1-2.燃えた木の謎
「アカデミー?アタシは行ったことないな。リコリーはあるよね?」
「数回だけ」
フィンを代表する組織は、軍と制御機関の他にもう一つ存在する。それが魔法研究機関、通称アカデミーと呼ばれる存在だった。新しい魔法を考案したり、既存の魔法を利用した様々な実験を行っている。
魔法学者の殆どはそこに在籍しており、そこに併設される図書館にはフィンに存在する全ての書物が揃っていると言っても過言ではない。
「でも試験の時に行っただけだから、中のことは知らないよ」
「そういえば、なんでリコリーって制御機関にしたの?」
片割れの疑問に、リコリーは短く瞬きをする。
「何でって言われても」
「だってどっちも合格してたのに」
「僕、母ちゃんみたいな魔法使いになるのが目標だし。それにアカデミーに合格したの、多分まぐれだよ」
「アカデミーも合格したのか?」
驚いて尋ねるカレードに、リコリーは居心地悪そうな表情で肩を竦めた。
「運がよかっただけです。点数はギリギリだったし。それよりアカデミーがどうかしたんですか?」
「あぁ。昨日、うちの同僚が変な物を見たって言うんだよ」
「同僚って十三剣士の方ですか?」
「長剣のフェイって呼ばれている奴。知ってるか?」
リコリーはそう聞かれて頷く。
「フェイ・リャン大尉ですよね。緑色の髪をした背の高い女性」
「階級まで俺が知るもんか。昨日の夜、あいつが夜中にアカデミーの前に通りかかったら、暴れまわる火の玉を見たんだと。大きさは小さい猫ぐらい」
非常にわかりにくい例えを持ち出しながら、カレードは両手で宙を包み込むような仕草で大きさを表した。直径二十センチメートルほどの球体は、正確には体を丸めた猫に近い。
「あいつ気になったから、アカデミーの周りを囲ってる柵に近づいて見てみたんだと」
「まぁちょっと気になりますね」
「そしたらその火の玉が、アカデミーの敷地内にある木に激突して、一気に燃え上がったように見えた。フェイは驚いて守衛に知らせに行ったんだけど……」
「けど?」
「戻ってみたら、木なんて何処にもなかったんだ」
双子は揃って目を見開いて、それから瞬きを何度か繰り返した。アリトラの方が目が大きいので、挙動が大げさにも見える。
「どういうことですか?」
「火の玉も火事も、それどころか木も生えていなかった。人騒がせなってことでフェイは守衛に怒られたらしい。まぁあいつ毎日酒飲んでるから、酔っ払いに思われたのかもな」
「お酒飲んでたんですか?」
途端にリコリーは呆れた表情に変わる。その脳裏では、偶に行く駅前のスタンディングバーで「俺は前世は王様だったんだぁ!」と騒いでいる名物老人を見る時の目と同じだった。
「それって、単にお酒の飲みすぎで幻覚を見ただけなんじゃ?」
「皆もそう言ってる。あいつ、酒癖悪いし」
「じゃあそうですよ、きっと」
「でも幻覚で火傷するか?」
「……火傷、ですか?」
カレードは自分の左の掌を見せると、そこに右手の人差し指で大きく円をなぞった。
「あいつの左手に、丸い火傷が出来てたんだよ。因みにフェイは左利きで、酒を飲んでいる時も剣だけは抜けるように、左手には何も持たないことにしている。いくら酒を飲んでも、それだけは変わらない」
「その火傷、どうやってついたんですか?」
「本人は火の玉が木にぶつかった反動で自分の方に飛んで来たから掴んだって言ってた」
「それはあり得ない……というか不可解ですね」
リコリーは中途半端にラップサンドから飛び出したトマトを摘まむと、口に放り込んだ。
「魔法で作る火の玉というのは、強い引力で火をそこにまとめているに過ぎません。それが丸く見えるだけなんです。だから、それを受け止めたところで、火のついたボールを受け止めたような痕は出来ない」
「火のついたボールは魔法で浮かべられないのか」
「出来ないことはないですが、重さがあるものは浮力を維持するのが大変だし、かといって軽いものはすぐに燃え尽きるから、木を燃やした後まで残っているというのは考えにくいです」
リコリーは公園に一つだけ立っている街灯を指さした。鉄柱の上にガラスで出来た籠と鉄製の屋根がついており、ガラスには魔法陣が刻まれている。
「あぁいう、魔法によって着火するタイプの街灯なら、中に球体の魔力を封印していたりしますけど、そういう物は安全上の理由から特定の魔法以外は干渉出来ないように作ってあります」
「安全上?」
「軍だって火薬は然るべき場所に保管するでしょう。悪戯されないように」
「なるほど」
「その火傷って別のところでついちゃったとか?」
アリトラが口を挟むと、カレードは考え込むような姿勢になった。
美しい紺碧の瞳と輝かんばかりの金髪のために、どこかの高名な画家が描いた立ち絵のようにも見える。
「これ、俺の勘なんだけどな。長剣は本当のこと言ってると思うんだよ」
「でも、火の玉は兎に角として木が消えたとかは現実的じゃないし」
「アカデミーでそれに似た実験とかしてるかもしれないだろ?なんかさ、あいつの酒癖が悪いから、隊長がこれをきっかけに禁酒を命じようとしてるんだよ。そうすると俺は一緒に酒飲める相手がいなくなるから困るわけだ」
「それで、酒による幻覚じゃないことを証明したいってこと?」
「そういうことだ」
双子は顔を見合わせる。
リコリーは酒を飲むが、それは単純に飲める体質というだけであって連日飲むようなことはしない。アリトラも甘いカクテル一杯で限界という殆ど下戸な体質なので、カレードが何故そんなことに困るのか、いまいち理解出来なかった。
アリトラが不思議そうに首を傾げて、声を出す。
「一人で飲めばいいんじゃないの?」
「やだよ。誰が俺の代わりに金勘定してくれるんだ。俺は自慢じゃないが足して十以上になるものは計算出来ないんだ」
「ミソギさんとか」
「あいつは酒入るとお説教始めるから嫌だ。お前たちはまだ十八だからわからないだろうけどな、俺ぐらいの年になると色々あるんだよ」
金髪を掻き上げて溜息をつく姿は、これ以上ないほどに格好よかったが、言っている内容は非常にくだらない。
「双子ちゃん、知り合いにアカデミーの人間とかいないのか?」
「……どうしよう、アリトラ」
「どうしようか、リコリー」
双子が悩んでいるのを見て、知識はないが決して無能ではないカレードは何かを察した。
「何もタダで頼むわけじゃない。そうだな、双子ちゃんは肉は好きか?」
「肉?」
「お肉」
「ヤツハ牛の肉は、脂がのっててメチャクチャ美味い。食ったことは?」
双子は首を横に振った。その目は好奇心に満ちている。
「一度、軍の外交パーティで食ったことがあるが、ステーキにすると最高だぞ」
「……僕たちが引き受けたら、それ食べさせてもらえますか?」
「ヤツハの国の牛さんなんて滅多に手に入らない。本当ならとんでもない申し出」
「俺は無学だが嘘を吐くほど賢くない。ミソギに頼んで、ステーキ用の肉を取り寄せてやるよ」
その言葉を聞いた途端、双子は大きく首を縦に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます