運命の歯車


 来た場所よりさらに下へ下へと落ちていく感覚がしていたのに、穴から放り出されるとあたしはもとの場所に戻っていた。あの白銀に輝くふしぎな水溜りがある場所だ。


『ののか様……っ、ご無事ですか!?』


 あたしの姿に、ずっとその場で待ち続けてくれていた右狐が、噛り付くような勢いであたしの足元に寄ってくる。


『お怪我はございませんか?今までどちらへ行かれていたのです』

(右狐、心配かけてごめんね。だいじょうぶだから。………って、ごめん話してる場合じゃない、あたし急がなくちゃ。右狐も手伝って!!)


 状況が呑み込めないでいる右狐を引っ張ると、あたしはあたりを見回す。


(右狐、左狐と穂高くんがいる場所どこか分かる?)

『それは勿論でございます』

(すぐ連れて行って!この結界の中に穂高くんの身体があって、瀬綱が守ってくれていたの!)

『なんですと……筆頭使役の瀬綱様がっ?!………それは僥倖にございます、今すぐ穂高比古をお連れしましょう』


 右狐はそういうと、四足の狐の姿に化けて駆けだす。


『ササ、ののか様こちらにございますッ』


 目印も何もない、不可思議な生き物や植物がうごめく中を小走りに走り続けると、珊瑚色の岩陰にその姿が見えてくる。


(左狐!左狐!)

『おや花嫁御寮、どうされましたか』


 半竜半人の姿の穂高くんはまだ意識を失ったままで、その傍には左狐が控えていた。


『聞け、左狐。穂高比古をお運びするのだ。この先に瀬綱様が結界を張っていらっしゃったぞっ』


 その言葉だけで状況を理解したのか、左狐は『失礼いたします』と断りを入れると穂高くんの身体を抱えて走り出す。その前では先導するように右狐が駆けていた。


『瀬綱様……もしや竜主神がいらっしゃるあちらの国へ帰られてしまったかと思っていたが、まさかこのような場所に留まっておられたとは』

『穂高比古のお身体も、瀬綱様が守ってくださっていた。これでもう安心じゃ』

『ああ。なんという吉報。穂高比古にはお身体と御霊を重ねていただこう。そして共に貝楼閣へ戻り、若のお力を借りて穂高比古にかけられた伊津子比売の神呪の鎖を祓っていただこう。さすればまた元のように兄弟睦まじく過ごせましょうぞ』

『ようやく我らの日高比古の憂いを晴らす時が来たのだな、左狐よ』

『ああ、右狐よ。めでたいめでたい、今宵はなんとめでたい夜じゃ。若のもとへ兄君を連れ帰ることが出来るのじゃ!』


 狐たちは走りながらも、うれしげに言葉を交わす。狐たちの喜ぶ姿に、あたしもじわじわ実感がわいてくる。


(よかった。ほんとによかった……)


 これで体を取り戻した穂高くんと一緒に帰って、神呪を解いて。そうしたら日高くんはまたお兄さんの穂高くんと過ごせる。響ちゃんだってずっと会いたがっていた穂高くんと再会出来る。あたしもようやく生身の穂高くんと対面できるし、これから生まれてくる赤ちゃんを穂高くんにも抱いてもらえるんだ。その光景を想像すると、なんだかじわじわ胸が温かくなって涙がこぼれそうになる。


 突然途切れてしまった『兄弟』や『恋人』というつながりが、ようやく今日結び直されるんだ。その瞬間を思うとうれしくてうれしくて胸がどきどきしてくる。


 視界の先にあの光輝くマンホール型の入り口が見えてくる。あそこにたどりつけば、もうだいじょうぶ。瀬綱が守ってくれる。穂高くんも身体に戻れる。


(ちっぽけなあたしでも、日高くんの力になれたんだよね……?)


