7-3.落ちた飾りと容疑者
双子が商店街に向かうと、祭りの準備をしている人々が、何やら難しい表情を浮かべていた。目的地であるニーベルト商店の前でも、ライツィが他の店の人間と話し込んでいる。
双子はそこに近づくと、何があったのかと尋ねた。
「あら、セルバドスの双子ちゃん」
ライツィの話し相手だった、ケーキ屋の店主が声を出す。赤ら顔で頬がせり出しているために肥満気味の印象を受けるが、首から下を見れば標準的な体型をしている。
雪かきをしている最中だったのか、その手にはスコップが握られていた。通りには大人の足首までかかるほどの雪が積もっており、各店の人間が外に出て雪かきをしている。
「相変わらず仲良しねぇ。お買い物?」
「ううん。ライチの店のお手伝いに来たんです。何があったの?」
「それがねぇ、昨日の夜にこの辺りの祭の飾りが壊されちゃったのよ」
「壊された?」
リコリーが周囲を見回すと、商店街の左右に立っている街灯が目に入った。五メートル間隔に立っており、そこには布や木などで作られえた小さな灯篭が飾られていた。本番で使うものより小さな拳大の灯篭を葡萄のように鈴生りに飾るのが主流であるが、そこにある飾りはどれも、中途半端な長さしかなかった。
「あ、落ちちゃってる」
リコリーと一緒に飾りを見ていたアリトラが、街灯の下を見て呟いた。本来、街灯に飾られているはずだったと思われる灯篭たちが、無残に地面で潰れている。
他の街灯の下にも、同じように灯篭が落ちてしまっていて、中には溶けた雪と混じり合って塗料が染み出てしまった物も散見出来た。雪に埋もれてわかりにくいが、焦げ跡のあるものが多い。
「中の照明用魔法陣が暴発したんだね」
リコリーがその痕跡を見て呟く。飾りには小さな魔法陣が組み込まれており、それに魔力を通すことで仄かに光らせることが出来る。落ちた衝撃でその魔法陣が起動し、灯篭を燃やしてしまったのだと推測出来た。
「雪が降っててよかった。でも誰がこんなことを?」
アリトラが疑問を口にすると、ケーキ屋の女性は肩を竦めた。
「それがわかれば、こんなところで立ち話をしていないわ。夜のうちにやられたみたいでね」
「さっき、エルカラムのマスターが来たから聞いたんだけどさ、野良犬の仕業だろうって」
ライツィが言うのは、この商店街の先にある喫茶店『マニ・エルカラム』のマスターであるカルナシオンのことだった。
「マスターの家、この商店街の中だもんね。今はいないの?」
「仕事って言って、店に戻ったよ。此処には差し入れに来てくれたんだ」
ほら、とライツィは自分の店の中を指さす。
アリトラもよく使う、大きなバスケットが作業台の上に置いてあった。
「駅前広場の手前にある、靴屋の前の街灯。爪痕みたいなのが残ってたから、犬が飛び掛かって落としたんだろうって言ってたけど……」
「何か引っかかるの?」
リコリーが尋ねると、ライツィは大きく頷いた。
「一個なら兎に角、全部って変じゃねぇか? 野良犬が飾りにじゃれつくのは、滅多にないけど不自然じゃない。でも全部に飛びついて引きちぎるって、有り得ない気がする」
「まぁ確かに。……それに、灯篭が引きずり回された痕跡もないしね」
じゃれついて灯篭を落としたのだとすれば、続く行動は高確率で、それを咥えて振り回すこととなる。それは大抵の犬が行う行動であり、疑う余地はない。
「軍用犬なら可能かもしれないけど……」
「リコリー、軍の人が夜中に軍用犬を連れてきて、飾りを引きちぎるっておかしいよ」
「言ってみただけだよ」
祭の準備があるから、とケーキ屋の女性が立ち去った後も、ライツィは難しい表情で街灯を睨み付けていた。
双子はそれに倣って視線を向け、そしてそれぞれ逆方向に首を傾げる。
「ライチ、まだ何か気になるの?」
「……さっき、近所のガキが妙なこと言ってたんだよ。そいつ、夜中に便所に行くんで起きたらしいんだけど、その時に大きな白い犬を見たんだってさ」
「大きな」
「白い犬」
双子は思わず顔を見合わせる。脳裏には家にいるであろう幻獣の姿が描かれていた。
「その犬には角があったらしい。となると幻獣だ」
「幻獣……は、偶に中央区にも来るよ」
「珍しいけど、そんなに眉間に皺寄せることじゃない」
ライツィは、しかし双子の言葉に否定を返す。
「幻獣ってのは、俺よりリコリーとかの方が詳しいだろうけど、賢い動物だ」
「うん。神様の眷属として扱われて来た歴史が指す通り、普通の動物の何十倍もの知能を持つって言われてる」
「そういう動物だったら、そこらの犬みたいに、自分で食いちぎった飾りにじゃれついたり、途中で飽きたりすることもなく、全部やってのけるんじゃないか?」
その時、別の店の人間がライツィに声をかけた。そちらに気を取られている隙に、双子は額を寄せ合う。
「じゃあうちにいる幻獣さんが、悪さしたってこと?」
「可能性はあるけど、あの幻獣が悪いことをするようには、僕には思えないよ」
「うん、もふもふしてるもんね」
「いや、それは判断基準じゃないけど」
リコリーは周囲を素早く見回してから、いつもよりも早口に続ける。
「マスターは爪痕らしいものがあったと言ったようだけど、灯篭に使われている塗料は結構強めの色が多い」
「うん。手に着くと落ちないよね」
「幻獣が犯人なら、前足や牙に塗料がついているはずだ。まして昨日は雪に濡れていたから、余計に塗料は付着しやすかっただろう」
「そっか。幻獣さんの前足は汚れてなかった」
朝、前足を額に当てていた幻獣を思い出しながらアリトラは手を叩いた。
ホースルは幻獣を見てすぐに双子を呼びつけたし、あまり積極的に近づいている様子もなかったことから、前足を拭いたとは考えられない。雪で多少洗い流されたにしても、石鹸もなしに全ての汚れは落とせない。
「それにもし、幻獣が犯人だったとしても、理由がちゃんとあると思う」
「ただの悪戯には見えないもんね」
それから双子は、申し合わせたようにライツィを見た。
ライツィは商店街では一目も二目も置かれるリーダー格の青年である。大雑把で粗野な男だが、それでいて結構思慮深いところもある。商店街の人間はそれをわかっているから、ライツィの言葉を重要視する。
此処では、古くから店を構えている、あるいは商店街に貢献している家の者を重視する風潮がある。双子はライツィと仲がいいことや、父親が商売人であるという理由で受け入れられているものの、それでも余所者の扱いだった。
幻獣の無実を訴えるには、ライツィの口を借りるのが一番早い。それが二人の至った結論だった。
「それには、証拠集めが必要」
「そうだね。まずは情報収集をしよう」
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