9-29.雪原にて待つ

 雪の中を進む一つの音。

 ディードはそれに耳を澄ませて、恍惚とした表情を浮かべる。


「いい子、いい子。他の連中を連れてくるような悪い子じゃないって信じていたよ」


 雪原にはまだ誰の姿も見えないが、ディードの耳は確実に一つの音を拾い上げていた。シスターは神経を活発化させ、五感を異様に鋭くする性質を持つ。普通の人間は濫用することにより次第に神経の動きに体が耐え切れなくなるが、ディードは他の薬物や暗示などの併用により、自らの新たな力として取り込んだ。


「この音は犬ぞりか、それとも国境軍で所持している魔動力ボードかな。……素敵だよ、スイ。やはり私の判断は間違っていなかった」


 軍や制御機関を敵に回すのは、ディードにとって楽しい遊戯ではあったが、あまりに多くの人間が集まると遊び甲斐が無くなるとも思っていた。

 そして、スイと戦いたいと思う一方で、自分の罪を暴いたカルナシオンに対する憎悪もあった。妻を殺されて怒り狂っている男を騙し、残った息子まで殺したらどんな顔をするのか。それが今回の事件のもう一つの動機だった。


「怒りに目が曇った連中は、簡単に罠にかかる。私やバドラスに怒りを覚えた時点でお前達の負けだ」


 ディードは仮面の上に手をかけ、指先で強く握り込む。日々疼くような痛みを訴える傷は、今は雪で冷えたため収まっている。だが冷えた皮膚とは逆に、ディードの目は明確な熱を持って雪原を見ていた。

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