 穂高くんを連れ戻したときの、日高くんの笑顔を思い浮かべるとうれしさで胸が苦しくなってくる。


(あとちょっと。ちょっとだ---------------)


 もうすこしでたどりつく、そんなとき。突然のことだった。


 網膜を焼くようなあまりに強烈な白金の光りが視界に明滅したかと思うと、あたしは意識を飛ばした。そして次に気付いたとき、あたしは地面にうつ伏せに横たわっていて、視線の先にはまるで吹っ飛ばされたような状態で右狐と左狐がちいさな狐の姿で転がっていた。


(ゆうき………さき……っ)


 右狐と左狐はなにか強い力で叩きつけられたのか、全身傷だらけだ。起き上がってすぐにでも駆け寄りたいのに、あたしの全身にも鈍い痛みが走っていてうまく動けない。もがいていると、隣から声がした。


『…………ののか……ちゃん……?』

(穂高くんっ、気が付いたのっ!?だいじょうぶっ!?)

『ああ……けど僕はどうして………ここは……』

(穂高くん、竜になってここまで来ちゃったんです。でも身体が見付かったんで、もう大丈夫です!)


 これ以上ないほどのいいお知らせだと思うのに、上体を起こした穂高くんはあたしを見て顔を強張らせる。


(穂高くん?ほんとうに見つかったから心配ないです、早く身体にもどって貝楼閣に帰りましょう!)


 あたしも体をどうにか起こして言ったとき。ようやくあたしはその気配に気付く。



 ------背後に、いる。



 あたしの肩に誰かの手が触れた。心臓がぞっとするほどのひどく冷たい手。誰かなんか確認しなくてもわかる。背後でくすりと可憐に笑う気配がする。


『おまちなさい。いったいどこへ行こうというのかしら』


 鈴の音のように清らかで愛らしくも、その圧倒的な風格を感じさせる声に、あたしは逆らえずに振り返る。そこにいたのは、やっぱり伊津子ちゃんだった。伊津子ちゃんは幼い女の子の姿でにっこり笑っている。相変わらずお人形さんみたいな顔は見惚れるほどきれいだ。でもその顔を見つめるあたしは背筋をぞっとさせていた。


『あら。あなたはこの前の晩にあったおねえさんね?……やや子は相変わらず健やかに育ってるみたいね』


 やや子っていうのは、お腹の子のことだったんだ。あたしは庇うように両手でお腹に触れながら、一歩後ずさる。


『ふふふ、そんなに怖がらなくてもいいのよ?……そういえばわたくしとの約束を破棄してしまったのね。折角つけた神呪の鎖を祓ったりした不作法者はどこの誰かしら?』


 そういって伊津子ちゃんは地面に蹲ったままの穂高くんを見下す。


『穂高。……ふふ、やっと見つけた。あなたが竜の契約を破る手助けをしたのね?でもよかった、あなたとわたくしとの契約はまだちゃんと残っているみたい』

(やめて伊津子ちゃんっ、来ないでっ)


 あたしが穂高くんを庇おうとすると、穂高くんは『僕のことはいいからののかちゃんだけでも逃げてくれっ』と訴えてくる。


(やだっ、一緒じゃないといかないっ………伊津子ちゃん、お願い穂高くんにひどいことしないでっ)


 伊津子ちゃんがあたしに詰め寄ってこようとすると、それより早く何かがあたしと伊津子ちゃんの間に割って入ってきた。右狐と左狐だ。


『花嫁御寮ッはやくお行きなさいッ』

『穂高比古も今のうちですッ』


 二匹は背中の毛を逆立てて、威嚇するように伊津子ちゃんと対峙する。


(右狐、左狐っ)

『我らのことに構わず』

『サ、行ってくださいませっ』

『あらあらわたくしも見くびられたものね。おまえたちのような下等な物の怪如きが、わたくしの行く手を阻めると思って?』


 伊津子ちゃんの気迫に押されて、狐たちはじりじり後退する。けれどもあくまでもあたしと穂高くんを背後に庇ったまま右狐も左狐も伊津子ちゃんを睨んでいる。


『もう足が竦んでいるのでしょう?なのに踏みとどまっているなんてたいした忠誠心ね。だけどそこまでよ。………“お下がりなさい”』


 その威厳に満ちた一言に突然毛をぶるりと大きく震わせると、右狐と左狐は硬直してその場に転がった。伊津子ちゃんは嫣然と微笑む。


『さあ、おねえさん。約束どおり、これからわたくしと遊びましょう?……穂高はしばらくそこで寝ているといいわ』


 伊津子ちゃんは足元にいる狐たちを邪魔そうにつま先で蹴散らしながら近寄ってくる。あたしはたまらなくなって、すでに傷だらけだった右狐と左狐に駆け寄って抱き上げた。


『あらわたくしと遊ぶことよりより、そんな穢れたクダの方が大事だというの?』

(………右狐と左狐は穢れてなんかない……だからひどいことしないでッ!!)

