9-32.理想の展開

「ラミオン軍曹!」

「カレードさん!」


 双子の声に、カレードは右手を挙げて応じた。


「よっ、双子ちゃん」


 地面に減り込んだ剣を抜き取り、カレードはその切っ先をバドラスの方に向ける。


「色々考えたんだけどさ、あいつにとって一番嬉しいのは周りの人間が思い通りになることなんだよ。だったら俺は誘いになんて乗らねぇよ」


 カレードにはある確信があった。

 ディードの行動理念は「自分の理想の展開」である。だから五年前、激昂して斬りかかったカレードに対して一瞬反応が遅れたし、浅いとは言え顔に傷を作ることになった。

 そんなディードの作り上げた計画書の中に、無関係であるカレードとロンギークを繋ぐものなどない。だからこそカレードは此処に来た。


「でも双子ちゃん。俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」


 感心しない、とカレードが言うと、傍らのアリトラが首を横に振る。


「アタシ、リコリーより先に学院についたの。このレイピアを取るのも目的だったけど、それよりもすることがあった」


 剣術部の部室にあったレイピアは、通常この時間には取り出せない。教官が鍵を掛けて保管している。


「学院の教官の半数は軍からの出向。この緊急事態に例外的に命令系統にいない軍人達が此処にいる」


 何処からか軍式の指笛の音が高らかに響く。そして十人余りの武装した軍人達が一斉に練習場に雪崩れ込み、それぞれの獲物を構えた。

 年齢も所属も異なるが、同じ教官と言う立場故か統率が取れた動きだった。


「言いたいことだけ言って出て行くから、探すのに苦労したじゃないか」


 一人の教官が苦情を述べる。アリトラは、かつて自分が所属していた剣術部の顧問に言葉だけで謝罪を返す。


「ごめんね、教官。可愛い元教え子のために協力してくれてありがとう」

「全く……。まぁ説教は後の楽しみに取っておこう」


 苦笑しながら男は、銃の照準を定める。アリトラを探して走り回ったためか、茶色い髪に雪は殆どかかっていない。


「ラミオン軍曹、助太刀する」

「頼むぜ、ナズハルト少尉。こんな小者には豪華すぎる顔触れだけど、俺達の国でこれ以上好き勝手されたら堪らないからな」




 北区から中央区に入る境界線で、車体が大きく揺れる。ルノは舌打ちしながら操縦桿を操り、傾きを補正した。

 戦車の中は四人乗りで、カルナシオンを入れたために溢れたゼノが外にいる。


「爆発軌道が違う?」


 後部に乗ったカルナシオンが聞き返すと、右に座るリノが頷いた。


「可愛い姪が怪我をしたと聞いたので、独自に調査をしていた。刑務部から受け取った現場の報告書と、使用されたと思われる魔法陣を比較したところ、計算が合わないことに気が付いた」


 リノは懐に入れていた紙束をカルナシオンに差し出した。包装紙の裏に書きなぐられたのは、魔法陣の解析結果と現場から推測できる個体の飛距離計算だった。


「君なら理解できるだろう。ボクの計算によれば、本当にあの魔法陣が使われたなら、アリトラはシンクの下には入れない。シンクの傍に叩きつけられる。わずかなズレだが不自然だ」


 カルナシオンは計算式を見つめながらリノの話を聞いていたが、やがて小さく頷いた。


「確かにそうですね」

「何故こんなことが起きたか考えていくと、一つの仮説に行きついた。魔法陣はダミー。これは君の冷静さを失わせ、かつ怒りを保持させるための仕掛けだ」

「アリトラが怪我して、俺は頭に血が昇っていた。そうでなければ気付けたのに」

「では冷静さを失わせる目的は? だって君は冷静でもバドラスは殺しに行こうとするはずじゃないか。となれば、バドラスが本当に目的地にいるのか怪しくなってくる」

「なるほど……」


 カルナシオンは両手で頭を抱えて溜息をついた。


「駄目ですね、俺。何も見えてなくて」

「嘆くのは後にしてほしい」


 車体が大きく揺れて、操縦席から舌打ちが上がった。


「ったく、最新型はこれだから……。軽量化しすぎなんだよ」

「ゼノ兄上を振り落とさない程度に頼む」

「わかってるよ。リノ、さっきはよく操縦出来たな?」


 ルノの疑問に、リノが肩を竦める。


「この戦車はアカデミーで開発されたものだ。ボクは大抵の装甲車などは操れるのでね。ルノ兄上は下手すぎる」

「仕方ないだろ。俺は銃器隊なんだから。……で、まさかカンティネスも戦車扱えるとか言わないよな?」


 カルナシオンはその問いに思わず苦笑した。


「まさか。俺は魔法だけしか使えませんよ」

「そりゃそうだ。それ聞いて安心した」


 再び車体が揺れたが、先ほどよりも早くルノがそれに対応する。中央区まではあと少しだった。


「皆が出来ることをやればいいんだよ。お前みたいに一人で何でもしようってのは無理だ」

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