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FLCに来て、5日。
窓も無い部屋の割に空調は利いていて快適なこの部屋で、僕は既に5日目の朝を迎えていた。
昨日の夜、チェリーがさりげなく置いて行った時計、その短針は、見慣れた6の数字をキッカリと寸分の狂いも無くまっすぐ示している。そして更に僕が時計を見た瞬間、秒針はちょうど真上の12、その1と2の間を指していた。
どうやら今日も、朝6時になる5分前に起きてしまったようだ。
……。
昨日は昼食の後、ずっとこの部屋にこもっていた。
何故か隣でクルルが寝ていたけれど、そんな事より悩む事があった。
僕の、居場所について。
翼と一緒に丸まって眠るクルル。僅かに寝息が聞こえてきて、真っ白な綿菓子みたいな塊が、ゆっくりと膨らんだり萎んだりを繰り返していた。
僕はたまにそれを撫でて、ただ、やるせない気持ちを押さえ込んでいた。
「―― まだ、いる」
寝る前から変わらない塊のまま、クルルは僕の隣で眠っていた。
実を言うと1人で考えたい事が多くて、ちょっと、クルルが邪魔だ。
でも、そんな風に思う反面、心細くならなくて助かっている気もする。
ドラゴンとはいえまだ子供。まだ起きはしないだろう。わざわざ起こす事も無いだろうし、まだ眠らせておこうかな。
「……」
クルルがいるから、あまり考えないようにしていた。人ではない分、ちょっとした様子の変化から、色々な考えを読まれかねない。
それは、ちょっといやだ。
けど、クルルはずっと起きてこないし。ちょっとなら大丈夫だろうか。
……。
僕が考えていたのは、帝国で僕が『死亡』扱いされている事じゃなかった。あぁ、いや、正確に言えばその『死亡』扱いの事をシュレイドがどう考えているのか。かな。
シュレイドは、僕が5回に分けて起こさないとベッドから出てこなかった。放っておけば、一日中寝てしまう。そんな彼が心配でならない。シュレイドの事だから、僕がいない生活に慣れてしまった可能性も否めないけど。だとしても心配だ。
彼ですらも、僕が死んだと。そう、本気で考えてしまっているのだろうか。
此処に僕がいるから、死体は無いはず。そこから、希望を見出したりはしないだろうか?
少なからず、死んでいないと考える人は出るかもしれない。
でも、僕が生きていると考えたとしても、そこに価値を見出さない限りは死亡説を推すだろうな。
……優秀だけど、それでも彼は学生だ。重要な情報は、個人的なもの、たとえば特に僕が生きている事を喜ぶのはシュレイドくらいしかいないから、そういった情報は一切流してもらえないだろう。
「……っ」
彼だけで良い。僕が生きている事を伝えるべきだろうか。
だとして、どうやって伝えよう?
手紙を送っても、正直に『エドシェリック=コレクテッドより』なんて書いたら怪しまれるだろうから、偽名か何かで出した方が良いだろうか。
「帝国の軍付属学校では、届いた手紙を逐一チェックするそうですけど」
あぁ、そういえばそうだ。シュレイドの元に届くのは、開封済みの手紙のみ。だったら僕が生きている事をシュレイドのみに伝える事は不可能。
うぅ。そういえば昨日、夜更かししてまで色々考えた策の中に、今のと全く同じ案があったような気がするぞ? さて、どうしようかな。
「というか、夜更かししたのに今日も通常通りの6時に起きるなんて。凄いですねぇ」
「……チェリー?!」
「あ、はい。チェリーです。朝の検診ですよー。ちょっと落ち着きましょうか」
知らない間にチェリーが僕の隣で、僕の手首を優しく握って脈をとっていた。特に音も無い上に触れられていた事にも気付かなかったため、僕は思わず驚いてしまって。当然、脈も一瞬速くなったはずだ。
もっとも、毎朝この時間帯に来る事は知っていた。医療班の人間は寝る時間が短いと聞いたけど、大丈夫なのだろうか?