『面白いことをおっしゃるのね。あなたはこの狐たちが数百年もの間、人を呪い葬ってきた忌み物だとは知らないの?』


 ふたりがクダギツネだってことは知ってる。物の怪の中でも『憑き物』として特に忌み嫌われている存在だということも。でも。


(だからってなんだっていうの?それはもう昔のことでしょう?右狐も左狐も今は立派な日高くんの使役だよっ……ときどき意地悪だけど、ふたりとも日高くんのことがだいすきで、いつも日高くんの味方でいてくれるの。そんな右狐と左狐のことが大事で、何がおかしいっていうのっ)


 あたしが二匹をぎゅっと抱きしめながら言うと、伊津子ちゃんは不快げに眉を顰める。


『人の身はすぐに穢れてしまうのよ。そんなモノとははじめから関わらない方がいいとは思わなくて?』

(伊津子ちゃんがどう思うかは自由だよ。けどあたしにとっては大事なふたりなの。だから手を出さないで)


 喧嘩腰の口を利いているけど、ほんとは怖い。


 伊津子ちゃんのちいさな体から漲る異様なほどの気迫に、あたしは立っていられずに膝を下りそうになっている。でも気持ちだけでも負けるわけにはいかないから、ぐっと両脚に力を込めてどうにか踏みとどまっていた。


『あなたはただ日高の花嫁に選ばれただけの普通の娘。斎賀のあの娘のような霊感すら備えていない。そんな心許ないただの人間のくせに、なぜあなたはそこまでそのクダたちに肩入れ出来るの?あなたが身を挺してまで守る価値があって?』


 伊津子ちゃんは愛らしく小首をかしげて不思議そうに聞いてくる。


(当たり前でしょっ)

『当たり前?やっぱりあなたはふしぎなひとだわ。ただの人の子であるのに、あなたの魂はなんでそんなに濁りがないのかしら』

(え?)

『あなたの魂はきれいなまま。………なぜあなたは脆弱で狭量な人の中に交じり、クダのような穢れを抱き込んでいてさえ、そんなに清らかでいられるの。あなただったら、あの汚らわしい出来事にも耐えられたのかしら……?』


 伊津子ちゃんの手があたしの肩に触れた。その途端、バチンと視界が白く弾けて突然あたしの意識が落ちていく。




※※※※



いろんな記憶が、流れ落ちる水のような勢いであたしの意識に流れ込んでくる。



※※




 大人の話し声がする。


 声を潜めているから、きっと子供の自分は聞いてはいけない話だ。聡い伊津子ちゃんはそう察しはしたけれど、それでもその場から離れることが出来なかった。


「あの方はどちらにいらっしゃる?」


 皆礼家に仕える社人の者たちが『あの方』と呼ぶ相手は限られている。当主であり現海来神を務める父か、将来その後を継ぐ兄、もしくは自分。


「先ほど境内で花を摘まれていたから、まだしばらくお戻りにならないはずだ」

「そうか。……今年であの方も七つになるのだね」


 伊津子ちゃんは息を飲む。間違いなく彼らの言う『あの方』が自分のことだとわかったからだ。


「ああ、しかしいまだに腑に落ちん。皆礼の家に比売が誕生するなんて、今までになかったことなのに」

「………これが凶事の前兆でなければいいのだが」

「シッ。万一比売に聞こえたらどうする、声を抑えて」

「ああ、わかっているとも。しかしお美しいが、あのお歳であの美貌とは。どこかこの世のものではない不吉さを孕んでいるようにも見えなくもない」

「古来より女の神と言うものは気性の荒いもの。現にあの比売は女の神でありながら、とても強い神力をお持ちだ。関わらぬことがいちばんだ」

「ああ。子供たちとはなるだけ関わらせず、比売にはお邸で過ごしていただく方が互いのためであろう」




 伊津子ちゃんが、ひとりぼっちでいる。


 ひとりでいることが好きだったわけじゃない。本当は虫かごを持って野原を駆けずり回ったり、浜辺で砂のお城をつくったり、同じ年頃の子供たちと一緒に遊びたかった。けれど村の子供たちに「遊びにまぜて」と言っても、いつも決まって同じ言葉で断られた。


