学校でも夫婦?


「あっ!のんのんが来たぁ!!」


 生活指導の先生に遅刻のお小言を食らった後、休み時間中だった教室に入っていくとクラスで仲よくしてくれている陸上部の安野やすのちゃんが、席から大きな声で話しかけてきた。


「おっはよー」

「安っちゃん、おはよ!!」

「お。よかった、元気そう。のんのんが遅刻とかめっずらしいねー」


 クラス委員でもある安野ちゃんはすごく気さくで面倒見のいい子で、“のんのん”というあだ名も彼女が付けてくれたものだった。


「あはは、今日はちょっと寝坊しちゃって」

「なぁんだ、よかった。朝の出欠取るとき、先生も休みの連絡きてないって言ってたから、何かあったのかってすごい心配してたんだよー?」

「えっ。やだ、ほんと?」

「うん。のんのんのこと、めっちゃ心配してたよ。……主にタカシがね」


 安っちゃんがどこかいたずらっぽい顔して隣に座っているタカシくんを見る。突然話を振られたクラスメイトのタカシくんこと茂木孝くんが、ちょっと焦ったように「安野、てめぇ何言ってんだよっ」と声を荒げた。


「えーだって別に隠すことないでしょ、クラスメイトの心配することは悪いことじゃないんだしぃ?『早乙女ちゃんみたいなコが遅刻するなんてどうしたんだろ?通学中に具合悪くなったのかな?まさか事故に遭ってないよな?』って、タカシ朝からずっとぶつぶつ言ってたじゃん?」


 揶揄う調子の安っちゃんに、タカシくんはみるみる顔を赤く険しくしていく。


「うっせぇわ、黙っとけこの色黒ババアッ!!」

「は?あたしババアなら同い年のあんただってジジイでしょ?ってか色黒悪いかっ、部活に励んでる証拠だっつのっ。あんた色白の女の子が好みだからって、差別用語的に色黒とかいうのやめてもらえますか?小麦色っていうの、健康美なの、これ」

「知るかっ、ってかてめぇは肌以上に腹ン中が真っ黒だっていうんだよっ」

「なんですとぉ?言ったね、タカシの分際でっ」


 幼なじみ同士だという安っちゃんとタカシくんは、いつものようにまた喧嘩をはじめてしまう。ちなみにこのあたりの地域では「茂木」という苗字がとても多いので、茂木という苗字の先生も生徒も名前で呼ぶのがこの学校の慣例になっていた。


「あ、あのタカシくんっ」


 あたしはすでに掴み合いをはじめていた2人の間に割って入ると、タカシくんの顔を覗き込んで言った。


「気にかけててくれたんだ?ありがとう、やさしいねっ」


 そう言った途端、なぜかタカシくんはものすごい勢いであたしから顔を背けてしまう。


「タカシくん?」

「………あー。ドウイタシマシテ」


 ぶっきらぼうに片言で言ったきり、タカシくんは目も合わせてくれない。どうしたんだろうと思っていると、安っちゃんが聞き取れないくらい小さな声で何かを呟いた。


「……天然怖ぇー。鈍感って凶器だわ」


 安っちゃんはなぜか哀れむような目をして、タカシくんに向かって合掌する。


「タカシ、ご愁傷様」

「……おうよ」


 慰めるように言った安っちゃんに応えるように、タカシくんは「気にするな」とばかりにちょいちょい手を振る。傍から見てると謎なやりとりだけど、ふたりはこれでちゃんと意思の疎通が取れているらしく、なんだか意味ありげに二人でうんうん頷き合ってる。


(いいなぁ、幼なじみって。喧嘩ばっかしつつ、安っちゃんとタカシくんって仲いいし。わかりあえてるって感じするもん)


 ふたりのことを羨ましく思いつつ見ていると、あたしよりすこし遅れて日高くんと響ちゃんが一緒に教室に入ってきた。二人とも職員室から出てくるときに運悪く数学の先生につかまって、次の授業で配布するプリントとワークブックの運搬を頼まれていたのだ。


「よっ、皆礼。美女と仲よく遅刻してくるとか羨ましいねっ」


 同じタイミングでやってきた二人に、クラスでもムードメーカー的存在の男子が教室じゅうに聞こえる声で話しかける。


「斎賀みたいな堅物とどうやったら仲よくなれんだよー、おしえておしえてー皆礼くぅーん。斎賀もそんな地味男のどこがいいワケー?」


 揶揄うその言葉に、クラスの一部の男子たちがげらげら笑いだす。それでも名前を出された響ちゃんは表情をぴくりとも動かさずに黙って席に着いた。すると笑っていた男子たちが顔色を変える。


