バトルフィールド1って恋愛ゲーム知ってる?

中山ゆきは

第一次世界大戦を舞台に、宮部由佳は高野信に対する恋心を秘めながら戦う

「全隊員、チャーリーを確保しろ!」右手を上げたシン分隊長の叫び声で、自動小銃を抱えている私を含めた四人の分隊員は全速力で走った。

 この戦いは後に第一次世界大戦と呼ばれた。

 この頃の自動小銃はまだ発明されたばかりで信頼性が低く、故障が多い。戦場での銃の不具合は即、死に繋がる。

 そんな銃を装備させられている私も、戦力とは期待されていないということなのだろう。もし、隣を走っている分隊員が戦闘不能になれば、彼の装備しているハンドガンを使うことにしよう。

 そんな不満を抱えながら、緑の覆い茂る小山の頂上を目指して走った。

 小山には所々に木々が生えていて、小動物が地面に生えている草をついばんでいた。

 日光が、地面に生える草に温もりと鮮やかな色彩を与えていた。

 白のスカートを履いた小さな女の子が、しゃがんでサンドウィッチを食べていそうな平和でのどかな草原を、軍服を着た私達は息を切らせて重装備でかけ上がった。

 小山の頂上まで登った私達は、シン分隊長がチャーリーと呼んでいた方向を見下ろした。

 チャーリーは同じような造りの石壁の家が密集する街だった。

 数え切れないほどの頑丈な石壁の家が、街の周囲を囲んで建ち並んでいた。

 石壁には形が揃えられた綺麗な窓が何枚も埋め込まれており、太陽の光が家の中を明るく照らしていた。街の中心には、高く尖った屋根を持つ教会と、一面を壁で覆われた大きな建物が幾つも建てられていた。

