6-2.ランチタイム

 双子は互いに得意とするものが大幅に異なるため、十二歳で行われる最初のクラス分けの段階で、違うクラスとなった。

 だが昼休みは一緒に食事をすることを日課としており、広大な敷地内の様々な場所で売られている、昼食メニューの情報交換に余念がない。

 半年前までは、セルバドス家の胃袋を掌握している父親が昼食を持たせてくれていたのだが、このところ忙しくしており、双子に食費だけを渡していた。


「あ、ライチだ」


 第七演習場の扉を開いたアリトラは、其処にいた大柄な上級生を見て声を出す。

 主にアーチェリー部の活動で使われている演習場は、体術専攻クラスがよく昼休みに使っている場所だった。


「よぉ、久しぶり」


 双子の幼馴染であるライツィ・ニーベルトが片手を上げる。

 袖口の刺繍は赤と白。あまり勉学に熱心な方ではなく、昼頃に学院にいるのを見かけるのは珍しい。

 実家は食品店で、父親が病気で倒れてからというものの、その手伝いをしており、学院側もあまり煩くは言っていなかった。そもそも余程の事件でも起こさない限り、退学処分には出来ないし、十七歳であるライツィの勉学を今更心配する者もいない。


「お昼にいるなんて珍しいね」

「今日は親父の調子が良かったからな。偶には学校行くかと思って」


 ライツィが腰かけているベンチに、双子も並んで座る。


「あれ?」


 ライツィの真横に座る形となったリコリーが、相手の手元を見て首を傾げた。


「それ、何?」

「んー……。なんだろうな? 売り物にならなくなった食い物を片っ端からピクルスにしたもの……を挟む、サンドイッチ……?」


 ライツィは自分で作ったゆえに料理名のないそれを双子に見せる。

 大きな容器の中には、野菜や卵のピクルスが入っており、それとは別にパンの詰まったバスケットがある。


「美味しいの?」

「不味くはない。程度だな。多分ピクルスだけなら美味いんだけど、サンドイッチにするには甘くしすぎた」


 ふーん、と相槌を打つリコリーの隣から、アリトラが首を伸ばす。

 ガサツな性格を表したかのような、大きく切った野菜を見て呟いた。


「もっとさ、細かく切ったほうがいいと思う。それで挽肉とかあれば最高」

「あぁ、挽肉かぁ。香辛料で味付けしたのを添えれば美味しいかもな」

「パプリカ頂戴」

「ん」


 ガサツであるが気の良い男であるライツィは、容器ごと双子に渡した。


「わーい。リコリーも何かチキンサンドに挟もうよ」

「じゃ、じゃあ僕は玉ねぎ……」


 双子はそれぞれ好きなピクルスを取ると、買って来たチキンサンドに挟んだ。

 第一講堂の近くに出されているパン屋の移動販売で手に入るチキンサンドは、最近の二人のお気に入りである。少し味付けが濃い、柔らかく煮た鶏肉。黒胡椒を利かせたマスタード。たっぷり入ったレタスは、偶にパンから飛び出してしまうが、それがまた良い。

 ピクルスを挟んだことで、普段と違う味になったそれを、双子は幸せそうに頬張った。


「美味しいね」

「美味しい。アタシもピクルス作ろうかな」


 のんびりした口調で言葉を交わす双子に、ライツィは肩を竦めた。


「なんでお前らって二人でいると、ぼんやりするんだ?」

「えー。リコリーはいつもぼんやりしてるよ」

「いや、お前らお互いが一人の時を見ることは不可能だろ」


 ライツィの鋭い指摘に、アリトラは「確かに」と呻いた。


「一人で行動してる時って、割と二人とも抜けてないんだけど、二人揃うと気が抜けてるっていうか……」

「そうかなぁ?」


 リコリーが首を傾げる。

 母親の腹の中から二人でいて、仲良く育った身としては、その状態が「普通」なので、特に考えることもない。

 そもそも他人にそれを問われたところで、知らないと言えば良い話なのだが、真面目なリコリーは考え込んでしまった。チキンサンドを片手に持ったままだったが、それすら忘れてしまったため、指先に入れる力が抜ける。アリトラがそれに気づいて声を上げた時には遅く、チキンの一枚がパンの隙間から抜け出して、床に落ちてしまった。


「あ……」


 我に返ったリコリーは、悲しそうな目でチキンを見て、それからライツィに目を向けた。


「え、俺のせいか?」

「そうは言ってないけど、チキン……」

「思い切り目が責めてるじゃねぇか。仕方ねぇなぁ」


 ライツィはデザートとして持ってきていたプラムを一つ、リコリーに渡した。


「いいの?」

「ちょっと悪くなったやつだから熟しすぎてるけど、腐ってはないからな」

「ありがとう」


 何だかんだで抜け目のないリコリーは、嬉しそうにその果実を受け取った。

 一つ目のチキンサンドを二人が食べ終わるころ、演習場の扉が開いて、一人の女生徒が顔を覗かせた。

 中を見回し、アリトラの姿を見つけると、一直線に近づいてくる。

 淡いオレンジ色の髪をおさげにしており、柔らかな緑色の目が印象的だった。そばかすだらけの顔は美人ではないが、愛嬌がある。


「アリトラちゃん」

「どうしたの?」

「さっき、ナズハルト教官に会ったんだけど、今日の活動は中止だって」

「なんで?」

「ほら、例の嫌がらせだよ」


 その単語にアリトラは憮然とした表情になった。


「またぁ? 今度はなに?」

「なんか変な貼紙が貼ってあったんだってさ。内容は知らないけど。流石に此処まで続くと、教官としても無視出来ないんじゃない?」

「放っておけばいいのに」

「そういうわけにもいかないよ。あ、他の子のところにも行かなきゃいけないんだった」


 少女が急いで演習場を出て行くと、それまで黙っていたリコリーが口を開いた。


「嫌がらせって?」

「最近、うちの剣術部に喧嘩売ってくるのがいるの。誰かは知らないけど」

「あ、それ聞いたな」


 学園内の噂話には敏いライツィが口を挟む。


「第五演習場に動物の死骸が置かれたり、ゴミを撒き散らされたりしてるって」

「ど、動物の死骸?」


 驚くリコリーだったが、アリトラは首を縦に振ってその言葉を肯定した。


「最悪だよ。矢の刺さった小鳥が演習場の扉の前に置かれてた。虫まで湧いてるから、皆悲鳴あげちゃってさ」

「アリトラもか?」

「小鳥さんは可哀想だけど、悲鳴を上げたりしたらもっと可哀想だし。ちゃんと埋めてあげたよ。丁度前日に外壁の修理が終わったばかりだったのに、酷い嫌がらせだと思う」


 その時の事を思い出して不機嫌な表情をしていたアリトラだったが、ふと顔を上げると片割れの方を向いた。


「じゃあ偶には一緒に帰ろうよ。今日は委員会じゃないでしょ?」


 リコリーは風紀委員会に属している。だが月に一度の定例会は昨日終わらせたばかりだった。


「剣を持って帰りたいから、帰りにナズハルト教官のところに寄るけど、いーい?」

「うん、いいよ。ライチは?」


 ライツィは苦笑いしながら首を横に振った。


「俺は親父の手伝いがあるから、今日は早退するよ。それに、ナズハルト先生は苦手なんだ」

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