「っちぇ。また無視かよ。相変わらずカンジ悪ぃ女」

「まーまー。いつものことじゃん?斎賀、どうせクラスのヤツなんか男にも女にも眼中にねぇんだから」

「ホント馬鹿にしてるよな。いくら美人でもマジねぇわ、あの根暗性格ブスッ」


 男子の何人かが聞こえよがしにそんなことを言うけれど、響ちゃんは能面で完全シャットアウトしている。そんな態度がさらに気に食わないのか、その男子たちは「高飛車女」だとか「シカト婆」だとか、ますます響ちゃんの悪口を言い始める。

 響ちゃんはもしかしたらそっとしておいてほしいのかもしれないけど、あたしは黙っていられなくなった。


「……のんのん?どうしたの?」


 あたしが男子たちに向かっていこうとすると、安っちゃんが驚いてあたしの手を掴んだ。


「ちょっと、のんのんやめときなよ。あいつら勝手に馬鹿言ってるだけなんだから放っておきなって」

「でもっ」


 安っちゃんの制止を振り切って、あたしは響ちゃんを悪く言ってる男子たちに物申してやろうとする。と、それより先になぜか日高くんがあたしの傍にすっと近寄ってきた。


「木原。誤解されるのが嫌だから言っておくけど、」


 日高くんに名指しされた木原くんが驚いて顔を上げる。いや、木原くんだけじゃない。ほとんど喋っているところを見ない日高くんの突然の言葉に、みんなが驚いて注目する。でも日高くんはすこしもビビる様子もなく、淡々と口を開いた。


「一緒に登校したくらいで『仲がいい』って言われるなら、俺が仲がいいのは響じゃなくて早乙女の方だ」


 誰も予期していなかった日高くんの突然の宣言に、教室が一瞬にしてしんと静まり返った。みんな「今のってどういう意味?」って顔をして日高くんの次の言葉を待つけれど、日高くんは言いたいことは全部言いきったとばかりにあたしに向いて、あたしだけに話し掛けてきた。


「早乙女」

「……えっ、あ、は、はい……」

「今日、昼飯は購買で買ったりしなくていいから。弁当は梅から2人分持たされてる」

「あ、うん。わかりました……」


 クラスじゅうの視線があたしと皆礼くんに突き刺さってるのが分かったけど、その緊張と混乱のあまり、かえって淡々と日高くんに言葉を返していた。


「早乙女は赤飯好きか?」


 皆礼くんは周囲のことなどまるで気にする様子もなく聞いてくる。あたしがこくこく頷くと日高くんは目を細めた。


「よかった。重箱いっぱいに赤飯のおむすびが入ってるらしい。梅なりの祝いの気持ちだって言ってたから昼休みに食べてやってくれ。梅はほかにも今朝いろいろ張り切って弁当拵えたみたいだから」

「う、うん…」

「重箱に二人分まとめて詰めてあるから、一緒に昼食を取りたいんだけど、今日は天気がいいから中庭で食うか?」

「えっ、ええっと……」


 あたしたちがそんなやりとりしていると、すぐ傍にいたタカシくんが怖い顔して立ち上がった。


「おい、皆礼ッ。昼飯一緒に食うとか、おまえいつからそんな早乙女ちゃんと仲よくなったんだよっ!?」


 もっともな疑問だ。当事者であるあたしも日高くんと関わりを持つのはあくまで豊海村の中だけで、学校ではこれまでそうだったように他人として振る舞えばいいのかなと思っていたので、親しげに話しかけてきた日高くんにびっくりしていた。


「何とか言えよ、皆礼ッ」

「あ、あのねタカシくん。あたしたちは仲がいいっていうか………」


 現在進行形で『神婚』という神事で『夫婦役』を一緒にしている仲なわけだけど。豊海村の外で、それも『海来様』と全然関わりのない人たちの前でどこまで説明したものか言葉を詰まらせていると、響ちゃんがきれいな背筋のまますっと立ち上がってあたしたちの方へ寄ってくる。そしてとんでもないことを口にした。