 チャーリーが上流階級の住む街だったことは容易に推測できた。

 しかし、その街には今は貴族も官僚もいなかった。いるのは敵味方混じった軍人と、先程まで軍人だった死体だけだった。

 街の至るところから銃声が聴こえ、爆発音と同時に建物や車が吹き飛び、街全体が炎と煙と怒声で包まれていた。

 あの街に入れば、自分の足では出られない。出られたとしても死体袋に収容されてだろう。その時、ちぎれた私の手足は同じ袋に入れてくれるのだろうか。

 恐怖で大きく深呼吸をしながら街を見下ろしていると、私の隣でシン分隊長が呆然と同じ方向を見ていた。

 私の視線に気が付いたシン分隊長は、こちらを見ずに、続けと叫んだ。

 チャーリーは重要拠点だ。ここを制圧すれば、我が国はまた一歩、勝利に近付く。しかし、それは敵も同じだ。だからチャーリーは激戦区として不運に選ばれた。

 私はこのチャーリー地区制圧に志願した。

 何故、志願したのかは今でも分からない。10歳も年が離れたシン分隊長への恋心なのか。彼と同じ戦場にいたいのか。彼に守られ、守りたいのか。

 いや違う。志願の一番の理由は愛国心だ。自分の命を自国に使いたい。我が国の勝利の為なら私は喜んで死のう。

 贅沢を言えるのであれば、死ぬときはシン分隊長の腕の中で死にたい。そう願いながらシン分隊長の背中を追いかけて走った。

 街の中心部にある教会があった。

 建物の周囲に植えられた、長さを揃えて刈られている芝生は今は無惨に所々が抉られている。

 一際、高い避雷針は落雷からは建物の安全を確保したが、爆弾と銃弾には無力だった。

 今やガラス窓は粉々に割れていた。

 赤レンガで造られた壁には、銃弾による無数の穴が、フジツボを逆さに取り付けたようにあけられていた。

 その教会の中庭に『C』と大きく書かれた旗がある。この周囲がチャーリーと呼ばれていた。

ここを奪取するのが我が分隊の使命だった。

 私達は耳を切り裂くような銃声と、行く手を拒むような爆音を身体中で感じながら、『C』を目指した。

 私とシン分隊長は後ろを警戒しながら後方を走った。

 前方を走っていた三人の隊員が石壁で造られた、高さが5m以上はある教会の外壁の入り口を抜け、チャーリーに入った途端、咳き込み嘔吐して、その場に倒れた。

 三人とも同じように暫く全身を痙攣していたが、直ぐに動かなくなった。

 駆け足で三人を救助しようと近付いた途端、胃が捻れるように痛み、姿勢が前屈みになり吐き気を催した。涙が溢れ、視界が黄色くなった。咳き込みながら顔を上げた。

 数メートル先の地面に、金属製の缶が転がっていて、缶の先端から砂嵐のような黄色い煙が吹き出され、その勢いで回転していた。

 敵兵が投げた塩素系のガスグレネード弾があちこちに転がっていた。

 シン分隊長が四つん這いで苦しむ私の肩を支えて、顔にガスマスクを装着してくれた。

大きく息を吸い込んでから目を開けると、既にシン分隊長もガスマスクを装着していた。

 ガスマスクの装着は、視界が狭くなるし、エイムが出来なくなるが命には変えられない。

それにガスマスクで顔を覆うと女だとバレないので狙われにくいという利点もある。

 銃撃戦でも女は弱いと判断されやすいのは過去にも経験済みだった。

 黄色くよどんだ毒ガスが消えたのを確認してガスマスクを外した。

 教会の周りの光景は地獄と呼ぶに相応しかった。

 芝生の上に倒れている死体は全員が嘔吐していたか、撃たれて血を流していた。

その死体に更に流れ弾が命中し、血肉が飛び散り、死者を冒涜していた。

 味方の死体の上に敵兵士の死体が重なりあっており最早、銃撃戦だけでなく、ナイフやスコップによる接近戦も行われている事が容易に想像できた。

 その死体の山の中にチャーリーの旗が、まるで卒塔婆のように立てられていた。

 尻込みする私を無視するかのように、シン分隊長がチャーリーを目指して走った。

シン分隊長の動きと判断には無駄がなく、射程距離内にいる敵兵士に確実に銃口を向け、発砲した。

シン分隊長がハンドガンのトリガーを引く度に、乾いた発砲音が響き、敵兵士が仰け反るように倒れた。

 彼の勇ましい姿が私の恐怖心を消し去った。

 私も走った。目指したのはチャーリーなのか、シン分隊長の背中なのかは、自分でも分からなかった。

 シン分隊長が旗に数メートルまで近付いた時だった。

 教会の陰から銃が連続で発砲され、彼の上半身から血が吹き出した。

シン分隊長は膝まずくように足を曲げ、頭からうつ伏せに倒れた。

「シン隊長!」私は無意識に叫んで、自動小銃を敵兵士のいる壁に向けて全数を撃ちながら、彼の方へ走った。

 私は銃弾が空になった自動小銃を地面に投げ捨て、微動だにしないシン分隊長に近付き、彼を仰向けにした。

 だが、私は彼を救護はしなかった。この戦争で私は死体を見慣れすぎていた。

 私は座り、彼の頭を私の膝に乗せた。

 私は右手で彼の瞼を押さえ、掌をゆっくり下げて、光を失った開いたままの彼の目を閉じた。

 シン分隊長の顔に私の涙がいくつも落ちた。涙が落ちた部分だけが泥や血が薄まり、流れ、少しだけだが綺麗になった。

 だが、汚れの落ちた肌には生命の色は宿っていなかった。

