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「……驚いた。クロア、音は出すべき」


「「「……?!」」」


 しかし、こちらには驚かされた。


「ん、おはよ、シェリー。お隣、良い?」

「良いと言うか、もう座っているよね?!」


 どういうわけか、フラームがいつの間にか僕の隣に体育座りで座っていた。

 ベッドのクッションのへりに足の裏をかけて、若干前かがみになるような姿勢で僕を見つめている。薄暗いからこそ目立つ白に近い薄茶色の髪と同じく白に近い薄紫色の瞳。僅かに反射する白い光が、彼女の見た目に対する色素の薄さを際立たせていた。

 僕やクロアさんとは正反対。僕等は髪も瞳も真っ黒なのに、彼女は真っ白(正確には、に近い、が入るけども)だから。


「プリン」

「はいはい。後で、な」

「プリン」


 ひょい、とベッドから降りると、フラームは再びトレイを運ぶホランに催促する。が、ホランは少しイラッとした様子でフラームを睨みつけた。

 ……一瞬だけ、ホランの周りで火花が散った。


「後でっつったのが聞こえなかったか? デザートは後で食べる物だろうが」

「プリンはフラームの主食……お米、パン、4の次」

「おいおい。栄養源トップスリー全部プリンか? 太るぞ」

「! そんな事無い。一週間、プリンだけ。生きられた」


 たしかにそんな事を言っていた。正確には、話の流れからして苺やら何やらフルーツやクリームをトッピングしていた日もあったみたいだけど。


「そりゃ、水も食べ物も口にしなけりゃ1週間で人間は死ぬけど、あれだ。プリンは糖分の塊だぜ? 牛乳のおかげで水分は問題無いし、お腹にちゃんと食べ物として入ってきているから、一週間程度なら大丈夫だがな。そのままだと、確実に体調が悪くなるぜ」

「!! そんな事、無い。プリン、優秀。苺とか、チョコとか」

「苺はともかくチョコも糖分の塊だろうが! お前な、いくら人より体力があるからって、訓練していなきゃいざという時動けないだろうが!」

「!!! そんな事無い! プリンはフラームの最大にして最強のごはん! 美味しいし、力になる、最強だと思う!」

「あのなぁ!」

「ま、まぁまぁ。お2人とも落ち着きましょう? ホランの料理が冷めますし」

「いいや、チェリー。こいつには一度ガツンと言わないとおぼえないタイプの人間だぜ!」


 かなりヒートアップして、ホランが割烹着の袖をまくる。ホランのイメージは優しいお兄さんだったのだが、ちょっと訂正だ。

 怒るとチェリーの次に怖いヒト。

 料理の事になると性格が変わるようだ。料理以外の所であっていないから何とも言えないけど、ホランって多分そういう人だよね。

 そういえば、あの割烹着の下ってどんな風になっているのかな。地味に気になる。


「いいかフラーム。お前は仮にもだな」

「いいからプリン」

「!!!」


 あ、火花が雷に変わった。


「フラーム! お前は仮にも『守護班』だろうが!」


 怒りマークが額に!


「確かに守護班もたくさんいるが、それでもお前がいなくなったら大変なんだぞ?! 昔から変に姿をくらましやがって。この一週間だって、誰も言わなかったがお前が居ない間みんな焦っていたからな!」


 これでもかと言うくらいに口を大きく開けて叫ぶホラン。


「……フラームって守護班だったの?」


 ドームでは生活班と言っていたから、違和感を覚えた。眠そうな目からして生活班という言葉も似合いそうに無いけど、守護班なんて務まるのだろうか?

 まぁ、人は見かけによらないけどね。シュレイドがその代表みたいなものだもの。


「ん。緊急時のみだけど」


 あ、この様子だと、あの鬼の形相をしたホランの喝は一切響いていないみたい……。

 此処までのプリン信者、久しぶりに見たな。シュレイドも、一時期こんな風になっていた事がある。おかげで食堂のおばさんが困っていたのをよく覚えているよ。

 あ、でも、シュレイドと似ているなら『あれ』が利くかもしれない。


「ねぇフラーム」

「?」

「知っていたかな。あ、知らないかも」

「??? 何」

「うん。食べ物って、そればかり食べているとアレルギーの原因になるらしいよ」

「……まじで」


 科学的に証明されている。しばらく食べていると、その食べ物もしくは物質に対して、身体が異常なまでに反応するようになってしまう。それがアレルギー。僕やクロアさんみたいに生まれつき持っている事もあるけど、後から耐性が出来て食べられなくなった事例も決して少なくない。

 たとえば、昔から好きだったからとエビをたくさんたべていたら、いつの間にかそれに対してアレルギーを持ってしまったとか。

 たとえば、昔虫歯の治療をした時にある金属で歯を埋めたけど、しばらく経った後で髪がごっそり抜けてきて、その原因が虫歯治療の時に歯を埋めた金属に対するアレルギーだった、とか。

 人の意思に反してアレルギーは起こる。しかも、好きな物に対して生まれる確率はかなり高い。


「……プリン、食べられなく、なる?」


 大きな目いっぱいに涙を溜めるところとか、本当にシュレイドそっくりだなぁ。


「この場合、牛乳とか卵かな。そうなるね」

「……ホラン」

「何だよ」


 フラームに無視されていた事で拗ねていたらしい。ホランは僕達に背を向けていた。


「……食べる」

「? プリンか?」


 ホランは小さく「プリンは作っていないけども。はぁ、一度厨房に帰らないとなぁ」と呟く。

 僕の発言を聞いていなかったと見える。


「フラーム、プリン、食べない。1日1個にする……ごはん、食べる」

「お? おお?」


 どうやら本当に僕の話が耳に入っていなかったらしい。既に厨房へ帰ろうと身を翻していたホランは何が起こったのかがよく分からないようで、首を傾げながら、ゆっくりとフラームの言葉を噛み砕く。

 そうして、たっぷり10秒が経過した。


「……おおぉおっ?!」


 ようやくフラームの言葉を飲み込んで、ホランはこれ以上無いくらいに驚いた。文字通り飛び上がって、天井にガン! と勢い良く激突する。

 凄い跳躍力だけど、僕が驚くよりまず、ホランの頭が物凄く痛そうだ。

 とにもかくにも、しばらくうずくまっていたホランが、フラフラしながらトレイのごはんを手渡す。フラームは僕の隣に戻ってから、ゆっくり食べ始めた。

 用意されていたスプーンで、器用にもそもそと食べ進めるフラーム。

 この光景は、とてつもなく珍しいらしい。扉が開け放たれていた所為で聞こえたのだろう。FLCの職員らしき人達が、続々と僕の隣を覗きに来た。

 チェリーは興味津々と言った様子で食い入るように見ているけど。その様子は何と無く予想できたけど、クールっぽいクロアさんが目をキラキラ輝かせているのは予想外! 早々に食べ終えて、まるで夏休みの自由研究の定番、観察日誌をつけている時のようだ。

 僕は孤児だったし、独自の勉強方しかしなかったから夏休みの事は知らない。同じく孤児院暮らしだったはずのシュレイドがそう言っていたのを知っているだけだ。

 シュレイドは、小学校に行っていたのだろうか。

 ……シュレイド……。



「―― エド君」



「!」


 妙に大きく聞こえてきた声に、僕は驚いた。

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