9章 竜の契約
作戦会議
「………ようするに、穂高の肉体の方はどこかへ行ってしまって行方不明のままだけど、魂である霊体はずっとこの貝楼閣にいたってことなんだな?」
穂高くんからひと通り今までのことを説明されると、腕を組んで黙って聞いていた日高くんが口を開いた。
「しかも今の霊体の穂高は、何か神力のような特別な力が作用しているようで、この貝楼閣からは一歩も出られないってわけか」
『ご名答!さすが僕の弟、飲み込みが早いね!』
朗らかな声で言い放つ穂高くんに、日高くんは眉根を顰める。
「煩い。話が進まないからいちいち茶化すな」
『はいはい、すみませんね、まったく日高は口煩くなったよなぁ』
さっきから日高くんはせっかく会えた穂高くんを邪険にしてばかりだった。でもいつも落ち着いている日高くんのこの態度は新鮮だ。ふて腐れたようなこの顔は家族の前でだけ出す歳相応の素の表情なんだと思うと、普段はきれいでかっこいい日高くんがなんだか可愛く見えてくる。
「それで穂高、おまえ自分の体がどこに行ったのかアテはないのか」
『うーん、ないねぇ。海に引き込まれて意識が飛んで、気が付いたときにはもうこの姿だったからさ』
「…………穂高をそんな目に遭わせたのは、伊津子比売なんだろう」
『うん、そうだよ。比売くらいのレベルが相手じゃなきゃ、この僕が遅れを取るわけないだろ』
日高くんはすこし呆れたように「その
「海に引き込んだのが伊津子比売なら、穂高の体は今比売の元にあるってことなのか…………?」
『いや、それはないね。ありえない』
身体から魂を引き剥がされて霊体になってしまったときからずっと考えていたことなのか、穂高くんは考察を述べていく。
『考えてごらんよ。比売は僕をあちらの国に連れていこうとしたんだ。それはつまり僕の人としての生を強制的に終わらせようとしていたってことだろ?だったら比売の手元に僕の体があるのなら後生大事にとっておいたりしないで、水に沈めるなり切り刻むなり燃やすなり、すぐさま僕の体にとどめを刺すはずだよ』
穂高くんは自分のことなのに、まるで他人事のような冷静さで自分の置かれている状況を見極めていた。
『でもこうして僕の魂はあちらの国に引っ張られずにいまだにここに留まっている。ということはおそらくまだどこかにある肉体が無事で、それが重石のように霊体の僕をこちらの世界に引き留めているんだろう。
……僕の魂が比売が手出しの出来ない貝楼閣に閉じ込められているっていうことは、肉体の方もどこか伊津子比売の手の届かない場所に隠されているんじゃないかな』
「そうだな。………もしかしたら父さんかじいちゃんはこうなることを予期していたのかもしれないな。それで伊津子比売から俺たちを遠ざけるために、先んじて俺たちを守る神呪を掛けていたのかもしれない」
『じいちゃんは抜け目がないし、親父は子煩悩だったからねぇ。たしかに気付かないうちに、そんな神呪が掛けられていたのかもね』
そう言ってわずかに表情を緩め合う日高くんと穂高くんを見て、あたしはこっそりと胸の中でお礼を言っていた。日高くんや穂高くんを守るために神呪を掛けておいてくれたのがおじいさまとお父さん、どちらなのだとしても。二人を守ってくれてありがとうございますって。あたしも穂高くんの霊体がもとのように体に戻れるように頑張るので、どうか見守ってってくださいと。
『さてと。それじゃあまずこれからの作戦を練らないとね』
ふわふわ浮いていた穂高くんはそういうと、宙から降りてきてあたしが用意したお座布団の上にくる。霊体だからほんとうにお座布団に座れるわけじゃないんだけど、穂高くんはその上で正座する姿勢になった。
「作戦、ですか?………とりあえず伊津子比売に見付けられるよりも先に、穂高くんの体がどこにあるのか探し出すってことですよね?あの、あたしも何かお手伝い出来ますかっ?」
意気込むあたしに、穂高くんはなぜかずっこけるようなポーズを取る。
『こらこらこら。首にそんな物騒なもの巻いている子が自分よりも他人の心配なんかしてちゃダメだよ。とりあえず僕のことは置いておいて、一番に考えるべきはののかちゃんの首に掛けられた伊津子比売の神呪の鎖をどうやって外すか、だよ』
