第2部 双子は考察する

第1話 +Spark!

1-1.剣士と双子の昼下がり

 フィン国軍十三剣士隊は個人の並外れた戦闘能力もさることながら、軍人らしからぬ自由が認められていることでも有名だった。隊長はいるが統率を取るわけではなく、それぞれ階級は持っていても互いにそれを気にしたことは無い。

 軍の上層部も彼らに関しては自由にさせたほうが有事の際には役に立つという認識なので、他の隊と比べるとその規則は緩い。

 とはいえ、彼ら自身にも軍人であると言う意識は強いので、自主的に見回りをすることを日常業務の一つとしていた。


「……ありゃ」


 十三剣士隊の問題児、カレード・ラミオンは中央区の公園を見回っている際に足を止めた。

 それほど大きくもない公園の一角、ベンチに腰掛けた男女の姿を確認すると、そちらに近づく。


「双子ちゃん、何してるんだ?」

「ラミオン軍曹」


 カレードから見て左側に座った、黒髪に青い瞳の少年が驚いたような顔をする。一重の目は切れ長で鋭く、黙っていると人相が悪いなどと揶揄われるが、実際のところはおっとりとした気質であり、臆病な部類に入る。


「こんにちは」


 右側に座った、青い髪に赤い瞳の少女が挨拶をする。豊かな髪をポニーテールにして黒いリボンで縛っているのがトレードマークであり、決して美人ではないが愛嬌がある顔に似合っている。くっきりとした二重は少年とは真逆だった。


「まだ仕事中だろう? サボりか?」


 昼を少し過ぎたばかりの時間で、多くの人々は昼食を終えて午後の仕事に取り掛かっている頃だった。


「いえ、実は制御機関の建物に入れなくて」


 リコリー・セルバドスが苦笑いしながら答える。

 国民の九割が魔法使いであるフィン国では、その濫用や犯罪を防ぐために「魔法制御機関」という組織が設けられている。そこに所属するのはエリートばかりであり、リコリーは「法務部」に属する新人だった。


「今朝、動力供給の魔法陣が急に破損しちゃって、その点検と再構築のために必要な人材以外は外に出されちゃったんですよ」

「どーりょくきょーきゅー?……あぁ、エレベータとかコンロとか使うためのやつか」

「はい。あれは僕達みたいな魔法使いが体内に保持している魔力じゃなくて、自然魔力を転換して使ってるんです。制御機関にはそれがいくつもあるんですけど、寄りにもよって建物内で使っているのが壊れて」

「それでうちの店のコンロも使えなくなっちゃった」


 アリトラ・セルバドスは不満そうに口を尖らせる。リコリーの妹であるアリトラは魔法使いとしての才能は殆どない。この国の魔法使いは「精霊瓶」という瓶を持ち、そこに精霊が入ることで一人前と見做されるが、アリトラはいつまで経っても精霊が入らない「空瓶(カラビン)」だった。

 制御機関一階にある「マニ・エルカラム」というカフェで仕事をしており、快活な性格から看板娘のような扱いを受けている。


「それで、ホットサンドの材料が余っちゃったから急遽ラップサンドにして売りさばいたんですけど、全部は売れなくて」


 双子の間にはバスケットが置いてあり、アリトラが蓋を開けると包装紙で筒状に丸められた何かが大量に入っていた。


「何だこれ」

「ラップサンド。別名ロールサンド。普通のサンドイッチが二枚使って具材を挟むのに対して、これは最低一枚から出来る」


 アリトラはその筒状のものを取り出すと、左右で捩じって止めてある包装紙を摘まんだ。


「パンを一枚、その上に具材を置いてクルクルって丸めて包装紙でこうやって止めるだけ。包装紙を半分だけ開いて食べれば手も汚れないし、お洒落でしょ?」


 片方を解くことで、筒状に丸められたパンが姿を現す。レタスとチーズが一枚ずつ入っており、それが綺麗な渦巻きを作っていた。


「へぇ、なるほどなぁ」

「でも普段ホットサンドは二枚で作るから単純に二倍の量になっちゃって、もう腕と指が痛い」


 そう言いながらアリトラは指を見せる。その指先は少し赤い痕がついていた。


「そりゃ大変だったな。にしても随分余ってないか?」

「お昼にいつも捌く分はなんとか売れたんだけど、午後の分があったから。カレードさんいくつかどう?お代は結構です」

「いいのか」

「腐らせるよりマシ。えーっと、甘いのと甘くないのがありますけど」

「甘い?」


 訝し気に問い返したカレードに、リコリーが説明した。


「甘いっていっても素材が甘いだけで、ケーキみたいなものじゃないです。僕もさっき食べたけど、これはこれでアリかなって感じでした」

「つまり実験作なんだけど」

「面白そうだな。例えば?」


 アリトラは相手が興味を示したのを見ると、嬉しそうにバスケットを漁る。そして目的のものを見つけると、包装紙を解いた。


「これはパンの片面にノンスイートチョコレートソースを塗って、山ぶどうのジャムと一緒に巻いたやつ。岩塩を少し振ってるから、ちょっと白いものが混じってる」

「チョコに岩塩?」

「お砂糖入ってないから、甘くない。ワインに合いそう」


 カレードはそれを受け取ると口の中に入れた。噛むと山ぶどうに混じって何やら香ばしい味が広がる。話を聞く限り、それがチョコレートのようだったが、その苦みはカレードの知識にはなかった。

 岩塩が山ぶどうとチョコレートの相反する二つを綺麗にまとめ上げている。


「面白い味だな。悪くはねぇ」

「でしょ?こっちも自信作。豆のペーストの上に刻んだチーズと塩漬けトマト。このまま食べてもいいし、焼いても美味しい」

「あ、それ美味しそう」


 リコリーが横から首を伸ばして、アリトラの持っているラップサンドを覗き込む。


「これはあと二個あるから、一個リコリーにあげるね」

「やった」

「じゃあカレードさんにはー……」


 ラップサンドを選別するアリトラの横で、リコリーは手渡されたものに齧りつく。塩漬けトマトの酸味が強いのを豆のペーストが抑え、そして味がぼやけるのをチーズで押しとどめるという絶妙なバランスに、口元を緩めた。

 その様子を見てカレードは釣られたように笑う。


「兄貴の方は、甘くないのが好きなのか」

「そうですね。食べられないことはないんですけど、アリトラみたいにアップルパイをワンホール、なんていうのは無理です」

「あれは父ちゃんが作ったやつ限定。自分で作ったのは、生地の膨らみがいつも足りないから食べていて飽きる。オーブンの火加減は同じな筈なのに、不思議」

「……あ、そうだ。火と言えば」


 カレードはまだ残っているラップサンドを頬張ったまま喋り始めた。貧民街出身で、読み書きも満足に行えない男は悪気もなくマナーを無視する癖がある。


「双子ちゃんは研究機関……アカデミーのほうには詳しくないのか?」

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