9-31.疾風の剣士

 それは疾風だった。

 ディードの背後から突然向けられた殺気は、黒い風となって襲い掛かる。それをディードは知覚していたにも関わらず、余りの速度に反応が遅れた。


 ヤツハの国で使われる片刃剣が雪を裂き、ディードの脳天目掛けて躊躇なく振り下ろされる。なんとか抜いた剣でそれを払ったディードは、相手が誰かわかると舌打ちをした。


「疾剣……!」

「久しぶりだね、黒剣。希少金属の刃は相変わらずのようじゃないか」


 ミソギはディードが持つ黒銀色の剣を一瞥して言う。


「何度も何度もフィンを掻きまわさないでくれるかい? 面倒なんだから、此処まで来るの」

「私はお前ではなくスイを待っている。面倒なら帰ればいい」

「あいつは来ないよ。置いてきたから」


 その言葉にディードは口角を吊り上げる。無知なものを嘲るような色が濃く浮かんでいた。


「お前には聞こえないかもしれないが、彼は来ている。私のところに向かっている」

「あぁ、お前が聞いてるのは長剣が乗っている魔動力ボードだよ」


 あっさりと種明かしをしたミソギは、相手に対抗するように鋭い笑みで応酬する。


「殆どの人間は中央区に引き返したけどね、長剣にはお前の気を逸らしてもらうために国境軍まで行ってもらったんだ」

「引き、返した?」


 信じられない、とディードは首を左右に振る。


「何故だ」

「それは自分がよく知ってるはずだろう? どういう経緯だか知らないけど、古戦場跡地のセルバドス教授からアカデミー経由で連絡があってね」


 アカデミーの最新技術を駆使して軍用車両に伝えられた内容は、雪や風の音で掠れていたが、十分にミソギ達を驚かせた。

 ディードを捕らえるべきか、中央区に戻るべきか。その二択はミソギ達の隊長によって即座に決められた。


「お前構ってるのは無意味だから、皆帰っちゃったよ。スイも来ない。残念だったね」

「無意味、だと?」

「そう。でも、こんな雪の中で一人待ち続けてるのも可哀想だから、俺が来てあげたんだ。「感謝」していいよ」


 かつての同僚の口癖を真似て、ミソギは告げる。ディードは侮辱と受け取り、頬を引きつらせた。


「ふざけるな……」

「ふざけちゃいない。お前なんかに払う礼儀なんて持ち合わせてないだけだ。自分がスイより弱かったこと、カルナシオン・カンティネスより愚かだったことを認めたくなくて、五年も駄々こねてるような奴にはね」

「あれは油断しただけだ。現にお前達は気付かなかっただろう、五年前まで!」

「だから?」


 ミソギは冷たい口調で切り捨てる。


「お前が負けた事実は変わらない。五年前も、今日も。お前の策略は既に見抜かれた。戦うというなら受けて立つけど、お前にこれ以上の作戦があるのかい?」

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