8-16.全てデタラメ

「どこから出たの、その考え」

「証言から考察すると、被害者は照明管の取り扱い資格を持ってた」

「そんな話、あったっけ?」

「うーん……」


 アリトラは首を傾げつつ、右手の人差し指を立てて、宙をかき混ぜるように回す。その回転に合わせて、頭の中にある考えを整理するかのようだった。


「『ガーフィル』の証言で、照明管の資格について「最近は専門の業者に頼む」と言っていた。以前は資格を持っている人を呼び寄せていた、とも」

「それが被害者だった?」

「でもこれだけじゃ不十分。次に気になるのは『ナイン・フォレスト』の証言。被害者はガーフィルに対して「何で呼んでくれない」と詰め寄っていた。これは会合のことじゃなくて、照明の工事に自分を呼ばないことへの抗議」


 アリトラは三人の証言から、気になったことを一つずつ抜粋して挙げる。


 被害者は元はリネン業者ではなく、何かの技術者。

 仕事を貰えないことを前提とした嫌がらせを繰り返していた。

 同業者へ声を掛けなかった。

 ペットショップに抗議を行い、店の中の物を勝手に弄ろうとした。


「ペットショップに被害者が訪れたのは、夜。これは証言に「寝ていた犬や猫が起きた」という言葉があったことから明確」

「店の中の物、っていうのは照明器具のこと?」

「だと思うよ。アタシはお酒飲めないから詳しくは知らないけど、酔っぱらっていると、照明が非常に明るく見えるらしい。被害者にはペットショップの明かりがとても眩しく見えたんじゃないかな。犬や猫にとって眩しすぎるんじゃないかと思って、それを直そうとした」


 リコリーも酒が強い方ではないが、付き合いで飲みには行くため、帰り道で酔いつぶれている大人たちを見ることは多い。大抵は壁によりかかって眠り込んでいるが、街灯に向かって大声で文句を言っている酔っ払いもいる。


「なるほど。資格を持っていなければ、弄ろうなんて考えないよね。せいぜいスイッチを消す程度だ」

「そういうこと」

「嫌がらせを繰り返していたことは、何の関係があるの?」

「知らない人に嫌がらせをするって、結構難しい。特に性別が違ったり、年齢に差があると尚更」

「でも、人それぞれじゃない? 誰彼構わずに因縁つける人だっているよ」

「誰でもいいなら、同業者にまず目が行く。それを避けたということは、同業者相手では都合が悪かった」


 アリトラが何を言いたいのか、リコリーはまだ理解出来ていなかった。だがそれでも、ただ頷くことは出来ないため、反論を試みる。


「同業者を攻撃したら仕事が貰えなくなると思ったんじゃないの?」

「被害者が同業者に、仕事の斡旋を頼みに行ったことは無い」

「じゃあ自分が勝てると思う、弱そうな人を狙って攻撃していた」

「どうして?」

「どうしてって……、単なる愉快犯じゃないの? 人が困る姿を見て悦に浸るような。だから反撃しそうにない人を狙った」

「そういう人は、軍との繋がりがある父ちゃんに絡んだりしない。それに、父ちゃんは身長も高いし、それなりに体格も良い。弱そうというのは当てはまらない」


 ホースルは双子よりも頭一つ分以上大きい。同世代の男性と比べても引き締まった体格をしているので、顔つきと物腰が柔らかでも、好き好んで喧嘩を仕掛ける者は少ないと思われた。


「じゃあ、何で被害者はそんなことを? やってることがデタラメだよ」

「そう、これはデタラメな事件。被害者も加害者も、やってることがデタラメ。だから訳がわからなくなってるんだと思う」


 周囲の人間は、双子に注意を払っていない。皆、三階のことが気になりながらも、最初の緊張感は既に薄らいでいる。誰も彼も、早いところ此処から解放されることだけを願っているようだった。

 アリトラはその様子を一瞥してから、話を元に戻す。


「被害者は無差別に攻撃していたわけじゃない。ということは、何らかの意図があって嫌がらせをしていたことになる」

「意図?」

「さっきも言ったけどね、知らない人を攻撃するって難しいんだよ。それも理由もない場合にはね。例えばリコリーがよく上級生にいじめられてたでしょ?」

「なんで、そんな話……」


 顔を赤くしたリコリーだったが、「いいから」と片割れに言い切られて口を閉ざす。


「そういう時にはアタシがその上級生を蹴り飛ばしたりしていたわけだけど、もしその上級生が何もしていなかったら、蹴ったりなんて出来ない。だって何もしていないから」

「まぁ、それやったらアリトラがいじめっ子だよね」

「そう。その場合に攻撃者には損失が生じる。悪評とか、損害賠償とか、形は様々だけど、攻撃者が得をすることは無い」


 そこで漸く、片割れの思考に追いついたリコリーは咄嗟に口を挟んだ。


「もしかして、被害者は「理由」……損を越える得があったから、関係のない店に嫌がらせをしていたってこと?」

「被害者はお金に困っていた。十分にあり得る話」

「同業者を狙わなかったのは、それが得に繋がらないか、あるいは損失が大きくなるから、かな?」

「だと思う。じゃあこの得とは何か。リコリーは思いつく?」

「えーっと……」


 リコリーは記憶の中の証言を一つずつ抜き出して組み立てなおす。魔法陣の存在によってわかりにくくなっていたが、被害者の行動だけに注視すれば結論に至るのは早かった。

 仕事のない被害者。因縁をつけられた容疑者達。被害の出ない同業者。テーブルの上にあった魔法陣。照明管の中の魔法陣。リボンが解かれなかった財布。


「……まさか、そういうこと?」


 自分で導き出した考えが信じられずに、リコリーは思わず呻くように呟いた。


「それしか考えられないと思う」

「だってそんなの……デタラメだよ」

「だから、さっきから言ってる」


 アリトラは最後の一枚のビスケットを口に放り込み、豪快にそれを噛み砕いた。


「これはデタラメな事件。動機も方法も何もかも」

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