「ごようしゃください、ひめさま」

「ひめのようなコウキな方がゲセンなあたしたちに交わられては、けがれてしまいます」

「どうかおやしきにおかえりください。きっと社人のみなさまがさがしておいでです」


 べつにけがれたっていいのに。わたくしだって裸足で山を歩き回り、思うままに木に登り、気が済むまでどろんこになってみたい。伊津子ちゃんはそう思っていたけれど、何度も何度も何度も断られるうちに村の子供たちと遊ぶことを諦めた。


「わたくしとあの子たちで、いったい何が違うというのかしら」


 竜の血を引いているといっても、足は二本、手も二つ、顔だって目に鼻に口、ついているものはふつうの人と何も変わらない。変わらないのになぜ自分だけはいつも子供たちの輪の中に入れないのか、伊津子ちゃんは不思議だった。


「誰かと仲良くなるというのはどんなことなのかしら?誰かを好きになって、誰かに好いてもらえると言うのは、どんな素敵なことなのかしら?」


 そんな伊津子ちゃんと一緒に遊んでくれるのは年が離れたお兄さんだけだった。兄以外、友人と呼べる存在が誰一人いなかった。けれどその兄も、伊津子ちゃんが十四のときに結婚してしまう。


「ねえお兄様、お嫁さんをもらうってどんなこと?」


 だいすきなお兄さんを独占出来なくなってしまったことはさびしかったけれど、義姉の隣でいつも幸福そうに笑っている兄を見ることは言い様もなくうれしかった。兄の姿に自分を重ねて、いつか自分も心を分かち合える伴侶を得られるんだと思うと、甘い幸福感で胸が満たされてくるからだ。


「もう運命の相手と巡り合えて、お兄様はずるいわ。わたくしもはやく結婚したい」


 伊津子ちゃんはただ夢見ることしか出来ない。そんな伊津子ちゃんの元に届いたのがあの縁談だった。





「おやめになって、汚らわしいッ」


 夫になったひとが、伊津子ちゃんの身体を蹂躙しようとしていた。やさしいひとだと思っていたのに。夫とは、伴侶でありながら兄のようでもあり、そして唯一無二の親友のような存在なのだと思っていたのに。そんなささやかな期待を打ち砕くような夫のふるまいに、伊津子ちゃんの心は失望と恐れで黒く染まっていた。


「伊津子。汚らわしくなどありません。これは人としての当然の営みなのです」


ま るで異常なのは激しく拒絶しているあなたの方だと言わんばかりの夫の言葉に、伊津子ちゃんの胸に深い悲しみが満ちていく。


「こんなことが当然のこと?こんな屈辱的なことに喜びを感じなければならないのが、妻の、人としてのまっとうな本分だとでもおっしゃるの……?ならばわたくしは、人ではない。やはり村の子たちとは違う存在だったのね………」


 夫とは、何よりも愛おしむべき存在のはずだ。なのにその夫と床を共にすることをこんなにも嫌悪してしまうのは、自分が普通の人間ではないからなのだろう。きっと自分は最初から人にはなれなかったのだ。だからいままでひとりぼっちだったのだ。伊津子ちゃんは諦めるように思う。


「わたくしは人でなくどうしようもなく竜なのね。だから人の作法が身になじまない。……わたくしの居場所はここではないのだわ………あのどうしようもなく恋しい海の向こうこそ、わたくしがいるべき場所。この世の穢れなんて知らずに、あそこへ行きたいわ………きっと父なる竜主神様ならわたくしの心をご理解くださるはずよ」


 焦がれるようにそう口走る伊津子ちゃんを、まるでこの世に引き留めようとするかのように夫となった人が固く抱いた。


「なりません、伊津子。あなたは今宵私の妻になると誓ったはずだ。……私を憎んでもかまわない。あなたにどんなに恨まれようと、あなたにはこの地に留まり、生涯わたしの隣にいてもらう」


 自分に重なってくるその体を、神力で跳ね飛ばすことくらい出来たはずだ。けれど伊津子ちゃんには出来なかった。自分の身に起ころうとしている行為がおそろしくて、神呪を唱える声が出せなかった----------。




※※※※



(い…………いやぁっ……!!)


