4-3.子供の理屈

「父ちゃんに?」


 リコリーが眉を寄せる。


「父ちゃんとライチって話するの?」

「まぁ相談相手には丁度いいと思って。別の商店街だから、周りに聞かれる恐れも少ないしな。それに商売人としては俺より先輩だし」

「でもライチのほうがやり手。父ちゃんのお店は閑古鳥を売ってる」


 アリトラの言葉に、ライチは珍しく年上らしい笑みを見せた。


「お前もまだまだだな。あれで結構、やり手なんだよ。そうじゃなきゃ商店街で十年以上も店構えられないだろ」

「そういうもんなの?」

「そういうもの?」


 納得していない双子を他所に、ライチは話を続ける。


「ホースルさんの店がある商店街でも、昔似たようなことがあったんだってさ。パン屋に並んでいる一斤パンに、爪楊枝で作った旗を刺してた女の子がいたんだ。

 店員が捕まえて話を聞いたら、どうもその家は最近母親がいなくなって、父親だけになったんだと。まぁ父親も忙しいし、母親のように料理も出来ない。それまで母親は近所のパン屋で焼き立ての美味しいパンを買ってきていたんだが、父親はそのパン屋に立ち寄る暇もなく、別の店でパンを買って子供に食べさせていたようなんだ」

「それで怒って爪楊枝を?」


 リコリーが聞くと、ライチは首を左右に振った。


「逆だよ。女の子はな、父親がきっとパンを間違えたんだと思った。それで、父親がパンを見つけられるように、旗を立てておいたんだ」

「あぁ、そういうこと」

「小さい子の親を思う優しさってやつだな。おじさんはそれを思い出したって言ってたけど、自分で食べたいものを泥で汚す子供がいるもんかね?それほど好きなら、寧ろ汚さないもんだろ」

「だからライチは悪戯だと?」

「そういうこと。何かわかるか、アリトラ」


 ライチは考え込んでいるアリトラに声をかける。


「うーん…父ちゃんが言いたいのって、「子供の理屈は大人にはわからない」ってことだと思う。大人の理屈に当てはめちゃダメってこと」

「つまり?」

「さっきライチが、昔いたずら書きをした理由を「いたずらしないのは失礼」だからと言った。つまりライチはその時罪悪感なんかなかったんでしょ」

「今は流石に悪いってわかるぞ」

「大人になった後の話はいい。子供が何を考えてこういうことをしたのかって考えなきゃいけない」


 黒いワンピースの裾を翻して、アリトラはパスタの入っている箱を覗く。

 シンプルなデザインだが、文字や絵に上品さを感じさせる袋をアリトラは手に取った。

 ミートソーススパゲティらしい絵が描かれており、その上には「ご家庭でもお店の味を!」というありきたりなキャッチコピーが、子供にも読めるような易しい文法で印刷されている。

 裏には簡単な調理法と、同じ工場で作られている缶入りのミートソースの宣伝。レシピ本の存在まで匂わせているあたりが、商売上手とも言える。


「これ、人気だよね」


 いつの間にかアリトラの後ろに回っていたリコリーが、パッケージを見て言う。


「料理しない僕でも、よく見かけるぐらいだもん」

「絵が美味しそうなのもあるけど、実際美味しくできる。お店でもよく使うし、パッケージが可愛いから子供の目も……」


 アリトラはあることに気付いて、ライツィを呼んだ。


「ねぇ、さっき投げた袋見せてよ」

「あぁ。……汚れるから気を付けろよ」


 差し出された袋は、スパゲティの絵の上を手形が塗りつぶしていた。

 黒い手形を指でなぞると、乾燥した何かが指先につく。アリトラは暫くそれを見ていたが、唐突に舌で黒い何かを舐めた。


「おい」

「ちょっと」


 男二人が慌てるのを制し、アリトラは口の中でそれを舌に馴染ませる。


「ん」


 リコリーに手を出すと、即座に紙が渡されたので、アリトラはそこで漸く口の中の物を吐き出した。


「おい、大丈夫か?」

「うわ、舌が真っ黒。駄目だよ、何かわからなのに口にしたりしたら。毒だったらどうするの?」

「毒じゃない。インクだよ」

「インクは毒だよ!」


 青ざめているリコリーに対して、アリトラは平然としていた。

 ライツィに水を貰うと、口を漱いで舌の汚れを落とす。


「アリトラ、お医者さん行ったほうが…」

「食べれるインクだから問題ない」

「どういう意味だよ?」


 困惑するライツィにアリトラは人を食ったような笑みを見せた。


「ねぇライチ。犯人教えてあげるから、ジャムおまけして」

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