9-28.たった一人のため
冷たい風が吹き、雪が少し強さを増す。
砕け散った氷がダイヤモンドダストのように宙を散る様に、カルナシオンは雪の上に寝転がったまま少し笑った。その身体には傷一つないが、右手に持った精霊瓶には魔力が殆ど残っていなかった。
「……馬鹿じゃないのか。五年間もこれ作ってたのかよ」
「そうよ」
雪を踏んで近づいてきたシノは、同じく空になった瓶を見せる。
「貴方のために作ったの。感謝しなさい」
「それで、ゼノさん達に泣きついて、戦車買わせて、こんなところまで来て……」
白い息が途切れ途切れに宙に浮かぶ。魔力が尽きた今、カルナシオンには何も出来なかった。
あの砲丸を防ぐのに使った魔力は、本来は復讐に使うつもりだった。だがそれが無くなった今、カルナシオンは妙に清々しい気持ちで空を見ていた。
「お前以上に、強い魔法使いはいないだろうな」
「でもまだ貴方には勝ってないのよ」
「今回は俺の負けだ」
雪の上に起き上がったカルナシオンは、両手を肩の上まで上げて「降参」のポーズを取る。その後ろから、成り行きを見守っていた二人の足音が近づいた。
「カンティネス。気は済んだか」
「青春みたいなことやってるところ悪いけど、俺達も暇じゃないんだよ」
ルノが銃身でカルナシオンを小突く。
「止めて下さい。危ないな」
「大丈夫だよ。誤動作してもお前にしか当たらないし」
「何が大丈夫なんですか。そもそも暇じゃないなら来なければよかったのでは?」
カルナシオンがそう言うと、ゼノが口ひげについた雪を指で払いのけながら「仕方ないだろう」と言った。
「可愛い妹の頼みだ。それに、我がセルバドス家は王政時代から「お人好し」で有名だからな」
「お人好しにもほどがありますよ。……リノさんは来なかったんですか」
唯一姿のない、セルバドス家の三男の名前が上がると、ルノがそれに応じた。
「あいつは先に古戦場の方に行ったよ。どうも爆破の間隔と移動距離が引っかかったみたいでな。もしかしたらバドラスがいないんじゃないかって」
「……はい?」
カルナシオンの素っ頓狂な声を打ち消すように、軍で使われる遠隔通信機が音を鳴らす。ルノは腰から下げていた四角い機械を取り出すと、そこから聞こえる声に耳を傾ける。
最初は普段の余裕を見せた表情が、次第に険しい物に変わっていく。数分後、通話を切るなりカルナシオンに向かって口を開いた。
「急いで中央区に戻るぞ。バドラスはお前じゃなくて、お前の息子を狙ってる!」
「ロンギークが? どういうことですか?」
「詳しいことはリノに聞け!」
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