あたしの首に巻き付いている神呪の鎖は、いづこちゃんと三日後……いや、もう二日後に会う約束をした証で、もしその約束を破ったら首を絞められるって響ちゃんは言っていた。
『うわ。この鎖、えげつないくらいしっかり巻き付いて全然緩みがないねえ。可愛い女の子にこんなもの付けるなんて、比売もかなりの悪趣味だなぁ』
穂高くんはあたしの首元を前から後ろからじっくり見た後で、日高くんを窺う。
『どうする、日高。方法としては伊津子比売と同等かそれ以上の神力で力任せにこの鎖を破るって荒業もあるけれど?普通の人には不可能でも、おそらく僕と日高が力を合わせて寸分違わず同時に神力を発動させれば不可能ではないと思うけど』
あたしには最適と思われる穂高くんの提案に、なぜか日高くんは顔色を変えた。
「馬鹿を言うなッ。ののかとお腹の子の命がかかっているんだ!もし失敗すればその場ですぐに首が食い絞められるに決まってるのに、そんな成功するかどうかも分からない不確かな手段なんて選べるわけがないだろッ」
あくまで真剣に訴える日高くんに、穂高くんは途端に意味ありげににんまり笑いだす。
『ののかちゃーん、今の聞いた?“ののかとお腹の子の命がかかっているんだッ”だってさ。やだね、日高ってば。入籍もご両親への挨拶も済ませてないくせにもうすっかりののかちゃんの旦那さま気取りだよ。もう自分のモノにした気になっちゃってる。ほらののかちゃんもなんか言ってやんなよ』
「だからおまえ煩い。ののかもこいつの言うことなんて気にしなくていい」
揶揄われてすぐに顔をほてらせてしまったあたしをちらりと見た後、日高くんは突然立ち上がって部屋を出て行ってしまう。
『うわ、待てって日高。ちゃんと真面目に考えてるから、この程度のことで怒るなよっ』
「べつに怒ってない」
そう言い捨てた日高くんがまた部屋に戻って来た時、その手の中には着物を包むのに使う
「ののかを助けるためにひとつは手を打っている」
そう言いながら日高くんが丁寧に畳紙を開いていくと、そこには大判の真っ白でうつくしい和紙が入っていた。お腹の子の影響で霊感が鋭くなっている所為で、その和紙がただの紙なんかじゃないことはすぐにわかった。
見るからにやわらかなその和紙はまばゆい真珠色に輝いていて、その表面からは何かエネルギーのようなオーラのようなものが溢れていた。日本の伝統品の良し悪しなんかわからないあたしにでも、これが日々研鑽を重ねた職人さんが丹精して、文字通り魂を込めて作ったものなんだということが見ているだけでも伝わってくる。
たった一枚の紙だけど、そんな迫力に満ちた逸品だった。
「すごい…………きれい」
そのうつくしさに目を奪われて思わず呟くと、日高くんがおしえてくれた。
「これは神事で使う
「秘密道具?」
「その昔、陰陽師の安倍晴明は、紙で折った鳥を本物の白鷺に変えたっていう逸話を知っているか?勿論俺にはそんな神懸った力なんてないけれど、この紙で折鶴をつくったらたぶん鳥のように動き出すよ。それくらい力を有した紙なんだ」」
「………ほんとにっ?」
「ああ。俺も昔よくじいちゃんに神事用の檀紙で動く折鶴を作ってもらったんだ。それでなんで母親が普通の折り紙で折った鶴は動かないんだろうって、そっちのほうを不思議に思っていたくらいだ」
よく人に懐いた小鳥のように、折鶴が幼い日高くんのちいさな手のひらや頭の上に留まっているところを想像すると、なんだかほほえましくて頬が緩んできてしまう。すっかり横道に逸れてしまった話であたしがなごんでいると、隣にいた穂高くんは畳紙の内側に押してあった捺印を見て目を見開いた。
『日高。これ、
「ああ。今朝がた弐敷さんにわけてもらえないか頼んで、今さっき左狐が取りに行ってくれた」
にわかに信じ難いという顔をして、穂高くんは日高くんを見た。
『日高………おまえあの弐敷に、しかもこんな上物を譲らせるなんてどんな交渉テクニックを駆使したんだ?このあたりの山でもまとめて三つくらいあいつにくれてやる気か?』