周囲には彼と同じ色をした死体が無数に倒れていた。

 私は顔を上げた。私の瞳から彼の顔に直接、落ちていた涙が私の頬を伝って流れた。

 顔を上げた先には敵兵士の姿があり、手に持っていた焼夷手榴弾を私に向かって投げた。

 武器も戦意も密かな恋心を抱く隊長も失った私は、こちらに飛んでくる焼夷手榴弾を座って呆然と眺めていた。

 焼夷手榴弾は私の直ぐ前の地面に落ちた。と同時に吹き出された炎が私の全身を包んだ。

 私は動かなかった。軍服が燃え、髪が火の粉となり、炎が口から体内に入ってもシン分隊長への膝枕は止めなかった。

 それが私の最後の抵抗だった。

 戦争なんかしたくなかった。

 こんな時代に生まれたくなかった。 

 例えばあと百年遅く生まれていれば、今よりは平和な世界で生きていたかもしれない。

 生まれ変われたら、この腕に抱いている彼を、階級では呼ばずに名前だけで呼びたい。

 私はユカ。一度だけでいいからシン分隊長には名前で呼んで欲しかった。

 そんな想いを抱きながら、私は死んでいった。


「何で避けないの?それか伏せて消火すれば良かったのに」

 現実でも10歳離れた高野信さんが、ヘッドホン越しに笑いながら聞いてきた。私は信さんの小さくて低い声が好きだ。

「援護兵の信さんが死んじゃったからですよ。

助かったって、弾がなければチャーリー奪還なんて出来ません」

 マウスを握り、モニターを見ながら私は拗ねたように言い返した。

「もう一回戦する?」私が聞くと

「もう夜も遅いよ。由香はまだ宿題が残ってるんだろ?」と痛いツッコミをされた。でも、私を名字の宮部ではなく、名前で呼んでくれたのが嬉しかった。

 確かに机を見ると、宿題のプリントが束になって置いたままだ。明日、学校に持っていかなければならない。見るだけで溜め息が出そうになる。

「じゃあ、また明日、学校でね」信さんはそう言ってフレンドのパーティーから外れた。ヘッドホンから信さんの声が消えた。

 信さんと一緒に戦えないゲームは味気ない。私もバトルフィールド1を終了させて、机に向かって苦手なコーヒーをちびちびと飲みながら宿題を片付け始めた。

 私と信さんは同じ高校の生徒と先生の関係だ。昔、高校教師なんてバッドエンドなドラマがあったが、ああはなりたくない。

 付き合っているのは当然、誰にも秘密にしている。外で二人でデートもしたことがない。

 恋愛は爆薬のようなもの、なんて例えをしてしまうのは、バトルフィールド1という戦争ゲームの影響だろうか。

 その場合、秘密は火薬。秘密の期間が長くなる程、それは火薬の量を増やし、詰める圧力も大きくするということ。

 そして、ちょっとした出来事が信管となり、その後の爆発は大きくなる。

 その爆発が有効利用の発破となるのか、人を不幸にする爆弾になるのか。私達の恋愛は微妙な所にある。

 私は信さんの事ばかりを考えながら宿題を終わらせ、ベッドに入り、部屋の電気を消した。


 終点の駅を降りると、直ぐに商店街の入り口がある。

 殆どの店はまだシャッターが下りていて、開いているのは朝食となるパンやサンドウィッチ、おにぎり等を買い求める客の要求に応えた数店舗だけだ。

 そんな商店街を抜けると少し肌寒くなるのは、歩道の両側にそびえる木々の豊かな山のおかげなのかもしれない。

 その先の、周りを自然に囲まれた場所に私の高校はあった。

 いつもより歩くスピードに余裕がないのは、寝過ごしたからに他ならない。本当は走りたいが、そんなことをすれば、遅刻しそうになっていることを他人に教えているのと同じだ。朝から下らない話題の一つにはなりたくない。

 私は歩幅を大きくして学校を目指した。

「お早う。何で、こんな時間に歩いてるの?」後ろから低い声が聞こえた。声は小さくても信さんだということは分かった。

 胸がトクンとときめく。

 信さんの存在は不思議だ。私を恋する乙女にする。私の歩幅は自然に小さくなり、俯きがちになる。俯きながら服装の乱れがないか確認する。

 振り向いて信さんの胸に抱き付きたいのを押さえ、落ち着いた口調で、おはようございますと返した。

「今日は遅いね」私の横に並んだ信さんが私を見ながら聞いた。

「誰かさんと夜遅くまでゲームしてたからね」私は前を見ながら答えた。

「あれからもゲームしたの?」

「ううん、一人でゲームしてもつまらないよ。直ぐに宿題をした」

「宿題は終わらせた?」

「勿論、全部カバンに入ってます」私は両手で抱えているカバンを軽く叩いた。

 二人だけで学校に向かって歩いた。幸せだった。

 でも、いつかスーツと学校の制服ではなく、二人で私服を着て歩きたい。バトルフィールド1だって、お互いの家でではなく、一緒の部屋で遊びたい。

 そう願いながら上の空で歩いていたので、イチョウの街路樹にカバンをぶつけてしまった。カバンの中から生徒へ返す為の、昨夜に採点した宿題のプリントが地面に落ちた。

「何やってんの?先生」信さんが笑いながらプリントを拾ってくれた。

「ありがとう、信……高野君」私は周囲に気を付けて名字で呼んだ。

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