所にいるのは警備上好ましくないため、数時間単位で場所が交代される。


「交代だ。次の警備場所は一等客室」


 同僚でもある交代要員がそう告げる。自分と同じように、何処か辟易した顔をしているのを見てレグナードは苦笑を零した。


「そっちはどうだった?」

「誰も来ないから暇だよ。まぁ此処と違って飯の誘惑がないのは助かるけどな」


 同僚はふと思い出したように眉を持ち上げる。


「そういえば、今日の客人って軍と政府の関係者だけだよな?」

「その筈だ。制御機関と研究機関は別日だそうだから。何でそんなことを?」

「いや、外国人がいたから気になって」


 レグナードはそれを聞いて肩を竦めた。


「おいおい。お前は爺さんか? 今時、移民なんて珍しくもないだろ。十三剣士隊のクレキ中尉に聞かれたら、首を斬り落とされてるぞ」

「軍人でも政府関係者でもなさそうだから、気になってるんだよ。まだ若い二人連れで……」

「服装は?」

「正装だったけど」

「じゃあ誰かの連れだろ。下手なこと言うと藪蛇になる」

「わかってるよ」


 そう言いながら、どこか納得していない相手をその場に置いて、レグナードは会場を出た。

 船は五階層に分かれていて、中心となる三階に会場がある。甲板もあるので、他の階に比べて使用スペースは狭かった。レグナードは警備の一環として甲板へ足を踏み入れる。煌びやかな船内と比べると殺風景で、冷たい風が頬を撫でる。

 これが真冬でもなければテーブルか椅子ぐらいは並ぶのだろうが、今は何も置かれていなかった。真冬の海を渡る船にそんなものを置いても氷漬けになるだけだと皆知っている。


「さて、一周してから上に行くか」


 小さな駅の一つぐらいは容易に入りそうな甲板には、照明らしいものが殆どない。柵には小型照明が並んでいるが、それも中心部までは照らせていなかった。そのため、甲板の中央に大きな穴が開いているかのような錯覚を与える。

 レグナードが歩き出そうとした刹那、その穴の向こうから男のうめき声が聞こえた。苦しそうな声に混じり、倒れるような音もする。


「どうしましたか!?」


 レグナードは声を掛けるが、応答はない。迷わず走り出しながら、腰に提げた軍刀を意識する。前衛部隊ではないが、一通りの訓練を受けているため、抜くことに躊躇いはない。出来れば抜きたくはないが、万一ということもある。

 中央の暗い穴の上を走り抜けると、甲板の先へと出た。照明で明るいその場所に、一人の男が倒れていた。身なりは良く、しかし軍の関係者ではない。何か恐ろしい物でも見たかのように顔は歪んでいて、オールバックにした緑色の髪は乱れていた。


「大丈夫ですか?」


 胸の辺りを抑えて苦しんでいる男の傍に駆け寄ってしゃがみ込む。少し離れた場所で、男が持っていたと思しき空のグラスが転がっている。

 男は痙攣する手をレグナードの方に伸ばし、何かを言おうとする。だが大きく開かれた口から飛び出したのは、言葉でもなければ叫びでもなかった。

 宙に放たれたのは、銀色の鱗を持った大きな魚だった。


「は?」


 呆気にとられるレグナードの膝の上に魚が落ちる。そしてそれに合わせたように、男も力を失って甲板の上に崩れ落ちた。


「……な、なんだ?」


 魚は水の上で暴れまわり、尾鰭を激しく振るう。男から生命力を奪ったかのように、その動きは力強かった。

 呆然とそれを見ていたレグナードは、すぐ傍に何かの気配を感じて視線を動かす。レグナードの右側、少し照明が途切れた場所に人間が二人立っていた。

 どちらも驚いたような表情で、動かなくなった男を見ている。まだ若い男女で、正装姿だった。レグナードは二人の容貌を見て、そして同僚が言っていた「外国人」のことを思い出していた。

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