どうやらニシキさんというのは、ふたりの顔なじみの和紙職人さんで随分気難しい方のようだ。
「交渉も何も弐敷さんは行方不明の穂高を早く見つけるためなら協力は惜しまないって言ってくれた」
『………あいつが?あの腐れ拝金主義の守銭奴ゴリラが、そんな隣人愛に溢れた真人間みたいなことほんとに言ったのか……?おまえの幻聴じゃないのか?』
驚きすぎてうろたえる穂高くんに、日高くんは意味ありげに含み笑う。
「いや、たしかに言ってたよ。弐敷さん、俺に『早く見つけ出してあのクソ眼鏡を俺にぶん殴らせろ』って。……というわけで身体が無事見付かったあかつきには、穂高には弐敷さんの善意への厚い御礼をお願いする」
『御冗談!あいつ可愛い可愛い歳の離れた妹が僕に一目惚れしちゃったこと、まだ恨んでるのかよ。面倒臭いなぁ……』
「穂高の場合、栞ちゃんに気を持たせる態度取ったのがいけないんだろ」
『相手幼稚園生だからっ!!六歳に無邪気な顔しておおきくなったらおよめさんにしてって言われたら、そりゃ無下に断るわけにはいかないだろっ』
穂高くんは顔を顰めて子供のようにべぇと舌を突き出した後、ぱっとあたしに振り返ってきた。
『あ、ののかちゃんっ。大丈夫だから。弐敷は品性人間性に多大で致命的な問題はあるけれど、作る物に間違いはないからこの檀紙を使えばもう大丈夫だよ。………なあ、日高。弐敷の紙を見てピンときた。おまえのののかちゃんに掛けられた契約を、“
「わかっているなら話は早い。……響を呼んで、早速準備をはじめよう」
◇ ◇
午後五時。
あたし、日高くん、響ちゃん、それに穂高さんも海来神社の中にある『
日高くんも響ちゃんもここへ来る前に海水を被ってお清めをして、儀式用の真っ白な袴に着替えてきていた。固い表情の響ちゃんは床の上に弐敷さんの和紙を広げて、さっきから何やら作業をしている。
(響ちゃんは今、何をしているの?)
真剣な顔で作業をする響ちゃんに尋ねることは気が引けて心の中で聞いてみると、思った通りあたしの心の声が聞こえるらしい穂高くんがあたしに寄って来て答えてくれた。
『響はね、今人形を作ろうとしているところだよ』
(ヒトガタ……?)
穂高くんはまあ見てなとでも言うように響ちゃんに視線を向ける。響ちゃんは型紙のようなものを当てながら和紙に線を引いていくと、銀のペーパーナイフを迷いなくその線に沿って当てていく。そうして見事な手付きで紙を人の形のように繰り抜いた。
(あれ………ああいう紙、前にどこかで見たような……?)
あたしが思い出そうとしていると、響ちゃんから人の形の紙を受け取った日高くんが、持っていた筆でそれに『早乙女ののか』と達筆な文字で書き込んだ。日高くんはその人の形の紙をあたしに手渡してきた。
「ののか。これに息を吹きかけてくれ」
「息?……うん、わかりました」
何をしているのかよくわからないけれど、あたしにもお手伝いできることがあるらしい。ちなみにあたしもお清め済みで真っ白な着物を着ていた。でもお腹の赤ちゃんに万が一障りがあると大変だからと、着付け紐も帯も緩めに締めてもらって、お清めも冷たい海水を被るのではなく同じくらいお清めの効果があるといわれている焼き塩を頭の上からこれでもかというくらい被ってきた。
「息をかければいいんだね?」
あたしがあたしの名前の書かれた紙に息を吹きかけると、まるで電気がショートしたように視界がバチンと白く弾けた。そしてその一瞬手元が熱くなって、まるで鏡を覗き込んだときのようにあたしの目の前にもうひとりあたしが現れた。
(えっ………何っ!?)
瞬きをしてもう一度自分の目の前をまじまじと見る。けれどそこにはもう誰もいなくて、ただ手の中にあたしの名前が書き込まれた人の形の紙があるだけだ。穂高くんはその紙を見てほっとしたように言う。
『お。上手く出来たみたいだ。さすが響だな。ちゃんとののかちゃんの“形”になったね。それは言ってみればののかちゃんの身代わり人形みたいなものだよ』
(身代わり人形?………そういえばこういうの、やっぱ前にどこかで見たような…………あっ!!)