それに何より。
「僕、もう患者じゃないと思うけど」
「あー、違います、違います。そういう事じゃなくて。FLCにはちょっと危険な感染病とかありますし、毎朝医療班の人間が、担当になった人の検診を行うのです。患者さんは勿論、スタッフ並びに居候さんまで全員検診を行うのです。理解しました?」
「……つまり、此処にいる人は、全員毎朝医療班にお会いする、と」
「そうですね。そうなります。まぁ、大抵は皆さん寝ている間に終わらせますけど。……エド君、何故かいつも起きているので。この時計だって、目覚し機能は無かったはずですよ?」
ベッドの隣にある小さなテーブルの上。そこに置かれた丸くて黄色い時計を手にとって、チェリーは首を傾げる。
この感じだと、この時計は食事の時間とかを知るために置かれたみたいだ。
「ちなみに、私はまだ見ならない階級なので10人くらいしか担当させてもらっていませんよ」
「その感じだと、僕で最後?」
「はい。というか、ここ最近FLCに来て居候状態になったの、エド君しかいませんし」
「あぁ、確かに」
此処に来てまだ一週間も経っていない。今日で5日目なのだ。
「あれ、クルルもいますね」
と、検診を終えたチェリーが、僕の隣で静かに寝ているクルルに気が付いた。声がしていれば気付かないような静かさなので、驚くのもしょうがないかも。
「驚くほど静かだよね」
「? あぁ、ドラゴンは、強さや大きさに関わらず静かに寝るのも特徴の1つですよー。それより、人懐こくても決して誰かのベッドに入り込む事は無かったのに……そちらの方が珍しいです!」
チェリーは緑色の瞳をキラキラと輝かせて、本当に物珍しそうな目でクルルを見つめた。
「此処がクルルの寝床だったとか?」
「ありませんよ! ちゃんとクルルのお部屋もあります。今朝そこにいなかったから、何処にいるかと思っていましたけど。ふふっ、エド君、相当気に入られちゃったみたいですねー」
「ふぅん」
「まぁ、気にいっただけで一緒に寝るなんて、今まで無かったのですが。私だって一緒に寝てみたいですけど、クルルが嫌がるので」
チェリーなら別に一緒に寝ても大丈夫そうだけど。
寝相は良さそうだから。
……あ、でも。
チェリーと同じく顔が整っているシュレイドは、結構寝相が悪かった。何故か寒い日でもベッドから転げ落ちて、何も無い床でシーツを探している光景が脳裏をよぎる。うあぁ……あれ、誰かに見られていないといいけど。
「じゃあ、何で僕の所に来たのかな」
「さぁ? 私には分かりません。まぁ、エド君は昨日からちょっと悩んでいたから。心配している内に眠っちゃったのかもしれませんね。それに、エド君手良い匂いですし、いつでもほんのり温かいですし。近くにいるだけで眠くなっちゃうの、ちょっと分かります」
……。
「ちょっと待って。匂いとか、その、いつ」
「もうすぐホランが朝食を持ってきてくれるそうですよ。一緒に食べましょうね!」
満面の笑みでスルーしないでくれませんかチェリーさん!
「あれですね。何か、まだ一週間も経っていないのに、すっかり此処で朝食を食べるのが普通になっちゃいました。食堂よりも何と無く落ち着きますよねー」
僕の言葉を完全に無視して、チェリーは続ける。
「実は今日は、ちょっと……ふふっ」
「?」
「ホランに頼んで、エド君とクロアさんと同じ朝食をみんなで食べる事になりました!」
「え」
チェリーはウィンクして、ぽん、と両手の平を合わせる。
「ちょっとでも、みんな同じ物を食べたいじゃないですか。ほら、同じ釜の飯を食べた仲、みたいな」
食べられないのは牛肉と牛乳で、ご飯が食べられないわけじゃないけど。でも、気遣いは嬉しいな。たしかシュレイドもそんな事をしてくれた覚えがある。
牛肉も牛乳も嫌いとか言って、僕と同じメニューの食事を頼んでいた。けど、その前の食事で出ていた牛肉のステーキは、とてもおいしそうに頬張っていた事を僕は覚えている。それを指摘したら「実は嫌いでさぁ」などと言っていた。
実はシュレイドは、嘘をつこうとすればするほど身体の動きがスムーズになる。演技力という点では優れているものの、不自然な自然さのため、普段共に行動している人間なら彼の嘘を簡単に見破ることが出来てしまう。ちなみに、未だシュレイドはこのことを自覚していない。
ただでさえ天才なのに、数少ない欠点をわざわざ潰す事も無いだろうし。
あれ? チェリーとシュレイドって、意外に似ている所が多いのかな。フラームとチェリーを合わせたらちょうどシュレイドになるような……。
気のせいかな。
「……エド君?」
「あ、うん。その。ありがとう」
「ふふん♪ 今日も健康ですねー」
とても機嫌が良さそうに、チェリーは笑顔で体温計を見つめた。
「お待たせー、と、ちょうど良かったらしいな」
そして検温が終わった瞬間、図ったかのように、ホランが部屋の入口に現れる。その両手にそれぞれ1枚ずつトレイと、そのトレイに乗せられた料理があった。
またホランの後ろには金属と木で出来たワゴンがあって、そこにはまだまだ料理が乗せられている。
「ホラン。本当にちょうど良いです!」
ホランが図ったとは全く思っていないらしく、チェリーはきらきらと目を輝かせた。
「今日は、普通だとクリームシチューだったぜ。それの豚肉と、偶然手に入ったニラとかキノコとかをスパイシーに味付けした上で炒めてみた! あ、飲み物は普通のお茶な」
ホランが持ってきたトレイの上では、料理がホカホカと良い香りをまとった真っ白な湯気を放っている。スパイシーと言うには、肉の焼けたにおいが勝っているようだ。とにかく早く食べたくなる。
「美味しそう……ありがとう、ホラン」
「エドは特にたくさん食えよ。牛肉とか牛乳が食えない分、それ以外で栄養を採ってもらうぞ」
「うん……ん?」
「俺は別に大盛りで無くともいいが」
そして昨日と同じく、クロアさんがいつの間にか、ベッドに座っている僕の隣で、無表情で座っていた。ただ、今回は何処と無く僕の身体が沈んだので、僕は「あ、クロアさんが来たかも?」くらいには考えたのだけれど……。
どうやら、他の人達は違ったらしい。
「クロアさん?! も、もう! 脅かさないでくださいよ!!!」
「おいおいー。俺もさすがに驚いたぜー?」
そうだよね。今回、僕は偶然ベッドが沈んだからクロアさんに気付いたわけで。それ以外では音も無ければけはいも無かったのだ。
「……驚いた。クロア、音は出すべき」
「「「……?!」」」
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