第3部 双子は演繹する

第1話 +Voyage[船旅]

1-1.ファデラース号

 煌びやかな照明は、魔法の力を借りて色鮮やかな帯を作り出す。天井には宗教画、柱は金銀宝石か華美に飾られ、上等なビロードの絨毯の上には立派なテーブルと食事が並んでいた。

 広いその部屋の中では、着飾った男女がグラスを手にして談笑をしている。着飾っているとはいえ、よく見れば軍服姿も多く見られて、それが何のパーティであるかは一目瞭然だった。


「しかし流石はヴィルセット社。豪華客船と聞いてはいましたが」

「これほどとは思いませんでしたわ。でもどうして最初のお披露目が軍のパーティなのでしょう」

「ヴィルセットと言えば、王政時代の近衛兵隊長の家系。今も軍に多数一族の方が在籍していますからね」


 窓の外には暗い海が広がっている。フィン民主国は東部が海に面しているが、冬の間はその寒冷な気候ゆえに渡航や出航が制限されている。しかし、有名造船メーカーであるヴィルセット社により作られた最新式の豪華客船「ファデラース」は、これまで困難であった氷河の中の安定航海を可能にした。

 処女航海となる今日は、軍や政府の関係者を招いてのパーティを兼ねており、招待客はそれぞれ客室を与えられたうえでの参加となっていた。


「先ほどの演奏も見事でしたね」

「あの劇場お抱えの楽団だそうですよ」

「そういえば『星の肖像』はご覧になりました?」


 様々な言葉が入り乱れる中、警備のためにホールの出入り口に立った軍人、レグナード・カルスは、内心つまらなく思いながら周囲を見回していた。皆が食べている豪華な食事は、自分達のところに回ってくることはない。豪華客船の警備という仕事に最初は胸が躍ったが、乗ってみればただ立っているだけで、何も面白くはなかった。


「会場の皆さま。これよりヴィルセット社を代表しまして、会長より挨拶がございます。どなた様もどうぞ、お食事を続けて下さい」


 室内の壇上に一人の男が上がる。年の頃は五十代後半、グレーの髪を後ろに撫でつけ、同じ色の口ひげは丹念に手入れされている。恰幅のよい体を正装で包み、胸ポケットから赤いハンカチーフを覗かせていた。

 男は壇上の用意された拡声魔法を起動すると、よく通るバリトンの声で挨拶をした。この客船を作った会社の会長でもあり、軍の要職にもついている名士だった。


「お集まりの皆さん、お楽しみいただいているでしょうか。今日、この記念すべき処女航海に皆さんをお招き出来たこと、まことに嬉しく思います」


 客人たちの拍手が響く。会長はそれを聞いて、細い目に笑みを浮かべた。


「さて退屈とは思いますが、この船の説明をさせて下さい。まず全長は……」


 本人が退屈と言った割りに、その饒舌な語り口は造船に疎い人間達をも引きつけた。

 船の名前の由来は、王政時代を終わらせた革命軍のリーダーから。その高名に恥じぬ最新型の魔動力エンジンで、従来より二割以上速度を上げることに成功した。


 船内には温水プールがあり、真冬の氷河の上で水着姿で優雅に泳ぐことが可能であること、客室はグレードが分けられているが、一番下の客室であっても狭苦しさは感じさせない造りとなっていることなどを語り終えた時には、既に数十分が経過していた。


「食事に使っている魚は、全てこの海で獲れたものを使用しています。足りなくなったら言って下さい。私が甲板から釣り糸を垂らして調達してきましょう」


 ホールに笑い声が満ちる。それを契機に会長は短い言葉で謝辞を述べて壇上から下りた。

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