「仲が良い悪いの関係ではなく。早乙女さんは、理由があって今皆礼くんの家に住んでいるんです」


 響ちゃんのその一言に、クラスじゅうが騒然となった。


「マジで??この地味男とのんちゃんが?」

「皆礼ン家に居候?下宿?……とにかく同居してるってことだよな?」

「や、同棲なんじゃね?」

「はあ?皆礼なんかと早乙女のんちゃんが?ありえねーでしょ。マジだとしたらのんちゃん男の趣味悪すぎてマジ幻滅だわ」

「親の都合とかなんじゃん?……まあだとしたら皆礼死ねって感じだけど」

「同感。言えてるわ。そんなオイシイことあってたまるかっての」

「で、のんちゃん、マジなところどうなんだよ?」

「……え?」

「え、じゃねぇよ。すっとぼけてないでおしえてくれよ」

「まさか皆礼と付き合ってるわけ?」

「それありえないでしょ。先週まで全然仲よさそうにも見えなかったじゃん?」

「じゃあどういう関係だっていうんだよ?……なあのんちゃん、俺らにおしえてよ?」


 興味深々の様子で男子たちがあたしに詰め寄ってくると、響ちゃんがあたしを庇うように前へ出てきた。すると男子たちは途端にいまいましそうに声を荒げる。


「おい、斎賀のブスは引っ込んでろよ。てめぇには聞いてねぇし」

「俺らはのんちゃんに聞きたいのっ」

「まあ皆礼でもいいけど?」

「のんちゃんとマジ同棲してるとかって言うなら、皆礼、おまえちっとボコらしてもらうけどな」


 日高くんが何かを言おうとすると、響ちゃんが視線だけでそれを押し止めた。響ちゃんは男子たちにすこしも怯む様子もなく、彼らに説明するのは自分の役目だといわんばかりにはっきりと言った。


「早乙女さんは皆礼くんの許婚いいなずけです。だから二人は今一緒に暮らしています」


 『許嫁』なんていうあまりにも時代がかった言葉に、詰め寄ってきていた木原くんたちだけじゃなく、安っちゃんもタカシくんも、もうじき授業が始まるからと教室に入ってきていた数学の先生までその場で固まってぽかんと口を開ける。


 そうこうしているうちにチャイムが鳴り、みんな「今の話ってなんだったの?」と消化不良の顔をしつつも授業時間へと突入したのだった。




*


 昼休み。


 中庭のベンチをキープすると、日高くんはハナミズキ柄のきれいな風呂敷に包まれた重箱を取り出した。黒い漆塗りの重箱は飛鶴の蒔絵が描かれたとても豪華なもので、蓋を開けてみれば中身も負けず劣らず豪華なご馳走が詰まっていた。


 一段目は均一な大きさに握られた、俵型のお赤飯のおむすび。二段目は花型に飾り切りされたニンジンも愛らしいお煮しめに、さわらの山椒焼き、ごぼうとニンジンの肉巻き、ワカメとキャベツの和えもの。三段目にはイチゴやメロンやサクランボなど、旬の果物が彩りもきれいに収まっている。


「早乙女。どれでも好きなものから取って食べるといいよ」


そういって日高くんは、風呂敷の中に一緒に入っていたお皿と箸をあたしに手渡してくれる。


(梅さんってすごいな。やることに抜かりがない)


 ちゃんと忘れずに2人分の取り皿まで用意しておくなんて、さすが女中頭をつとめているだけあって梅さんは料理の腕だけじゃなく、気遣いまでもが完璧だ。同じ女として素直に尊敬してしまう。お皿に取って食べてみると、朝食同様旬の食材を厳選してつくられたおかずはどれもとてもおいしくて、二人で食べるには多すぎないかと思っていたのに結局全部食べきってしまった。


「っあー!おいしかったぁ」


 あたしが手を合わせてごちそうさまをすると、日高くんはくちびるをやさしい形に吊り上げて言った。


「梅にもそう伝えるといいよ。喜ぶから」

「うん、そうするね」


 返事をしつつ何気なく視線を中庭の藤棚の方へと向けると、藤の木陰にあるベンチが目に入る。すこし離れたそこには響ちゃんが座っていて、ひとりで黙々とお弁当を食べていた。

 昼休みになったとき響ちゃんに『一緒に食べよう』と声を掛けたけど、いつもは隣の席に座ってお弁当を食べはじめるあたしを黙認しててくれた響ちゃんは、今日は『遠慮します』とはっきりと拒絶してきた。


