1-13.謎の魔法使い?
カレードは走り去る双子を見送りながら溜息をついた。
「まさか、自分たちで調べに来るとはな。あの双子ちゃん、何考えてるんだか」
「何を考えている、は私の台詞だ。あんな装置ぐらい、お前が叩き斬ればよかっただろう」
その横に立つ男が静かな声で文句を言うと、カレードは肩を竦めた。
夜でも目立つカレードと違い、その男は黒い服を着込んでいるため闇と見分けが付きにくい。
「魔導装置って斬るの面倒くさいんだよ。刃こぼれするし、油はつくし。その点、あんたなら問題ないだろう、七番目」
「問題はある。こんなことで私を引っ張り出すな、大剣」
「こんなことって……。そういえば七番目。あんたの使う魔法って、何なんだ?詠唱もなく
指を鳴らしただけで魔法を放つなんて出来ないって知り合いが言ってたが」
「……それを的確に表す言葉が、この国には存在しない。ただ簡単に言えば、私の持つ魔力はマズル魔法を使う者のそれより、遥かに原始的だということぐらいだな」
七番目という呼び名を持つ男は、軽く欠伸をした。
「もう用事は済んだだろう。あの魔導装置については軍でも制御機関でも好きなように扱え。恐らく東ラスレ国の秘密結社が作ったものだと思うが。うっかり筐体の紋章を撃ち抜いてしまったから、特定は難しいかもしれないな」
「うっかりねぇ。うっかりうっかり。まぁそういうことにしておくよ」
カレードがそう言いながら振り返ると、男の姿は既になかった。相変わらずな相手にカレードは不満を覚えるでもなく、苦笑いで片付ける。
「さてと、とりあえずうちの隊長様にでも相談するか」
家に帰った二人は体の汚れをすっかり洗い落として、リビングで食事をとっていた。
今日の夕食はシチュー。具材が沢山入った暖かい食べ物が、路地裏での出来事を忘れさせてくれる。
「雷の前に聞こえたの、多分指を鳴らした音だと思う」
アリトラがそう言うと、リコリーは「そうだっけ?」と首を傾げた。
「指鳴らしただけで魔法出せる人なんていないと思うけど。魔法陣でもなさそうだったし」
「詠唱の部分は聞こえなかっただけかもしれない。それより、誰が助けてくれたんだろう?」
「通りすがりの親切な人、とか」
ミルクをたっぷり入れた紅茶を少しだけ飲んでからリコリーが言うと、アリトラは眉を寄せた。
「一級の魔法使いが通りすがりに雷落として、そのまま声もかけずに通り過ぎた?そんなの変だと思う」
「そんなこと言われても、僕だってわからないよ」
「リコリー。靴の踵壊れちゃったの?」
リビングに顔を出したのは、青い髪に赤い瞳の優し気な顔立ちの男だった。
「捨てるなら、そう書いておいてくれないと。俺、踏んじゃったよ」
「ごめん、父ちゃん」
リコリーが謝罪を口にすると、双子の父親であるホースル・セルバドスは「いいよ」と言った。
「でもあれ、どうしたの?」
「転んじゃったんだ」
「転んだだけで踵取れて靴底まで割れるかなぁ?」
父親が不思議そうに尋ねたが、リコリーはシチューが熱くて返答出来ない振りをした。
その様子を見て、平素からのんびりとしている父親は話題を変える。
「それより、今日のシチューはどうかな? シノさんもお前達も帰りが遅かったから、結構煮込んでみたんだけど」
「父ちゃんの料理が不味かったことなんてないよ」
「ジャガイモと人参の固さが絶妙。黒コショウが大人っぽい味」
双子の称賛に、父親は頬を緩ませる。
母親がエリート、父親がしがない自営業であるセルバドス家では双子が乳幼児の頃から家事全般をホースルが受け持っていた。
料理上手で器用な父親は大抵の物は自分で作ってしまうので、双子の胃袋は完璧に父親の手の中にあった。
「でもね、父ちゃん」
アリトラは匙を使って、シチューの上の人参を掬い上げた。
「何で人参が星型なの?」
「え、可愛いかなと思って。猫のほうがよかった?」
「形の種類じゃない」
「僕たち、もう十八だよ……」
いつまで経っても子ども扱いなことに双子は少し呆れながら、同時に星型の人参を口に入れた。
形は兎に角として、適度に柔らかく煮られたことによる甘みは舌を裏切らない。
「美味しいね、リコリー」
「そうだね、アリトラ」
セルバドス家の双子は、食い意地が張っている。
魔導装置も、謎の親切な人も、シチューの前では味の邪魔だとばかりに記憶の彼方へと追いやられてしまった。
夜半、軍の敷地内に秘密裏に運び込まれた壊れた魔導装置を前に、二人の男が立っていた。
「東ラスレの魔導装置?これがか?」
「多分な」
破壊されて原型をとどめていない筐体部を見て、眉が太く色黒の壮年の男は眉を寄せた。
「ラミオン軍曹。念のため聞くがこれを破壊したのはお前か?」
「んなわけねぇだろ。俺、魔法使えないもん」
「七番目か」
十三剣士隊の隊長である男は眉間を指で揉む仕草をした後、溜息をついた。
「わかった。後はこちらで処理をする」
「俺は?」
「お前は単にこれを運んできただけだろう」
「まぁ、そうなんだけど」
「これが本当に東ラスレ国のものだとすれば、下手をすれば国際問題に発展する。今の情勢を考えると、慎重に動く必要がある」
「…………わかった」
国際問題と情勢という単語がわからないカレードは何も理解していなかった。
しかし、剣を振るえさえすればよい男は、それが自分にとって関係のないことだけは理解出来た。
「このことを知っている民間人は」
「あー、七番目…」
「あいつは民間人ではない」
明確に斬り捨てた上官にカレードは口を閉ざす。それを報告終了の合図と取った相手は、咳ばらいを一つした。
「では、以上だ。私が指示をするまで、お前はこの件に関しては何も言うな。わかったか」
「イエス・サー」
敬礼をしながら、カレードは双子の事を報告しなくて正解だったかもしれないと胸を撫でおろした。
END
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