 お腹の奥がひしゃげるような、強引に身体の中を切り開かれるような、そんなおぞましい痛みにあたしは思い切り悲鳴を上げていた。


『ののかちゃんっ、しっかりするんだッ』


誰 かがあたしの身体を揺さぶっているけれど、あたしは悲鳴を上げ続ける。


(やめてっ………いやっ………あたしに触らないでぇっ)

『ダメだッ過去に取り込まれるな、それは君の感じた痛みじゃない、目を覚まして他人の記憶なんて打ち払うんだッ』


 日高くんに似た美声で一喝されて、ようやく夢と現の狭間にいたあたしの意識が戻る。目の前には厳しい表情をした穂高くんがいる。


(……穂高、くん………??)

『かわいそうに……かわいそうに…つらかったね……』


 そういってあたしの額に手を置く。その触れている場所がほわっとあたたまってくる。


『今の僕の力じゃ記憶を消すことなんて出来ないけれど……意識から遠ざけることは出来るから』


 割れそうなほどに早鐘を打っていたあたしの鼓動は、次第に収まっていく。穂高くんはそれを見届けると、すっと立ち上がった。


『伊津子比売。僕はあなたと契約した身、どうなろうと自業自得だけれども、ののかちゃんには何の罪も責任もない。もしこれ以上この子を苦しめるなら、僕はあちらの国なぞ行かずに未来永劫ここであなたを呪う亡霊となろう』


 それがはったりなんかじゃないことは、穂高くんの表情や言葉から十分すぎるほどに伝わってくる。穂高くんはあたしを見ると厳しい表情を一変させて、にっこり笑った。


『さあ、さよならだののかちゃん。君は行くんだ。日高のもとにおかえり』

(穂高くん、どうする気なの?)

『僕はあの人をどうにかする。だから行ってくれ』


 穂高くんは挑むように伊津子ちゃんに対峙する。


『穂高。すでにわたくしと契約を結んでいるあなたはわたくしに手出しできないはずよ?そんな苦しげな顔をするほど別れがたいのなら、この娘も連れて行ってしまったらどうなの?』


 音もなく近寄ってきた伊津子ちゃんに、穂高くんは怯えたように顔を歪めたあと、吐き捨てた。


『僕の可愛い義妹いもうとに手を出すなッ。あなたは……あなたはどこまで人を苦しめれば、どれだけ豊海と皆礼の者にあだを為せば気が済むんだ。なぜそこまで憎む?どうして罪のない者の命を奪うなど、そんな残酷なことが出来る?………どうして父さんのことも殺してしまったんだ……あの善良な父さんがあなたに何をしたって言うんだ……ッ』


 悲鳴のように声を荒げる穂高くんを、伊津子ちゃんはただ不思議そうな顔をしてみている。


『わたくしが、苦しめたですって……?』


 疑問符を浮かべる伊津子ちゃんに、穂高くんが掴みかかろうとする。その瞬間あたしは後先考えずに「待ってッ」と声を発していた。あたしの頭の中には、まだ伊津子ちゃんの記憶がちらついていた。


(………待って穂高くん……もしかして………伊津子ちゃんは苦しめている気がなかった……………?)


 伊津子ちゃん自身や、お兄さんやお義姉さん、それから夫になった人に、霊体になってから見た天高さんや、穂高くん、日高くん。いろんなひとの顔がフラッシュバックのようにあたしの脳裏に浮かんでは消えていく。


(憎んでいたんじゃなくて……………むしろその逆……伊津子ちゃんは好きだからこそ、天高さんのことも、穂高くんのこともあちらの国へ連れて行こうとしていた…………?)

『……………それは……どういう意味?』


 今度は穂高くんが疑問符を浮かべる。あたしは今までに『見て』きたことを思い浮かべながら、ゆっくり口を開いていった。






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