6-3.剣術部への嫌がらせ
ナズハルト教官は本業はフィン国軍に属する少尉であり、軍からの出向として週に何度か教鞭を取っている。
剣術部の顧問を受け持っており、引き締まった屈強な体躯と優しそうな顔立ち、熱心な教育姿勢により生徒たちからは人気がある。
双子が職員室を訪れた時も、真剣な顔で書類を読んでいたが、気配に気付いて顔を上げると、白い歯を覗かせて笑った。
「セルバドス君。今日は活動はないんだよ」
茶色い髪には軽くウェーブがかかり、同じ色の目は目尻が少し下がっている。
軍人らしく日焼けをしているが、それが鍛えた体によく似合う。
「さっき聞きました。折角用意していたのに、残念」
「危険がないことを確認したら、すぐにでも再開するから、申し訳ないけど待っててくれ」
ナズハルトはそこでアリトラの後ろに隠れているリコリーを見つけて首を傾げた。
「君は?」
「あ、僕は……」
「アタシの双子の兄です」
「あぁ、君が。確かに君のほうがセルバドス家らしい髪と目だね」
「い、妹がお世話になってます。リコリー・セルバドスです」
人見知りなリコリーは、口ごもりながら挨拶をする。
「魔法特科クラスで次席だそうだね」
「は、はい。でもどうしてもそれ以上にならないので、えっと……」
「まぁそう謙遜することはないよ。ここで次席ということは、学院中で考えても上位に入る。君、軍に興味は?」
「ないです。僕は制御機関に行きます」
先ほどの態度が嘘のようにハッキリと返すリコリーに、ナズハルトは口を開けて笑った。
「やれやれ、セルバドス兄妹のどちらかでも軍に誘えれば、私の評判も上がるのだけどね」
「ダメだよ、先生。リコリー、運動神経悪いもん。立ってるのも奇跡」
「そこまで悪くない。演習場の鍵を借りに来たんだろ?」
アリトラがこれ以上余計なことを云わないように、リコリーは本題に切り替えた。
「そうだった。家でも練習したいから、剣を持って帰ろうかと思って」
「あぁ、それは構わないよ。鍵が欲しいんだろう?」
ナズハルトが自身の使う机の引き出しから、木の札がついた鍵を取り出す。その拍子に一枚の紙が飛び出して、リコリーの足元に落ちた。
拾い上げたリコリーは、そこに書かれていた言葉に首を傾げる。
「狩人よ聖地より去れ」
「今朝、第五演習場に貼られていた紙だよ」
「どういう意味ですか、これ?」
「さぁね。思わせぶりなことを書いて怖がらせる手紙が流行していたこともあるし、その亜種じゃないかな」
貼紙の四隅には小さな穴が開いている。紙は何処にでもあるような白い長方形のもので、文字は利き手ではない手で書いたような、酷く乱れたものだった。
「今朝、部員の一人が見つけてね」
「何これ。変なの」
アリトラがリコリーの手元を覗き込んで、眉を寄せる。その反応に違和感を覚えたリコリーは疑問符を上げた。
「アリトラは見てないの?」
「今日は球技大会の打ち合わせがあったから、学院には来てたけど、朝練は行ってない」
「あ、そういえば実行委員会だっけ。だから朝見かけなかったんだ」
風紀委員会として、学院の門の前で立っていることが多いリコリーは、今朝のことを回想しながら呟いた。
門を通過する人間は多いが、片割れのことを見逃すはずはなかった。
「これ、何処に貼ってあったんですか?」
「出入り口の扉だよ。今朝は風が強かったから、紙がバサバサ音を立てていてね。前に小鳥が死んでいた事件があったから、部員達は今度は生きた鳥かと思ったようだ」
ナズハルトはリコリーに手を伸ばし、貼紙を返すように促した。
丁寧に礼を述べて、紙束を返したリコリーは、思い出したように質問を付け加える。
「嫌がらせが相次いでいるという話ですが、いつ頃からですか?」
「……この前の大会から、かな」
少し言いにくそうにナズハルトは呟いた。
「最近、学院内の治安がよくなくてね。園芸部の花壇が踏み荒らされたり、小火騒ぎがあったり、昨日は学長室の置物が盗まれたし、なんだか職員同士もピリピリしているんだよ。嫌がらせが始まった時期と重なるから、剣術部のせいじゃないかなんて言われてる」
憂鬱そうな茶色い瞳がアリトラを一瞥した。
「セルバドス君のいる前でこういうことは言いたくないんだが、君があの大会で勝ったことは番狂わせだったからね。もしかしたら要らない恨みを買ったかもしれないよ」
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