記憶を辿るとすぐに思い出した。
「これ………紙のお婿さんと同じ……」
重い重い婚礼衣装を着て初恋の彼が来るかもしれないと期待していたあの日。あたしの隣、新郎様が座る席には恋い焦がれた彼ではなく『遠海勢玉来日高比古』と書かれたただの紙が置いてあった。その紙もこんな人の形をしていた。
「紙のお婿さん?」
あたしの呟きが聞こえたのか、日高くんが聞いてくる。
「うん。『婚媾 』とか『祝宴』の儀式をしたとき、海来様が座るはずの席にこんな紙がおいてあったの。………あれ、そういえば日高くん、お婿さん役のはずなのになんで『婚媾 の儀』のとき日高くんは本殿に来なかったの?」
『婚媾 の儀』はあたしと日高くんの疑似結婚式だったのだから、今から思えばなんであのときお婿様である日高くんが最初から儀式に参加しなかったのか不思議だった。
「たしか日高くんは『祝宴の儀』の途中で来てくれたんだよね?」
「え……と、」
「ほら、タコみたいなにゅるにゅる足の神様にあたしが絡まれそうになったとき、助けてくれたでしょう?……もう忘れちゃったの?」
あたしが尋ねると、日高くんはなぜか申し訳なさそうに顔を伏せる。
「………悪い、ののか。それは俺じゃないんだ」
「え………?あの蒼真珠みたいな色の婚礼衣裳着てたひと、日高くんじゃなかったの……っ!?」
あのとき初恋の彼にやっと会えたって、すっごいうれしかったのに。タコ足の神様に「俺のモノだから手を出すな」的なことを言ってくれた彼に、めちゃくちゃ胸をときめかせていたのに、別人だったなんて。
「いや。正確にいうと俺だったとも言えなくもないかな?……あれは
日高くんが言うには、人の形の紙に書いてあった『遠海勢玉来日高比古』は『とおつうみのせたまのきしひたかのひこ』と読み、戸籍で登録されている『皆礼日高』とは別の日高くんの真名らしい。真名というのは本当の名前という意味で、海来神の血を引く日高くんの真名は呪文のようにとても強い力が宿ることから、無暗に声に出して名乗ったり文字に書いてはいけないそうだ。
「皆礼の血筋の者が神力を使って人形に真名を書き込むと、身代わり人形が作れるんだ。しかも人形いえど自分の分身とか影武者みたいな精度のもので、そうそう見破られることがない。多分あの日祭員の神主たちには、あれが紙きれじゃなくてちゃんと俺の姿に見えていて、俺が朝から神婚の儀式にちゃんと参加していたように見えていたはずなんだ」
だからあの日梅さんとか女中役のおばさまたちはヒタカヒコが神婚の儀にいたような言い方をしていたのかと、ようやく腑に落ちた。
「じゃああたしが見たのも、その身代わり人形だったんだね」
「異形の神々が貝楼閣に出入りしている中、ののかのことを身代わり人形に任せていいのか最後まで悩んだけど。………俺があの場にいなかったせいであの日ののかに怖い思いをさせてしまったんだよな?……その件は本当に悪かった」
「ううん、それはもういいんだけど………」
そんなことよりも、新郎様である日高くんが神婚の儀に身代わりを立てて全然参加していなかったということになんだか胸がもやもやしてきてしまう。神婚の儀はあくまで神事の儀式で、ほんとうの結婚式だったわけじゃないけれど……祝宴の儀のとき不安でいっぱいだったあたしににっこり笑いかけてきてくれたのは、本物の日高くんじゃなかったってことがちょっとがっかりだし、それ以上に日高くんがお婿さんの席に一分も座っていなかったということが、なんでかショックだった。ニセモノの結婚式なんて、どうでもよかったのかな。そんなことを思っていると、祓殿の外の廊下から突然声が上がった。
『ののか様。若は決して花嫁たるののか様に不義理をしたわけではございません』
『ご婚儀が執り行われたあの日は、若は早朝より穂高比古の捜索を行っていたのですよ』
聞き覚えのあるその声は、日高くんの使役である狐たちの声だ。
『あの日は五年に一度、神力が高まる特別な大潮の日』
『穂高比古の捜索をするにはうってつけの日だったもので、日高比古は泣く泣く神婚の儀に参加されるのを諦めて、身代わりを立てられたのです』
「………左狐っ、右狐っ!?」
日高くんが動揺したように声を裏返らせると、襖の向こうで笑う気配がする。
