1-3.瓶の捜索・上

 双子の兄妹とは言えど、アリトラはリコリーを兄だとは思っていない。

 戸籍あるいは便宜上、兄という肩書を持っているだけの対等な存在、片割れだと思っている。

 従って、今回も別に兄を助けようという想いなど一切なく、「仕方ないからリコリーを助けてあげよう」という、一種の友情的なものが彼女の中で働いただけだった。

 制御機関から南へ十分ほど歩いた場所にはマズナルク駅がある。国の中でも主要駅として挙げられるため大きな駅舎と広場を備えていて、朝でも夜でも人が多い。

 マズナルク広場を囲むように飲食店があり、そこで最も大きいのが「魔女の爪」というスタンドバーだった。

 平屋造りで、正面は内側に弧を描くように両端が突き出していて、どこからでも入れるようにガラス張り。ガラスには豪快な字で店の名前が書かれている。

 まだ午前中なので店は開いていなかったが、ガラス戸の向こうには掃除をしている人影が見える。

 アリトラはガラスを軽く叩いて、自己の存在をアピールした。掃除をしていた男は手を止めて、面倒そうに戸を開ける。


「まだ店はやっていないんだよ」

「昨日、瓶を忘れたって連絡してきた人いませんでした?」

「あぁ、今日の朝電話がかかってきたね。でもそんなものなかったと答えたけど」

「多分、昨日複数人で飲んでたと思うんです。えっと、黒髪で青い目で、身長はアタシよりちょっと高い」

「………あー、いたねぇ。三人だったかな。そこの席だよ」


 スタンドバーなので椅子はない。

 楕円形のテーブルがいくつも立ち並んでいて、まるで茸のようにアリトラには見えた。


「仕事の話をしているようだったから、同僚同士ってところかな。でも平日に飲みに来るほど飲み慣れている雰囲気でもなかったよ。だから何処かに落としちゃったんじゃないか?」

「飲み慣れてないって…結構酔ってたってこと?」

「その黒髪の若いのは、そこそこ。一緒にいたのがグラス倒して割っちゃってね。まぁ珍しい話でもないんだが」

「グラス落としたって…」


 アリトラは自分の胸下あたりまであるテーブルを見る。


「結構飛び散りますよね」

「あぁ。なのに黒髪のほうが素手でガラス掴んで、血を出しちゃって。制御機関の新人っぽかったが、あぁいうエリートは割れた物は素手で触っちゃいけない、なんて知らないのかね?」

「血が出たって、指先?」

「じゃないのか? グラス落としたほうが、それに気付いて声を出してな。慌ててトイレに行って手を洗ってたから」

「ふーん」

「で、それがどうしたんだ?」

「いや、その瓶探すの手伝って欲しいって言われたんです。ここからどう帰ったか覚えてないって言うから、どっちに行ったか知りませんか?」


 それは嘘だったが、アリトラは実に自然にその言葉を紡いだ。

 リコリーは酒は強くも弱くもない。だが几帳面な性格のために帰り道は間違えない。


「左に行ったのが二人、右に一人だったのは覚えているけど、黒髪のがどっちに行ったかまでは知らないよ」

「ありがとうございました」


 この店から家に帰るには右に行く必要がある。ということは右に曲がったのはリコリーで間違いない。

 アリトラは右に向かうと、すぐ隣の商店街へと足を踏み入れた。そこはいつもリコリーが帰路とする道であり、昨日も使った可能性が高い。

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