7-2.外国の珈琲
「そういえば、お客さんっていつ頃来るんだっけ?」
「お昼頃。でも前後する可能性があるって父ちゃんは言ってた」
「あぁ、仕事の関係らしいね。まぁ僕たちは暇だからいいけど」
リコリーがカウンターの内側、アリトラが外側に座って珈琲を口にする。
「あ、これ美味しい」
「外国のだったから不安だったけど、意外とうまく淹れられたと思う」
「うん、少し酸味があるのがミルクで緩和されてる。何処の?」
「ハリ」
西にある国の名前に、アリトラは「へぇ」と呟いた。
「そういえば父ちゃんって、フィンに来る前にハリにいたって言ってたね」
「僕たちぐらいの年齢だったはずだよ。大きな国だから一度行ってみたいよね。魔法陣の研究が進んでるらしいし」
「アタシは東ラスレに行きたいなぁ。綺麗な香水が有名」
双子は外国には行ったことがない。
母親は仕事の関係で、父親はフィンに定住する前は諸国を転々としていたし、今日のように取引で出かけることも多いので、耳にすることは多い。
「でもリコリーは母ちゃんと一緒で、そのうち仕事で行くかもしれないよね」
「うーん、法務部はそんなに外国に出張にはいかないらしいから、どうだろう」
「そうなの?」
「刑務部が一番多いらしいよ。外国でフィンの魔法使いが犯罪に巻き込まれたり、あるいは犯罪犯したりするから」
リコリーは途中まで飲んだ珈琲に角砂糖を一つ落とす。あまり行儀のよい飲み方ではないが、それを咎める人間はいない。
しかしアリトラは角砂糖が入っていた袋を見て、違うことを指摘した。
「その角砂糖、高いブランドの」
「え、そうなの?」
「相場の二倍」
「父ちゃん、いいの使ってるんだね」
「父ちゃんは珈琲にお砂糖入れない。来客用」
「……怒られるかな?」
「そんなことで怒らないと思う」
父親は双子のテーブルマナーや挨拶などは厳しく躾けたが、それ以外のことは割と寛容だった。
食い意地の張った双子に、「マナーがいい人はいい物を食べられるんだよ」と言って躾けた父親は賢かった。結果として食い意地は張っているが意地汚くはない二人が出来上がり、特にリコリーについては、どこの会食に出しても恥ずかしくないと言われている。
「寧ろ、そのお砂糖が美味しかったって言えば喜ぶんじゃない?」
「確かに美味しいけど。アリトラも入れる?」
「ミルク入れちゃったから、アタシはいい。甘すぎると、珈琲本来の味が損なわれる」
その時、ドアベルが軽快な音を立てて内側に開かれた。入ってきた人物を見て、二人は揃って驚いた顔をする。
「ミソギさん?」
「クレキ中尉」
長い黒髪を一つに束ね、黒い切れ長の目をした軍人は双子に名前を呼ばれてドアのところで立ち止まった。そして考え込むように宙を見て、それから「あぁ」と呟く。
「……お父さんは? 品物を取りに行く約束をしていたんだけど」
「父は別件で急遽店を空けることになりまして、僕達が代理として店番を」
「お客さんってミソギさんのことだったんだ。てっきり魔法部隊の人かと思った」
「……ん? 来るのが軍の人間って知ってたのかい?」
柔らかい口調で尋ねるミソギに、双子は首を縦に振る。
「ミソギさんもカレードさんも、お店に来る時間がバラバラ。うちの国の軍は皆一緒に休憩を取らないで交代制って聞いてたし」
「交代制ってだけなら飲食店もあり得ますけど、この店で扱うのは特殊な魔法具です。それに届けさせずに受け取りに来ると言うことは、店などで使う用途ではない」
「でもそれなら休日に取りに来ればいいし、多少の融通も利くはず。それが一切効かないということは、軍かと思って」
「なるほど。相変わらず変なことに気が付くね。俺達、十三剣士は魔法がまともに使える奴がいないから、ちょっと特殊な魔法具が必要なことがあるんだよ。それで君たちのお父さんに色々仕入れてもらってるってわけ」
アリトラはもう一つ椅子を出すと、ミソギに薦めた。礼を言ってそれに腰かけたミソギは、軍服の内ポケットから注文書を取り出す。
「早速だけど品物を受け取らせてもらえるかな」
「はい、すぐに出します」
リコリーは倉庫を開いたが、まだ片付けていない仕入れの品が転がり出てきて軽い悲鳴をあげた。
「慌てなくていいよ」
「す、すみません。僕、あまり此処に来ないから……」
「リコリー、アタシがやるから。ミソギさんにヤツハ茶」
「あ、うん」
カウンターの下を潜り抜けて内側に入ったアリトラは、片割れと仕事を交代する。代わりに給湯室に入ったリコリーは、ヤツハ茶の準備をしながらミソギに話しかけた。
「でも、クレキ中尉が父と知り合いなんて知りませんでした」
「言わなかったかな。まぁ君のお父さんとは長い付き合いなんだよ。それこそ君たちが生まれる前からの」
「父にクレキ中尉の話をしたことはありますけど、特に何も言ってませんでしたし」
「彼は根っからの商人だから、顧客情報はあまり口外しないんだ。それが気に入って、俺達は贔屓にしているんだけどね」
「商人っぽいですか、うちの父」
「割と抜け目はないよ」
「想像出来ないです。家だと、専業主夫状態だし」
「逆に俺はそっちのほうが想像つかないな……」
カウンターにヤツハ茶の入ったカップが置かれる。ミソギはそれを手で取ると、匂いを嗅いでから口をつけた。
「うん、いい茶葉だ。リコリー君はいい腕を持っているよ」
「ありがとうございます」
「本当にあの男の子供か疑いたくなるね」
ほんの軽い気持ちでミソギはその言葉を放ったが、リコリーは顔を曇らせると沈んだ声で問い返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます