第2話 +Graffiti[落書き]
2-1.リコリーの休日
リコリー・セルバドスは基本的には気性が穏やかで、臆病な部類である。
目つきが鋭いのと細面のために、周囲からは人相が悪いなどと揶揄われることもあるが、過去にした犯罪と言えば隣の家の林檎の木に勝手によじ登ったぐらいである。
そんなリコリーの休日の楽しみ方は、第一地区の図書館で本を読むことだった。
石造りの重厚な図書館は、高級な革貼りの椅子や安楽椅子などが多く並んでおり、出窓にはいつも季節の植物が飾られている。
天井は高く、そこに吊るされたシャンデリア風の照明は自然魔法を利用した電力により常に目に優しい明かりを供給していた。
その日も図書館に訪れたリコリーは、まず最初に新作コーナーへと足を運ぶ。途中に雑誌の新作も並べられていたが、リコリーは文芸雑誌以外は興味がない。
アリトラはたまに色々な雑誌を読んでいるが、書物を読んでいるのを見るのは稀である。
食べ物以外の趣味は合わない双子であるが、特に今までそれで困ったことはない。寧ろ平等に食べ物を与えさえすれば喧嘩もしないので楽だと言ったのは父親である。
「あ、新刊出たんだ」
好きな作家の新刊が並んでいるのを見つけたリコリーは、その黒い装丁に手を伸ばす。
すると丁度右側から伸びて来た手とぶつかりそうになり、慌てて動きを止めた。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ。………なんだ、君ですか」
「サリル。この図書館いるなんて珍しいね」
リコリーと同じぐらいの背だが、筋肉質な体と浅黒い肌のために幾分体格が大きく見える男は、伸ばしかけた手をそのままに肩を竦めた。
赤茶色の髪は十八歳にしては少々大人びた形に整えられ、その下のハシバミ色の目は大きく、若干突き出しているために常に周りを警戒しているような印象を与える。
「偶には市井の図書館を見るのも良いかと思いまして」
「研究機関の図書館のことはよく知らないけど、此処は落ち着いて本が読めるからおすすめだよ」
「そのようですね」
サリル・ヒンドスタはリコリーと同じく制御機関の法務部に所属している魔法使いである。
母親が魔法研究機関、通称アカデミーの構成員であるため、普段からそちらの文献を用いて勉強をしていることを、リコリーは幼い頃から知っている。
小さい頃から、勉強でも魔法でも、サリルが一位でリコリーが二位だった。それは制御機関に入った今も変わらない。
「その本、読むの?」
未だ手を伸ばしかけたままの相手に尋ねると、サリルは「あぁ」と気付いたように手を下げた。
「ただ装丁が気になっただけです。どうぞ」
「ありがとう」
「しかし君も感心しませんね」
「何が?」
「君だってその気になればアカデミーの図書館を使えるはずです。魔法使いとしての技術向上を目指すのであれば、市井の図書館で満足すべきではない」
「そうかなぁ?」
リコリーは手に取った新刊を軽く指で捲りながら呟いた。
「此処にある本を僕はまだ全部読んでないから、何処に行っても意味ない気がするな」
虚を突かれた表情をするサリルをその場に置いて、リコリーはお気に入りの椅子へと歩いて行った。
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