共感覚
洗い物を済ませて戻ると千世子さんが布団を敷いていた。
「今日はもう寝た方がよい。ゆっくり休め。」
その言葉を聞くとなぜか眠くなり、促されるまま寝床に就いた。
千世子さんが寝間着を用意してくれたらしいが、そのまま寝てしまったようだ。
ふと目が覚めると真っ暗だった。のどの渇いたので水が飲みたくなり、あたりを見回す。
障子が星明かりでほんのり明るいが、部屋の中の様子は伺い知れなかった。
目が慣れると隣に千世子さんが寝ているであろう布団があるのがわかったが、それ以上は見えなかった。
このまま起きて不慣れな部屋の中を歩くのは無理だと思い、そのまま寝直す事にした。
仰向けになり深呼吸すると、隣の千世子さんがほぼ同時に同じような寝息を立てた。
その瞬間、異様な感覚に襲われた。真っ暗な部屋がカラフルな色彩を帯びているように見えた。同時に各々の詳細まで解るのだ。千世子さんは青紫色に、私は橙色だった。壁は白色だったが、襖は黄色だった。茶色い衣桁に青い着物が掛けられた様子までわかる。
布団の内では私が寝間着であることを今更実感したり、千世子さんは…、どうやら裸らしい。
こたつが押し入れの中に収納されている様子や、その隣に箪笥があること、引出の形まで全部把握できる。夢にしては妙にリアルだった。意識するだけですべてが分かるのだ。
今まで体験したことがない感覚に戸惑い、ふと隣の千世子さんを見ると、にっこりと微笑みながらこちらの様子を窺っていた。
慌てて反対側に寝返りを打って目を閉じると、その不思議な感覚はなくなり、安堵とともに再び眠りについた。
どれくらい眠っていたのだろうか。
ごはんが炊ける匂いで目が覚めると、すっかり明るくなっていた。
体を起こして見渡すと台所で千代子さんが朝食を作っていた。
「よく寝られたか?すぐに朝食の準備ができるから、顔を洗ってな。」
「ふぁい。おはようございます。」
頷きながら返事をし、寝ぼけた頭を働かせながら洗面所に向かった。
まるでいつもそうしているように、歯ブラシとコップを手に取り、歯磨きを済ませ、顔を洗った。鏡に映る自分を確認しながら、ブラシで髪をとかし、着ている寝間着を見ながら、昨日の体験は夢じゃないと確信した。
寝間着の柄は袖を見ればわかるが、昨日のそれは今鏡で見ている私だった。
居間に戻ると、すでに朝食の支度が済んでいた。
まるで毎日そういった食事をしていたような既視感に襲われながら、席に着いた。
炊きたてご飯になめこが入った味噌汁、焼いた鮭の切り身、たくあんのお漬け物。
味噌汁は赤だし仕立てで、煮干しでとった出汁の味。ものすごく落ち着くが、私ってこんな生活していたのだろうか?
気がつくと昔の記憶がひどく曖昧なのに気がついた。
それどころか両親の名前や実家の住所まで思い出せない。
そういえばスマホはどうしたのだろうか。充電の事をすっかり忘れていた。
「どうした?気分が優れぬか?」
「いえ、ちょっと考え事していて。これから何するかも聞いていないですし。」
とりあえず、記憶があやふやなのは後回しにして、当面の事を考えることにする。
「ああ、そうだったな。何、最初のうちは、都度お願いするから心配はいらぬ。」
「お家賃とか気になるんですけど。」
バイトとか諸々の事が頭の中をぐるぐる巡り、ちょっと混乱してきた。
「朝からせわしないの。ここの手伝いで給金はだすぞ。とりあえ十万ほど用意する。」
「え?」
心の中でおいしい話なのか、やばい話か判断ができかねた。バイトとしてはそこそこの金額と思うが、労働条件とか、経費や家賃で引かれて手取りは雀の涙かもしれない。
「この財布に金が入れてある。好きなように使うが良い。足りなくなったら言ってくれ。」
「え?」
正直、意味がわからなかった。確かめると万札が十枚入っている。
「まあ、深く考えるな。まず、飯を食え。」
なぜか、そう言われると食べなくてはと感じ、おもむろに箸を進める。
「おいしい。」
真っ白でつやのあるごはんを口に含むと、噛むだけでうまみが広がる。さっきまでいろいろ悩んでいることを忘れ食べ始めた。鮭の皮を一切れはがし、続けて口に放り込む。いい塩梅だ。
何かおかしいと感じながらも、悩んでいることがばかばかしくなった。
食と住は確保できているから、あとは衣だなと妙な事を考え始めていた。
千世子とINN @bouboucha
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