5-4.幕間の食事
舞台の上で、主演女優が美しい声で歌を歌う。
女性としては低いが、男性には出せない繊細さも含んだ歌声に、観客たちは聞きほれる。
王政時代の煌びやかな城内を再現したステージは赤い光で照らされており、女優の身にまとった淡い金色のドレスに深い陰影を与えていた。
「この国が燃えて灰になって 貴方の足を汚したとしても」
ステージの右側は壁が内側にくりぬかれた様な形状になっており、そこに演奏者達が入っている。そこから直接奏でられる演奏も、劇の見どころの一つとして知られていた。
「貴方は私を見つけてくれるでしょうか」
主演女優は普段は男装をしているだけあって、気の強そうな眉と目が特徴的だった。
豊かな長い黒髪、広い額、通った鼻筋の下には少し薄い唇。凛と二階席の方に向けられた瞳は力強さを保ち、殆ど瞬きもしない。
舞台用の濃い化粧にも負けぬ彼女の個性と歌声は、観客席を支配していた。
王族の娘が革命軍の男との許されぬ仲を切なく歌い上げ、第一幕が終わる。
観客席からは割れるような拍手が起こり、閉じていく
拍手が終わるころに照明が付き、観客席に明るさが取り戻されると、リコリーは思わず溜息をついた。
「凄い」
「でしょ?」
得意げなアリトラに対して、リコリーは深く頷いた。
「ノーウェイトで赤い色の照明魔法と白い照明魔法を切り替えつつ、魔力抵抗を最小限に抑えている。どうやってるんだろう」
「え、そこ?」
「右側の演奏用スペースの音を左側からも聞こえるようにするために反響魔法を使っているね」
興奮気味に話し始めたリコリーは、普段よりも早口に感想を述べていく。
「あの距離だと相互干渉が起きやすいけど、絶妙な位置に遮断魔法陣を設置しているんだと思う。しかも多重起動を避けるために、あのエリアで音が生じた時のみ起動するんだね。芸術的だよ」
感心している片割れに、アリトラは心底呆れた顔を向けた。
「見るところ違う……。劇は? ディリス綺麗だったでしょ?」
「え? あぁ、うん」
完全な生返事だった。
膨れっ面になるアリトラを、ゼノが苦笑しつつ宥める。
「舞台装置へ興味を示すのも、立派な観劇の一つだ。この劇場で使われている魔法は、国全体で見ても高度な技術を使用しているからな」
「そうなの?」
「いくつかは軍でもその技術が採用されたと聞いている。リコリーの性格からして、気になるのは仕方ないことだ」
「でもぉ」
アリトラが何か言いかけた時、背後の扉が開いた。
二階席専用の女性スタッフが入ってきて、三人のテーブルに直方体の黒い箱を人数分置いていく。
「本日のディナーボックスです。お飲み物は紅茶と珈琲、どちらにいたしましょう?」
「アタシ、紅茶」
「じゃあ僕も」
「では紅茶を二つに珈琲を一ついただけるか?」
スタッフは紙製のコップに紅茶と珈琲を注ぎ、それぞれのディナーボックスの横に置いた。
「お食事が終わりましたら、お部屋の外に置いて下さい。他、何かございましたら廊下におりますので、お呼びつけください」
女性が部屋から出ていくと、アリトラが早速ディナーボックスに手を伸ばし、蓋を外した。
「わぁ、美味しそう」
小麦の匂いも香ばしいバターロールが二つに、半分に切ったトーストが一枚。瑞々しいキャベツに包まれたハンバーグ。ポテトサラダには黒胡椒がかかっていて、添えられた千切りの人参が美しい。
中でも目を引いたのは、銀紙のカップに入った透明なゼリーだった。ゼリーの中には金箔が入っていて、全体の調和を整えると共に、この豪華な劇場を代表しているかのように見える。
「これ、透明だけど何味?」
同じく蓋を外して中を見たリコリーが疑問符を上げる。
「お水かな? 水のゼリーって一時期流行したし」
「水ってことは味がないのかな……。って、あれ?」
リコリーはハンバーグがまだ湯気を立てているのに気付くと目を丸くした。
「出来立てなの、これって?」
「ううん。この箱自体が出来立ての温度を保つような魔法陣を使ってるんだって。アイスクリームとフィッシュフライを一緒に入れても、溶けないし冷えないんだよ。凄いよね」
「なるほど、真空化することによって熱伝導や大気変動をゼロにしてるのか。物魔学における熱伝導と魔法干渉率の関係、テルテス変数を使っているのかな」
リコリーは箱を持ち上げて、後ろに書かれている魔法陣を確認した。
この国の決まりに基づき、発光物質で描かれた魔法陣は、非常に複雑な情報が詰め込まれている。
「変動関数を用いるテルテス変数をどう固定化してるのかと思ったら、箱に接触した魔法を遮断する仕組みが入ってるんだね。この劇場内限定で使うことを条件に作られた、ってところかな」
「その通り、これは第五型魔法陣を省略化することで歯車状に魔法陣を組み立てている。あらゆる魔法を遮断するのは、日常生活でも軍事でも使えないから、此処だけで発達したものだろう」
魔法使い二人の小難しい話に、アリトラが大仰に眉を寄せて肩を竦めて見せる。
「二人とも訳わからないこと言ってないで食べなよ。開けちゃうと温度保てなくなっちゃうんだから」
食事をしながら、アリトラは再び劇の話題に戻った。
「主役のウェリスが、貴族騎士と戦うシーンがかっこよかった」
「あれは見ごたえがあったな」
ゼノも同意を示す。
城下町の裏路地で、城から抜け出してきたヒロイン、シルベアと逢瀬を楽しんでいたウェリスの前に、シルベアの元婚約者である貴族騎士が現れる。
ウィリスは剣を手に戦い、シルベアを逃がすのだが、その立ち回りは非常に派手なもので、更に音楽の激しさも加わって観客たちを興奮させた。
「実戦の剣ではないが、基礎がしっかりしていないとあの立ち回りは難しい」
「カッコいい男の人に剣で護られるとか憧れるなぁ」
夢見がちに言うアリトラに、残りの男二人は揃って眉を寄せた。
「逆なら有り得そうだけど……」
「お前はお淑やかに男に護られているタイプではないだろう」
「何、二人して」
アリトラは膨れっ面になったが、自分がか弱い乙女タイプでないことは自覚しているので、すぐに機嫌を直した。
大人しくて臆病なリコリーが虐められるたび、運の悪いロンが不良たちにちょっかいをかけられるたびに、それを悉く物理で解決してきた。黙って護られているのは性に合わない。
「最近の男がナヨナヨしてるからよくない」
「なんで僕を見るんだよ……」
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