6話 夏が嫌いな理由─透
電車の線路。それは、ずっと先まで続いていた。その終わりはここから見えなかった。いったいどこまで続いているのだろか。透はそれを知らなかった。
そんな線路の隣を彼女と歩いていく。ただ彼女は、少し前を歩いている。隣は歩いていない。微妙に距離があるように思える。
隣の線路とは距離はゼロに近い。フェンスが無いからだ。きっと作った会社は、このような場所で人がいないと予想でもしていたのだろう。
だから、いつでも電車に合わせてぶつかり死ぬことができる。今ここで、すぐに死ぬことができる。けれど、透はそのようなことをしない。死ぬのはこの旅のゴールだと決めたからだ。同じ答えを持つ彼女と死ぬ。そう決めたから。
歩いていく。そして、周りの風景は次々と変わる。透の短い人生で、見たことのない物が増える。
高いビル。
様々な店。
大きな駅。
誰かの家。
あるのが当り前だと思っていた物が無くなっていく。透はそんな光景が不思議でたまらなかった。
(なんか僕、今すごい所歩いてる。生きてるうちにこんな所歩くなんて思ってなかったよ)
周りは、すでに草木の割合が高い。こんな田舎を歩いたのは、生きていて初めてだった。新鮮な気持ちが湧き溢れていた。
この旅のゴールは、いったいどれくらい綺麗なのか。透はとても楽しみだった。向日葵畑を見るのは初めてだから、余計にそう思っていた。
だから、少し前を歩く彼女についていくしかなかった。ついていけば見れる、知れるからだ。
歩き始めて数時間。周りの光景は全て草木になった。十人に″ここは田舎ですか″と聞いたら、十人全員が″田舎だ″と答えるだろう。
ちなみに、ここまで来るのにあった会話は「暑いね」「そうだね」や「疲れてない?」「大丈夫だよ」などだ。お互いに一言ずつ喋って終わった。そして今も、透と彼女の間には会話がない。
(……気まずいな。なんか話したりしたほうがいいのかな?)
ただ、会話がないから、様々な音が聞こえる。きっと、今しか聞こえない音だろう。
例えば、風で揺れる草の音。
例えば、飛んでいる鳥の音。
例えば、鳴いている蝉の音。
例えば、透と彼女が歩く音。
透はそんな音に、どこか心地よさを感じていた。病院では聞くことができない自然の音。どこか懐かしさを、どこか哀しさを、感じられるのであった。
「ねぇ、君」
すると彼女がまた振り向いた。
「急にどうしたの?あ、もしかして道間違えたりしたの?」
「いやそれはないよ。一回行ったことあるから、そう簡単には間違えたりしないよ」
「行ったことあるんだ」
「うん、一回だけだけどね」
久しぶりにした彼女との会話は、一言ではなかった。しっかりとした会話ができた気がした。そして、彼女が少しだけ和らいでいるように見えた。
「……話戻るけどさ、逢った時に、君は世界がどんなふうに見えてるって聞いてきたよね。…だからさ、私、一つだけ君に質問してもいい?」
「いいけど」
「君って………夏は好きですか?」
普通に聞いただけなら、普通の質問だと思える。しかし彼女の表情が一緒だと、とてもそうだとは考えられない。
その哀しそうな眼。
その悲しそうな眼。
彼女はこの夏に、なにかを感じている。そう思うには確かなモノだった。
そんなことを思いながら、透は質問に答える。
「夏は嫌いだね。……いろんなものがなくなっちゃうから」
「なくなる?」
「うん。ほら、例えばこの蝉。今聞こえてるのは明日、もしかしたら今にでも聞こえなくなるかもしれない。この声は、絶対になくなっちゃうんだよ。他にもいっぱいなくなるのはある…………だから僕は夏嫌いかな」
「へぇ、そうなんだ」
「………ねぇ、君はどうなの?」
透は同じことを聞いていた。
彼女は少し考える様子を見せる。きっと、彼女にとっては夏は特別だ。それはあの表情を見たら誰でも分かる。だからこそ、考えるかもしれない。
「私は……大ッ嫌いだよ」
「なんで?」
「だって………夏は暑いからだよ」
そう言った彼女は笑っていない。そして、彼女の言ったことは嘘だということが分かる。本当のことを隠している気がしていた。
透は、笑ってくれたら良いのにと思っていた。ただ彼女は、ちょっとやそっとでは笑わない気がした。
「暑いからって……子供みたいな理由だね」
「あら、私はまだ高校生だから子供だよ」
「そうだね、僕達はまだ子供だね。だからこそ、こんなこともできるかもね」
「うん、子供だからできることだよ。大人なら時間に囚われて、こんなふうになんてできないよ」
彼女とそう会話しながら歩いていく。まだ線路の終わりは見えていなかった。少し先では陽炎があった。世界が揺らいでいた。
これは、二人が嫌いな夏にしか見えない。
彼女が夏が嫌いな理由。あれが嘘なのは分かっていた。透は分かっていたが、本当のことを聞くことはできなかった。
それは、彼女が自殺しようとしていた真実に繋がる気がしていたからだ。
それは、彼女が笑おうとしない真実に繋がる気がしていたからだ。
(笑ってくれればいいのに)
そう思いながら、透は彼女の後ろを歩いていた。まだ季節は夏だった。
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