1-3.招待客の双子

 死んだ男は招待客の一人である、政府官僚のサザー・ブラントンだった。

 四十という若さにして国家予算委員会の実質的トップとなったことで有名で、貧困層から伸し上がった精神力と手腕で、数々の官僚絡みの不祥事を暴いてきた実績がある。

 何度かスキャンダルに見舞われ、その度に将来を絶望視されながらも、それを逆手に取って伸し上がった経歴も手伝って、民間からの支持が厚い。


「で、君達の名前は」


 レグナードが尋ねると、二人の男女は顔を見合わせた。

 騒ぎを避けるために、男の遺体は速やかに回収され、甲板には「強風のため」と理由をつけて人の出入りが禁止された。男が死んだことについては、軍と造船会社の一部以外には伏せられている。

 唯一例外である、遺体の傍にいた男女は空いている三等客室に放り込まれ、レグナードがその取り調べを命じられた。


「名前だよ、名前。さっきから黙ってるが、言葉がわからないなんて言うんじゃないだろうな」


 質問を重ねると、若い男が怯えた表情で口を開いた。目つきが鋭く、黙っていればそれなりの貫禄が出そうだったが、あまり気は大きくないようだった。


「ぼ、僕はリコリー・セルバドスです。こっちは妹のアリトラ」


 隣の若い女は、フィンではまず見かけない青い髪をハーフアップにしていた。大きな白い花の髪飾りが、首を動かすたびに微かに揺れる。

 どちらも純粋な西アーシア人の血筋ではない。それは一目でわかるものの、言葉に不自然な淀みや発音は見受けられない。それどころか、中流以上の育ちと伺える言葉遣いをしていた。

 恰好も、リコリーと名乗った男は上等なスーツ、アリトラと呼ばれた女は肩を露出した空色のワンピースに、黒いショールを重ねている。


「……セルバドス?」


 調書に名前を記そうとしたレグナードは、その苗字に気付いて手を止める。


「セルバドス准将の身内か?」

「えーっと……、ゼノ・セルバドスは僕達の伯父です」

「准将と来たのか?」

「そうじゃなくて、あの……」


 萎縮しているリコリーを見かねて、アリトラが横から説明を奪い取る。


「代理で来たの。どうしても外せない軍法会議があるからって、最初はルノ伯父様に頼んでいたんだけど、訓練中に怪我して数日安静って言われたから」

「代理で、君達が?」


 セルバドス家といえば、名門とは言わないが名家である。軍にいるゼノを筆頭とした四兄妹は、制御機関やアカデミーでも高い地位を持っていて、その父親も政府の要人に挙げられている。

 いくら代理と言っても、このような若い二人が送り込まれるのは不自然なことにレグナードには思えた。


「言いたいことはわかる。上二人が行けなくても下二人が行けばいいって思ってるでしょ。でもリノ伯父様は完全な人嫌いだし、母は制御機関が招かれる時に出席する必要がある。伯父様達の子供はそれぞれ国境軍と東ラスレに出向中」

「君達しかいなかった、と」

「そういうこと。出席しないと角が立つし、船にも興味があったから」

「なるほど。……君たちの事情はわかった」


 レグナードはまだ半信半疑のまま、言葉だけは納得してみせる。


「で、どうして死んだ男の傍にいたんだ?」

「会長さんのスピーチが終わってから、リコリーと一緒に散歩してたら、あの人に声を掛けられた。お祖父様の家で何度か見たことがある人だったから、挨拶をしたの」


 パーティで知り合いに会えば挨拶をするのは当然のことである。セルバドス家の当主は政府の要人であるから、被害者に面識があってもおかしくはない。


「でもそんなに長く話したわけじゃない。挨拶をして、ちょっと話しただけ」

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