8-17.加害者の契約
奥から三つ目の扉を開いたヴァンは、中にいたロイドが慌てて背筋を伸ばしたのを見て苦笑した。
「そう畏まらなくていいんだけどな。年齢はあんたのほうが上だ」
「いやいや、社会的地位と年齢は異なるものだ」
「あっそ。まぁ好きにしたらいいさ。あんたに聞きたいことがあってね」
椅子に腰を下ろしたヴァンは、テーブルに肘をついて相手を見る。
「いくら儲けた」
「え?」
「被害者を使って、いくら儲けたかって聞いてるんだよ」
ロイドは不思議そうに首を傾げる。まるで相手が人語を話していないかのような態度だった。
「私が彼で金儲けをしたと? 面白い冗談だ」
「ふん。流石は商人、表情一つ変えないな。さぞかしカードゲームが得意なんだろうよ」
「私には何のことだか、さっぱり……」
「だが俺も商人の息子だから、誤魔化されねぇぞ。すっとぼけるってのは一見効果的だが、それは相手の言葉を冷静に理解しなきゃ出来ない芸当だ。普通はこんな意味のわからないことを言われたら、素早く返答なんか出来ない」
その言葉にロイドは肩を竦めて首を横に振った。
「と言われても、出来たのだから仕方ないよ」
「あんたは、被害者に金儲けの話を持ち掛けた。店舗を持っている商人のところに行き、部屋を汚してくるだけの簡単な仕事。店舗営業をしている商人は、店が汚れたり壊れることを嫌う」
小売業や事務所を持つ商人である場合、店舗は商売道具の一つである。異様に汚れている、または壊れている店に対して客が不安を覚えるのは当然のことであるし、またそれが人為的であるとわかった場合には「あの店は恨まれている」と悪評が広がる可能性もある。
「『夜の糸』の店主は、こう言っていた。このような展示会に来るのは初めてだ、と。そしてあんたは『ヒスカ』の店主に対して、滅多に見かけないから驚いた、と言った。この二人の共通点は、店舗を所持していて、かつ徒党を組むタイプではないということだ」
「そういう商人は多くはないが、珍しくもないだろう」
「だから、被害者は目を付けた。嫌がらせをしたところで、彼らには頼りになるバックも仲間もいないんだからな。酔っ払いを装って店を汚損し、困っているところにあんたが現れて「格安で直しますよ」と気前よく引き受ける。そうして顧客を増やしていったんだろう?」
ロイドが黙っていると、ヴァンはそのまま話を続ける。
「客商売で訴訟問題はご法度だ。どちらが正しい悪いに限らず、訴えを起こした方に悪い評判が立つ。まして「店に来た客がちょっと床を汚した程度で、あの店主は訴えたらしい」なんて噂が立ったらおしまいだ。誰もその店に寄りつかなくなる」
ヴァンは手のひらに収まるほどの小さいシガレットケースを取り出すと、それを左手で弄び始めた。喫煙の習慣はなく、その中には煙草の代わりに頭痛薬などが入っている。
そのケースはある魔法使いが刑務部を辞める時に置いて行った代物だった。先輩であるその魔法使いを尊敬していたヴァンは、その辞職を引き止めない代わりに、シガレットケースを拝借した。
数年後にそれに気付いた当人は呆れ顔をしていたが、返せとは言わなかった。煙草を吸わないヴァンが、後生大事に持ち歩いている理由を察してくれたのかもしれない。
先輩でもあり、目標でもあった魔法使いは、いつも厳しかった反面、後輩たちの意図を汲む優しさも持ち合わせていた。
「あんたは被害者を使って、自分の商売を潤した。そして手数料としていくらか包み、被害者に渡していたんだろう。被害者が同業者を狙わなかったのは、リネン業者は独自の店舗を持っている者が少ないからだ。事務所は持っていても、商店街に店舗を持ったりしない」
「もしそうだとして、私が彼を殺す理由はないじゃないか」
「相手が言うことを聞いてくれるならな。もしあんたの望まぬことを始めたなら、話は別だ。被害者はあんたの指示を待たずに、様々な店にちょっかいをかけ始めた」
いくら交友関係の薄い商人ばかりを狙っても、回数が重なれば怪しまれる。仮にも商人、いざとなればいくらでも情報収集の術はある。
内装業を呼ばなければならないほどの汚損は、そう頻繁には生じない。それが複数件立て続けに発生し、かついずれの場合も同じ業者が入ったとわかれば、その利害関係も自ずと知れる。
「あんたは段々と、被害者が邪魔になってきた。店の売り上げも軌道に乗り始め、被害者の力を借りなくても十分にやっていける。かといって被害者を野放しにしたら、今までの自分の悪事をバラされる可能性も捨てきれない。だからあんたは、被害者を殺した」
ヴァンがそう言い切ると、ロイドは一度肩を震わせてから大きな溜息をついた。何かの感情を溜息に込めて流しきると、不気味なほどに落ち着いた声を吐き出す。
「言いがかりも大概にして欲しいね。私は彼と実に上手くやっていた。勿論、友好的という意味でね」
「あぁそうかい。じゃあそれはひとまず置いておこう。あんたが例え被害者に対して友好的であったとしてもだ、向こうはそう思わなかったみたいだぜ。現にあんたを殺そうとしていたんだからな」
ロイドは折角取り繕った表情を崩すと、視線を泳がせた。
「ど、どういう意味だ?」
「あんたら、気が合うんだろうな。さぞかし悪だくみの時は良いコンビだっただろう。二人とも同じ魔法陣で同じ日に同じ部屋で殺そうとしていたんだからな」
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