9-6.閉店とトマト

「アリトラ、そろそろ店じまいしようか」


 アリトラはカルナシオンの言葉に首を傾げた。まだ閉店時間までは三十分以上残っている。

 確かに客は誰もいないが、いつもなら閉店時間までしっかりと営業するのがカルナシオンのやり方だった。


「まだ早いよ?」

「あー……、ちょっとロンの具合が気になってな」

「そういうことなら、了解。今年の風邪は性質が悪いらしいから注意しないと」

「悪いな。お詫びにトマトやるよ」

「それ、余ったやつでしょ」


 アリトラは差し出されたトマトを受け取りながらも、不満そうに口を尖らせた。


「一個だけ貰っても」

「チーズ乗せて焼いたら美味しいぞ」

「じゃあチーズも頂戴。そしたら後片付けもアタシやっておくから。そして夜食としてトマトを食べる」


 交換条件を出したアリトラに、カルナシオンは軽快に笑った。


「お前、もうちょっと対価に見合う取引をしろよ。トマトとチーズで後片付けなんて割りに合わないぞ」

「対価は合ってる。もう後片付けするもの、殆ど残ってないでしょ。さっきから少しずつ片付けしてたみたいだし」

「目敏いな」


 カルナシオンはエプロンを外して、それをカウンターの上に置いた。


「この前、ニーベルトの坊主とお前に言われたから、ちょっとは父親らしくしようと思ったんだよ。まぁ、お言葉に甘えて俺は先に帰ることにするか」

「その方がいい。後は任せて」

「施錠だけはしっかり頼む。面倒なもんは残しておいていいから」


 カルナシオンは、外に直結している扉を開けて夜の商店街へと消えて行った。

 残されたアリトラは表に出ていた立て看板を中に入れ、客席の照明を落とす。これで外からは、閉店したように見えるはずだった。


「さっさと片付けて帰ろうっと」


 いつもは最低でも二人で仕事をするため、どちらの照明も点けている。だが一人の場合は必要最低限の照明だけを使うことがルールとなっていた。


 この如何にも閉店後という装いが、アリトラは好きだった。暗いフロアに客は一人もおらず、誰もそこに入ろうとしない。それに対してカウンターの中は明るく、いつもよりも音が響く。普段とはまた違った雰囲気に変わるところが気に入っていた。


 黙々と作業をしていたアリトラだったが、不意に右側から物音が聞こえて顔を上げる。

 店の外はすぐに道路となっているため、物音がすることは珍しくはない。だがそれは通行人の足音や、誰かが蹴り飛ばした石の音などではなく、何かが店の壁に当たった音だった。

 アリトラはその音に眉を寄せる。このところ店の前にゴミを捨てて行く不埒な輩がおり、何度か捕まえようとしたが悉く失敗していた。


「もう。ゴミは自分で捨ててよね」


 アリトラは溜息を吐きながらフロアに出る。毎回、不法投棄されたゴミを捨てるのも楽ではない。制御機関にはダストステーションが設けられていて、いつでもゴミを捨てられるようになっているものの、面倒なことには変わりなかった。


「あ、ついでだから掃除しようかな」


 どうせ犯人は、ゴミを捨てたらすぐに逃げている。慌てて追いかけるほど、アリトラも暇ではない。外に出るなら入口を掃き清めておこう、と思いついたアリトラは、カウンターの中に一度引き返す。


 小さな段差に左足を掛けて、常備している箒へと手を伸ばした刹那にそれは起こった。店の外から突如として眩い光が差し込み、強い衝撃が体を襲う。

 爆撃音がアリトラの耳をつんざいたのは一瞬後の事だった。

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