6-2.ロールケーキを半分こ

「お出かけの途中ですか?」

「珈琲豆を買いに」


 リコリーがそう言うと、店員は微妙な顔つきになった。それに気付いたアリトラが慌てて口を挟む。


「親に頼まれたんです。家で飲むために」

「あら」


 同業者の可能性を疑っていたであろう女性は、その言葉に頬を緩めた。

 アリトラは同業者の括りに入るが、マニ・エルカラムは大陸一不味い珈琲を出すことで有名なので、他店の調査などはしない。それより先にマスターの舌を正常にする必要がある。


「ご家族なんですか、お二人は」

「アタシ達、双子なんです。こっちが兄でアタシが妹」

「男女の双子なんて初めて見ました」

「いるけど気付いてないだけかも。大体似てないし」

「だよねぇ。僕たちが双子だって一発でわかる人なんていないもん。兄妹とすら思われない」


 双子がそう言うと、女性は可笑しそうに笑った。


「仲がいいんですね。羨ましいです。私、独り身だし店も一人でやってるから偶に話し相手が欲しくなります」

「じゃあ店長さん?」


 アリトラが尋ねると、女は頷いて同意を示した。


「お店が軌道に乗ったら人を増やそうかと思っています。……ご注文は?」

「寒いからあったかい珈琲がいいんですけど」

「でしたら、当店オススメの炭火焼き珈琲はいかがでしょう」

「それにしようかな。アリトラは?」

「アタシもそれにします。あとロールケーキが美味しいって聞いたんですけど」

「はい、チョコとイチゴとヤツハ茶の三種類がありまして、珈琲と一緒に頼むとお得です」

「わぁ。ねぇリコリーも頼むでしょ?半分こしようよ」

「じゃあ僕ヤツハ茶のロールケーキ」

「アタシはイチゴで」

「畏まりました」


 女性は注文用紙を持って、カウンターの中に入る。

 双子は改めて店の中を見回した。

 入口から入って、すぐ右側には傘立て。そこには双子の傘だけが置かれている。右手側にはカウンターがあり、椅子が三つ並んでいる。カウンターの中は厨房になっているようだが、瓶やメニューボードが置かれているので、中の様子はよくわからない。

 左側、双子がいるスペースは広く、二人用のテーブルが二列に四脚ずつ並び、それぞれ高級感のある一人用のソファーが用意されていた。

 リコリー達が座ったのは入口から対角線上の、本当に奥の席というに相応しい。テーブル自体も黒檀で作られたもので、それが内装とよくあっている。


「雰囲気のいいお店だね。本読むのによさそう」

「駄目だよ、リコリーは本読むと全然帰ってこないんだから」

「流石に珈琲が無くなったら帰るよ……」


 開店したばかりだからか、雨が降っているからか、壁に張られた木材の香りが心地よい。

 二人で他愛もないことを話していると、やがて珈琲とロールケーキが運ばれてきた。緑色のロールケーキとピンク色のロールケーキが置かれる。


「ごゆっくりどうぞ」


 女性がそう告げて、カウンター奥の扉から中へと消える。


「美味しそう」


 リコリーが早速、ヤツハ茶のスポンジ生地にフォークを立てる。何秒かじっくりと見てから口の中に運び、そして「わぁ」と声を出した。


「ヤツハ茶の芳醇な香りと、ほろ苦さに生クリームが混じってて、大人の味って感じだよ」

「イチゴも、酸味を残すことによって生クリームと混ぜても甘すぎない上品な味。隠し味に生クリームに柑橘系のエッセンスを入れていると見た」

「え、本当?食べさせて」


 双子は互いのケーキを半分に切って、交換する。


「あ、確かに。これはオレンジ……じゃないな。野生のグレープフルーツかな」

「こっちの生地のほうがもっちりしている…。ヤツハ茶に合わせた?芸が細かい」

「珈琲も美味しいよ。ロールケーキにぴったり」

「今度ロールケーキ作ろうかなー。お菓子は父ちゃんから太鼓判貰ってるんだよね」

「僕も珈琲は太鼓判貰ってるよ。そうだ、今度皆のお休みが合ったら、父ちゃんと母ちゃんに作ってあげようよ」

「それいい。リコリーにしてはナイス」


 セルバドス夫妻の仲の良さはご近所に有名であるが、それ以上に有名なのが家族仲の良さであることを当事者は知らなかった。

 最近の美味しかった料理や、面白かった本のことなどを話しているうちに、同じく雨宿りらしい客が何人か、数分おきに一人ずつ入ってきた。リコリーはその様子を見て、自分の腕時計に目を落とす。


「三時だからかな。お茶するには丁度いい時間だもんね」

「雨も強くなってきたしね。五時までに止んでくれるといいんだけど」

「それは無理じゃないかなぁ。アカデミーの気象予報では終日雨だったよ」


 二人が座っている側の四つのテーブルのうち、一番道路側に一人の女性が腰を下ろす。赤い長い髪とふくよかな体をしており、首には高価そうな真珠のネックレスをつけている。雨で濡れた手を何度かハンカチで拭きつつ、窓から外を見ていた。

 その反対側には壮年の男性が、右足を庇うような歩き方で席に着く。互いに壁を背にしているので、通路を挟んで向かい合っているような格好だったが、特にそれを気にする様子もない。茶色い髪が雨風で乱れたのを手櫛で直しながら、男はメニューに目を向ける。

 三人目はアリトラよりも少し年上と思われる若い女で、二人の隣の席に座った。短い黒い髪をネッカチーフでまとめて、大きな眼鏡をかけている。席に座るなり女は分厚い本を取り出して、それに目を通し始めた。


「もう少し雨宿りして行こうか」

「そうだね。珈琲もう一杯飲んで帰ろう」


 強くなった雨足を聞いて、双子は苦笑する。遠くから雷の音も響いていた。

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