1-4.瓶の捜索・下
商店街に並ぶ店の中でパン屋を見つけたアリトラは、早速中へと入った。昼前の胃袋を刺激する、パンの香ばしい匂いに我慢して店員に話しかける。
「昨日の夜の十時頃なんですけど、このあたりって人沢山いました?」
「平日は十時を越えると、殆ど人通りはないわよ」
恰幅の良い中年女性は、パンを並べながら答えた。店内に客は数人いるが、混雑している様子はない。
「昨日、お店にいらっしゃいましたか?」
「えぇ、丁度店を閉めるために外にいたから」
「じゃあ、黒髪でアタシより少し背が高い男が歩いてるのとか見ませんでした?」
「どうだったかしら……。人は通ったけど、顔や姿まで見ないから」
「ですよね。……このあたりで瓶とか落ちてませんでした?」
「精霊瓶?」
「青い犬の精霊が入ってるんです」
「そんなの落ちていたら流石に気付くわ」
ですよね、とアリトラが呟くと店員は首を傾げた。
「落としちゃったの?」
「まぁ、はい」
「この商店街には落ちてないはずよ。今朝、商店街の会合があったけど、そんな話出なかったから」
「商店街の会合って全部の店が参加するんですか?」
「えーっと、そうね。角の魔法ショップだけは朝起きれないとかで出てこないけど、夜の場合は出てくるし。今朝もほぼ全員いたわ」
今月イチオシだと言うベーコンパンを購入して外に出たアリトラは、歩きながらそれを口に入れる。焼きたての柔らかいパンの上に載せられたベーコンは塩加減も丁度よく、口の中に油と共に染みていく。
手のひらに乗るほどの大きさだったそれが、指先のサイズになる頃に商店街の終わりにたどり着いた。
左手を見れば、魔法ショップが一軒。ドアに垂れ下がった開店を知らせるパネルが曲がっているのが、その店のやる気のなさを表していた。
窓から中を覗けば、奥のカウンターで男が一人腕組みをして舟を漕いでいる。
「あれは役に立ちそうにない。よし次」
アリトラはそう結論付けると、商店街を抜けた先を見る。
ここから五分ほど歩けば十字路があって、そこを左折すれば家に辿り着く。道の左右には用水路が流れているから、落ちたとすればそのあたりの可能性は高い。
しかしアリトラは、ふと疑問を感じてその場に留まる。頭の中では、最初に立ち寄ったバーの店員の会話が再生されていた。
「グラスを触って、慌てて手を洗いに行った……。その後、治癒したはず」
先刻、アリトラの肩を掴んだ手には傷などなかった。となると、治癒魔法を使ったと考えられる。
魔法を使う時には瓶を一度掴み、生体認証を行うことで魔力の解放を行う。それは空瓶だろうと精霊持ちだろうと変わらない。
リコリーが治癒魔法を使ったなら、少なくともその時点まで精霊瓶があったことは覚えているはずで、「どこで無くしたかわからない」とは言わないだろう。
バーで無くしたにせよ、何にせよ、この時点までは確かにあったと断言出来るはずである。
いくら動転しているとは言え、そういうことを伝え忘れる人間でないことを、アリトラは十八年で理解している。
「違う人がリコリーの傷を治した。考えられるとしたら……」
一つの仮説に行き着いたアリトラは、再び来た道を引き返した。
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