7-4.灯篭作り
話を切り上げて戻ってきたライツィは、双子を店の奥にある居住スペースに連れて行った。
そこには灯篭作りのための材料の他に、祭当日に店で使うための飾りも積み上げられていた。
「ある物は自由に使っていいぞ。今年は何を作るんだ?」
「色とりどりの雪を降らせる魔法陣を使うつもりだよ」
リコリーはテーブルの上の紙を広げながら言った。
「去年は回転数の計算を失敗したから、今年は浮遊維持に重点を置こうかと思って。本体が回るのがダメなら、他の物を回せばいい。雪の生成には冷却魔法の第二式を用いるから、この時に水に対してアルテロ回転を加えて……」
「待て待て待て」
ライツィは慌てて口を挟み、リコリーの説明を止めた。
「俺に専門的な話をするなよ」
「極めて基礎的なことしか話してないけど」
「こっちは落第寸前で学院を卒業した身だぞ。特科クラスの次席と一緒にするな。ほら、アリトラも頭抱えてるだろ」
リコリーがアリトラを見ると、両手で頭を抱えて眉を寄せていた。
「リコリーの説明はわかりにくい」
「ごめん」
「全部説明しなくてもいいんだよ。概要だけで」
「概要だけのつもりだったんだけど……」
言い訳するように呟いたリコリーだったが、二人とも似たような表情で見ているのに気付いて口を閉ざした。
「その魔法陣は出来てるのか?」
「今から構築するから、ライツィにもちょっと手伝ってほしいかな」
「アリトラに手伝わせたらいいだろ?」
「いや、魔法陣だから魔法使いじゃないと手伝えないんだよ」
ライツィは魔力は高くないが、精霊は持っている。普段から滅多に魔法は使わないのだが、精霊を持っていることが一人前を示すフィン国において、「魔法使い」を名乗れる立場にある。
それに対してアリトラは、魔法使いではないが魔力自体は持っており、簡単なものは使用できるので、「準魔法使い」の位置づけだった。準魔法使い以下は魔法陣の構築に携わることを禁止されている。
「それに、ニーベルト商店の名前で灯篭を出すんだから、ライチが手伝わなきゃ箔が付かないよ」
「それもそうだな。まぁ店は弟に任せておけばいいし」
かなり単純だが、気の良い男であるライツィはあっさりと納得した。
リコリーに言われるがまま、テーブルの上を片付けて、其処に魔法陣の製図紙を広げる。
「言われた通り、去年よりも大きい製図紙を用意しておいたぞ」
「ありがとう。去年は書くところが足りなくなったのも失敗した原因の一つだったんだよね」
リコリーはペンを手に取ると、慣れた手つきで魔法陣の基礎を描き始めた。魔法陣は複数の幾何学模様と呪文を複雑に組み合わせて構築されるが、どんな魔法陣でも共通するものがある。それが「起動」と「終了」を表す円形だった。これが無くては、どんな魔法陣も落書き同然である。
「去年のは、絶対に一つぐらい賞を獲れる出来だったぜ」
「でも落ちたら意味ないよ」
「もう二人とも学院を卒業したから、学院賞は獲れないもんなー。次の狙い目は制御機関賞か、商工会特別賞ってところか?」
ライツィの言葉にリコリーは首を左右に振った。
「制御機関賞なんか無理だよ。あぁいうのは五人ぐらいで作ってる、超精密な灯篭が対象なんだから。それに、制御機関の人間は獲りにくいしね」
「ふぅん。そういうもんか」
「去年は審査員に芸術関係者が入ってたから、あぁいう作りにしたんだけどさ。今回はアカデミーの人が多いみたいだから、技術面で勝負するよ」
「……お前、もしかして毎年審査員調べてたのか?」
呆気にとられた表情をするライツィに、リコリーはきょとんとした顔を向けた。
「だってライチが、賞を獲ってくれって言うから」
「いや、なんかよくある激励のつもりで……。そうか、真面目な奴ってどこまでも真面目なんだな」
それを褒め言葉と受け取ったリコリーは、嬉しそうな表情を浮かべた。
「因みに今回使うのは、去年アカデミーで発表された「軌道方程式の応用による準連続性魔法」を使ったものでね」
「うん、全くわからん」
「それを温度調整魔法に適用したんだけど、多重魔法による重量の問題があってさ、それを解消するの苦労したんだよ」
「そうか、よかったな。ところで、別の話をしないか」
双子とは幼少期からの付き合いであるライツィは、その扱いをよく心得ていた。
普段は大人しいのに、興味があることには夢中になって暴走してしまうリコリーを、その領域に至る前に気を反らすことは、難しいことでもなかった。
「じゃあ、飾りが千切られたことがいいな。ライチが知っていること話してよ」
「何でそんなの聞きたいんだ?」
「だって僕、魔法陣を書くのに集中したいし、ライチが主体で話せるほうがいいんじゃないかな。小麦粉の値段のことを話されても、それはそれで僕が全然わからないし」
「一理あるな」
頷いたライチは、先ほどから静かなアリトラに気付いて、左右を見回した。
床に座り込んで、灯篭の骨組みとなる木材を削っているのを見つけると、唖然とする。スカート姿で片膝を立てて、その足で木の端を踏みつけている姿は、十八歳の少女の取る格好ではなかった。
「なんて格好してるんだ、お前」
「去年、灯篭が落ちたのは、アタシが作った枠組みが甘かったせい。太さが不均一で、バランスが微妙に崩れていた。だから今回は気合を入れる」
「いや、気合は入れていいけど、スカートめくれるぞ?」
「因みにこのスカート、裾のレースを目盛に出来るように自分でスクエア型に編んできた。これなら作業の合間にメジャーが手元から離れる心配もない」
「お前ら、そういうところはそっくりだよな」
ライツィは諦めたように苦笑を零す。双子が不意におかしなことを始めるのには、もう慣れ切っていた。
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