第7話 +Rain
7-1.店番する双子
マズナルク駅前広場からは二つの商店街が直結している。
一つは魔法制御機関まで続く大きなもので、いつも人で賑わっているが、もう一つは住宅地に繋がるため、それほど栄えてはいない。
しかし、所謂専門的な店が多いことでも知られており、休みともなると掘り出し物を探す客や、自分の趣味のものを求める者が多く訪れる。
そんな「ペイカ商店街」の一番端には、小さな魔法具ショップがある。いつもは閑古鳥を大量に売りさばくが如き静謐を保つ店だが、今日は少し明るさを伴う声が漏れ聞こえていた。
「この赤いのは?」
「後ろの棚だね。緑色の色違いがあるはずだから、それも一緒に」
双子の妹、アリトラが得体の知れない赤い球体を掲げて見せると、双子の兄であるリコリーはカウンターに広げた納品書と帳簿を見比べながら指示を出す。
「それにしても、父ちゃんもうっかりしてるよね。取引を二つ重ねちゃうなんて」
言われた通りの場所へと品物を置いたアリトラが苦笑交じりに言う。
この店の本来のオーナーは双子の父親であるが、今日は隣国へ新しい商品の取引に出かけていた。そのこと自体は半年前から決まっていたことだったが、それをすっかり忘れて違う客への商品の受け渡しに同じ日を指定してしまったらしい。
昨日の夜、父親は双子にプリンとパイを与えながらそのことを説明したうえで、客への商品引き渡しをして欲しいと懇願した。
幸い二人とも休みであったことと、魔法具についてはリコリーが、店のことについてはアリトラが知識を持っていたために引き受けることになった。
「アタシ達が休みでよかったよね。自営業は信用第一っていっつも言ってるくせに、お客さんに呆れられる危機」
「でも母ちゃんが言ってたけど、偶に似たようなことするらしいよ」
「そうなの?あ、だから時々いないんだ」
「うん。そういう時は事後処理というか、色んな所に謝りに行ってるらしい」
「へぇ。……これは?」
「うーん……右の棚の上から二番目」
店の中は目立つ埃も汚れもなく、整然としている。それが店主の性格によるものなのか、それとも単に掃除ぐらいしかやることがないのかは、意見が分かれるところだった。
アリトラは木箱に入っていた品物を並び終えると、大きく伸びをする。
「終わった!」
「まだ半分残ってるよ」
「わかってる。休憩にしようよ。どうせ時間はあるんだし」
「それもそうだね。まだお客さん来そうにないし」
リコリーは帳簿にペンを挟んで閉じると立ち上がり、カウンターの後ろにある小さな給湯室へ入る。
「うわ、父ちゃん綺麗好きだなぁ……。汚したら怒られそう。紅茶と珈琲、どっちがいい?」
「珈琲。ミルクある?」
「うん。たっぷりだよね?」
「そうそう」
薬缶をコンロにかける音が聞こえて、リコリーが静かになると、アリトラは来客用の椅子を一脚、カウンターの下から出して腰を下ろした。
店の規模は商店街の中でも一際小さく、給湯室とカウンター、そして小さな倉庫を除けば残りは三メートル四方もない。入口から入って左側の三つの壁に沿って並んだ棚には魔法具が収められているが、半分以上はリコリーですら用途のわからないものだった。
マニアックな魔法具を売ることで利益を上げているのだと、いつだったか父親は語っていたが、ここまで極端だと逆に売れないのではないか、とアリトラは心配になる。だが世の中には、泥より不味い珈琲を出していても人気な喫茶店も存在するので、案外父親の商売も成り立つのかもしれないと結論付けた。
「………あれ?」
ふと窓を見たアリトラは、ガラスに水滴が垂れているのに気が付いた。外を見てみるが、雨が降っている様子はない。
「通り雨かな。今日は晴れって聞いてたのに」
「アリトラー。珈琲二種類あったけど、どっちにする?」
給湯室からリコリーが声をかけると、アリトラはそちらに意識を移した。そして、雨のことはすっかり忘れてしまった。
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