『お昼は日高と早乙女さん二人で食べればいいでしょ?……私をいちいち巻き込まないでくれる?』


 けんもほろろというその態度に、一部のクラスメイトがあたしと日高くんと響ちゃんが三角関係にあるのかって騒ぎ出した。あまりにもしつこく「三人はどういう関係なの?」って聞いてくるからあたしたちは同時に教室を抜け出してきた。けれど響ちゃんは中庭に着くなり離れたベンチに座って、こちらには来てくれなかった。でも『花嫁御寮付きの女中役』であるから、いちおう視界にあたしが入る範囲内にはいるらしい。


「早乙女?どうしたんだ?」


 あたしが藤棚の方を見てぼんやりしていると、水筒のお茶を飲んでいた日高くんが聞いてくる。ちなみに中身はあたたかいほうじ茶で、これも梅さんが持たせてくれたものらしい。


「ううん。……もしかしてあたし、今まですごくウザがられてたのかもしれないって気付いて」

「………響のことか?」


 今まで響ちゃんはすごく大人っぽくてクールな子なんだと思っていたけど……。もしかしたらそれはあたしの思い込みで、いつ話しかけても受け答えが素っ気ないのは、響ちゃんがそういうキャラだからなんじゃなくて、ただ単にあたしのことが鬱陶しかっただけなのかもしれない。


「あたし、よく東京いた頃も友だちに『鈍感』とか『空気読めてない』とか言われてたし。……もしかして今まで響ちゃん、あたしにまとわりつかれててイヤな思いしてたのかも……」


 響ちゃんはやさしいから、あたしに懐かれても「迷惑」と言えなかったのかもしれない。ほんとはおしゃべりでうるさいあたしに近寄られてイヤだったのに、オトナ対応で我慢しててくれたのかもしれない。そう思うと、自分のダメさに凹んでくる。


「あたしってホント、ダメだなぁ。……鈍感無神経バカだ」


 マジメな気持ちで反省していたのに、なぜか日高くんが吹き出して、肩を震わせて笑い出す。


「……な、なに……っ?」

「悪い。『無神経バカ』って、響の常套句だったから」

「え?」

「いや、早乙女のことじゃないから、そんな顔しなくていい。……ただの思い出し笑いだ」


 意味ありげにそういいつつ、日高くんは誤魔化すように笑う。


「ひどい……っ。思い出し笑いって、人がマジでヘコんでるのにっ……!」

「ヘコむ必要なんてないだろ。……響には、今まで通り接してやってくれよ」


日高くんは急に笑いを引っ込めてマジメな顔して言ってくる。


「響は斎賀の家の中でもちょっと特殊な立場にいるから、あれで結構寂しがりって言うか構われたがりなところがあるんだ。だから響にツンケンされても、これからもメゲずに早乙女は押しつけがましいくらいお節介に響のこと構い倒すといいよ」

「…………ひ、ひどいっ。……もしかして日高くん、響ちゃんがあたしのことウザそうにしてたの気付いてたっていうの?」


 日高くんは頷きはしないものの、苦笑して曖昧に言葉を濁す。その表情がなによりもの肯定だと物語っていた。


「もうっ!ひどすぎるよっ。だったらおしえてくれればいいのにっ。そうしたらあたし、」

「おしえてたら、早乙女は響を構うのをやめてしまってただろ?響は他人に壁を作るヤツだから、一人くらい早乙女みたいなヤツがいた方がいいんだよ。……じゃなきゃ無愛想なあいつに構うヤツなんて誰もいなくなるからな」


 響ちゃんのことを思いやってなのか、どこかやるせない顔して日高くんは言う。


(……だったら、日高くんは?)


 響ちゃんの幼なじみなんだし、こんなに響ちゃんのことをよく分かっていて思いやってあげている日高くんが響ちゃんを構ってあげれば、それですべてがまるく収まる気がするのだけど……。そうしてはいけない事情でもあるのだろうか。


(……もしかして響ちゃんが『花嫁御寮』じゃないから?花嫁役以外の女の子にはやさしくしちゃいけないきまりでもあるのかな?……だから日高くんは表だって響ちゃんの味方でいてあげられないの?……あたしのせいで、響ちゃんはひとりぼっちなの……?)