『お待たせ致しました、若。首尾は整いました』
『この一帯に、斎賀の者に結界を張らせましたこと、お伝えに参りました』
日高くんが襖を開けると、廊下に右狐と左狐が正座した状態でふたり並んでいた。
「………わかった。ふたりとも、ご苦労だった」
日高くんがまだ動揺を抑えきれない声でそういうと、労われた狐たちは顔を見合わせてニタリと笑った。あきらかによからぬことを考えているときの顔だ。
『ののか様』
「は、はい?」
『日高比古がご婚儀にお出にならなかったこと、どうか責めないでくださいませ』
『愛しのののか様の花嫁姿を、若はそれはそれは楽しみにしておられたのです。なのに参加も出来ず見ることも叶わず、若は歯噛みして残念がっておられたのですよ』
『一生に一度の惚れた相手のうつくしい晴れ姿ですからねぇ。いくら兄上様である穂高比古のためとは言え、一目もののか様の晴れ姿を見られなかった日高比古のご無念は察して余りあるものがございます』
『ののか様、いっそのこと婚儀を仕切り直して、もう一度若だけのために婚礼衣裳を着てさしあげたらいかがでしょう』
『待ちなさいな、左狐。あのように単衣を重ねる重い衣裳、万一ののか様やお腹の御子に障りがあるといけませぬ。今度袖を通すなら洋装がよろしいでしょう』
『おお、若も申しておりましたなぁ、ののか様には和装より異国の姫君の如く愛らしい“どれす”の方がお似合いになりそうだと、それはそれは夢見心地のようなお顔でおっしゃられて………』
「っ……おまえたち!」
どこまでも続きそうな狐たちの日高くんイジりに、日高くんが鋭い声を上げて遮った。
「もういいから下がっていてくれ。気が散るッ」
『ほほほ、少しくらい良いではありませぬか』
『ののか様に若の深い情愛を知っていただくいい機会ですし』
そういって狐たちは、たぶん真っ赤になっているあたしの顔をしげしげと見つめてくる。穂高くんまで宙にぷかぷか浮いたままニヤニヤしながらあたしと日高くんを交互に見比べてくるからものすごくいたたまれない。でも、ウェディングドレスをこっそりとそれを思い浮かべてみると、なんだか胸がどきどきしてくる。お雛様みたいな花嫁御寮の婚礼衣裳もよかったけれど、純白のドレスもきっとステキなはずだ。一生を誓い合った人のために着る女の子が人生でいちばん輝ける衣裳なんだから。今の状況も忘れていつか着てみたいななんてことを思っていると、わざとらしく「んっ」と咳払いをした日高くんがあたしの目の前にやってきて、なんだか気まり悪そうな顔をして言った。
「…………これから行う儀式について説明したいと思うんだが、いいか?」
『うわー、日高強引に話題を逸らしてきたっ』
茶化してくる穂高くんをひと睨みすると、日高くんは言ってきた。
「ののかは『
「それって、この紙に伊津子比売に掛けられた『竜の契約』を移して、紙の人形にあたしの身代わりになってもらうの?」
「ああ。そうすれば明日の夜にののかが伊津子比売のところに行かなくても大丈夫だし、この首に巻かれた神呪の鎖も外れるはずなんだ」
「そっか。みんなに迷惑掛けちゃったのに、あたしのためにいろいろしてくれてありがとう」
「もともとは俺の所為でののかを危ない目に遭わせることになったんだ。礼なんて、」
「お礼なんていうのはまだ気が早いんじゃないかしら」
日高くんの言葉を遮って、ずっと黙り込んでいた響ちゃんが突然冷淡な声で言ってきた。
「日高も早乙女さんも能天気で呆れるわ。本当に人形一枚で、伊津子比売の神呪を破ることが出来るだなんて思っているの?」
響ちゃんの冷静で冷淡な言葉に、もう半分解決した気分になっていたあたしの心臓はぎゅっと縮み上がる。黙り込んだあたしを見て、響ちゃんは顔を背けるとまた黙々と儀式の作業をはじめる。
あまり考えないようにしていたけれど、もし身代わり人形を使ったお祓いが上手くいかなかったら、そのときはすぐにあたしの首は神呪の鎖に食い絞められて、まるでつばきの花が散るときのようにあたしの首は体から引き千切られてぽとりと落ちる---------。
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