 そんなことを思っていると胸がなんだかモヤモヤしてくる。


「……『神婚』のお務めって、いつ終わるのかな……?」


 思わずそんなことを呟くと、なぜか途端に日高くんの顔色が変わった。なんでそんなことを聞くのかとばかりにあたしを見つめてくるから、あたしは言った。


「いや、えっとね。『伉儷の儀』、さっさと終わるといいよね?だって日高くんも家にあたしみたいな他人が住み込むなんて落ち着かないだろうし、恋人でもないのにいきなり『夫婦役』なんてヤだろうしっ。たとえ『フリ』でも16歳で疑似結婚とか、正直びっくりしちゃうでしょっ?!」


 あははと明るく笑いながら話を振る。でもなぜか日高くんの顔はだんだんと曇っていく。だからあたしは取り繕うようにさらに言葉を重ねた。


「そういえばさっ!さっき響ちゃんが教室でいきなり『許婚』って言い出した時はビックリしたね?……海来神社的には、『神婚』で『夫婦役』をする二人は『許嫁同士』って“設定”にすることに決まってるの?だとしても驚きだし、さっきはクラスメイトにすごい冷やかされまくったし、ホント、まいったよねっ。早く『神婚』、終わるといいねっ」


 共感を得たくて言葉をつらつら重ねていくのに、日高くんはだんだんむずがるような痛がるような表情になっていく。


「……日高くん?どうかしたの?」


 あたしが聞くと、日高くんがいきなり上半身をぐっとあたしに寄せてきた。


「ちょ、ちょっとっ、日高くんっ」


 間に重箱があるからかろうじてその分距離は保たれているけれど、顔を覗き込まれるようにどんどん体を傾けてこられると、すごい焦る。だってなんか、仲のいいカップルだったらこのままキスでもしちゃいそうな姿勢なんだもん……。


「響の気持ち、ちょっと分かるよ」


 すこしだけ、トーンが低くなった声にどきりとする。蒼真珠の彼のきれいな声とはちょっと違うけど、日高くんの今の声もなんだかオトコを感じるような低音で、日高くんが異性なんだってことを強制的に意識させられてしまう。


「ついでにタカシの気持ちもな。……鈍いの、かわいいとも思うけど、同じくらい腹も立つ」


 ここでなんでタカシくんのことが引き合いにだされるのか全然意味が分からないけれど、ちょっと怒ったように言われてどうしたらいいのか分からなくなる。だからあたしは日高くんの目を見つめることしか出来なかった。

 相変わらず地味めな顔だけど、やっぱりじっくり見ていると日高くんの顔のパーツは驚くくらいとてもきれいだ。思わずここが学校だっていうことも忘れて見入ってしまうと、上から冷やかす声が降ってくる。


「おいおい、お二人さーん。あんま見せつけるなっての」

「学校でいちゃついてんじゃねぇよ。ってか許婚ってなんだよそれ、ふざけんなっ」

「のんちゃんピュア系だと思ってたのに、そんなオンナだったなんて見損なったぞー」

「ってか皆礼死ねー。のんちゃんにチュウとかしたら、マジおまえ殺すぞ」


 見上げてみれば、校舎の窓からうちのクラスの木原くんたちが身を乗り出していた。みんなあたしと日高くんをイジる気満々の顔で、中には結構シャレにならない怖い顔して日高くんに死ね死ね繰り返してる人もいる。でも日高くんはすこしも動じた様子も見せず、手早く重箱を片付けはじめる


「行こう、早乙女。あいつらうるさいし」

「う、うん」

「あとごめん」

「え?なにが?」

「……当たるような態度取って。小さい人間で悪いな。言い訳すると、俺は女子に振り回されるのに慣れてないんだ。自分がコントロール出来ないような感情持て余すのもはじめてのことだから」


 口早にそういうと、立ち上がった日高くんはあたしに右手を差し出してきた。まるでお姫様をエスコートするようなその仕草は意外にも様になっていて、堂々とした様に見惚れそうになる。


「とりあえず学校でも『夫婦役』ってことになりそうだから、俺は早乙女の『許婚』として振る舞うけど、それでもいいか?」

「あ、……えっと。………ひ、日高くんはそれでもいいの……?」

「当たり前だろ」


 なにが当たり前なのか意味がよくわからないけど、きっぱりと言われて鼓動が弾んだ。あたしはべつに日高くんに恋してるわけじゃないんだけど、真摯な顔して『許婚』なんて言われると不覚にもどきっとしてしまって、あたしはものすごい照れつつ、ちょこっとだけ指先を日高くんの手に乗せて答えた。


「じゃああたしからも、よろしくおねがいします……っ」






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