15 さあ帰ろう
「シェリーとクロア、兄弟?」
「いや、容姿が何か似ているみたいだけど、違うと思う」
クロアさんが前に言っていた事を思い出したけど、僕とクロアさんは同じ種族、という事なのだろう。これまで僕は普通のヒト族だと思っていたのに。
何だっけ。ゼポーネ種? あれ、アスター種だったっけ。
あ、どっちも同じ意味か。
「君はフラームっていう名前なの?」
「そう。フラームは― フラーム=フェルメイニー ―。フラームはプリン大好き。プリンが大好き。苺が乗っているとなお良し。クリームのトッピングがあれば大満足。甘いより若干苦い方が好み」
相当なプリン好きだ。
……何だろう、凄く懐かしい感じがするぞ、この呆れ感。
これで「いつかプリンの中を泳いでみたい」とか言ったら、それはもうシュレイドと全く同じ脳の構造をしているとしか――
「いつかプリンの中を泳いでみたい。けど身体がベタベタになりそうなのは嫌。でもその後シャワーに思う存分入れる。それはそれで良いかも。シャワー、好き。お風呂はもっと好き。でも、水は貴重。あまり入れない。だから、好き。あ、プリン、一週間色々トッピング変えてみた。全部美味しかった」
シャワーとお風呂も相当好きらしい。その辺りは女の子だ。確かシュレイドも、プリンを愛するプリン同好会を思わせる多種多様なプリンを作っては自画自賛していたような。
わぁ、何か凄いデジャヴ。フラームのプリンを食べる姿が、シュレイドと似すぎている。しかも生活班と名乗っておきながら、本人にそれほど生活性の無さを感じる部分も。
何か、既に懐かしい。
というか、今にも彼女の事をシュレイドと呼んでしまいそうになる。
よし、シュレイド認定しておこう。
「フラームは、いつからこのドームにいるの?」
「もうアダムが言った。一週間前。FLC、今凄く忙しい。だから逃げてきた」
ハッキリ言うなぁ。プリンを頬張りながら、眉間にシワを寄せるフラーム。銀色のスプーンをくわえたまま、手で持たずに柄を上下に揺らした。
「フラーム、面倒くさいの嫌い。プリンがあれば生きて行ける。だから、静かになるまで此処にいる」
いやいやいや、糖分以外に殆ど何も栄養素を含んでいなさそうなそのプリンに、到底一生分の生きる養分は含まれていないと思うよ?!
この際アダムさんが「いやいや、真面目に取るなよエド」って言っている事は横に置いておくとして何でプリンだけで生きて行けるとか普通に真顔でかなり真剣に言えるのかな!
お、落ち着け、僕。そうだよ。実際にはプリン以外にも何か食べているはずだし。きっとチェリー辺りが何かしら対策をしているはずである。野菜とか、果物とか、お肉とか。プリンが異常に好きなだけで、それ以外が嫌いだとは言っていないわけだし。
「その。この一週間、どんなプリンを食べていたの?」
「キャロットプリン、ホウレン草プリン、イチゴプリン、プリン・ア・ラ・モード、焼きプリン、カスタードプリン、ミルクプリン………………」
……Etc
「……」
うん、あれだ。少なくとも若干の野菜は食べているみたいだ。うん。
あれだよ。
話題を変えよう!
「えぇと、さっき言った、静かってどんな感じ?」
「救急患者が50人以下」
「! それって……」
「屋外テント、黄色の三角、ビッシリ嫌い」
それを聞いて、僕は目を見開いた。
黄色い三角の屋外テント。あの、ビッシリと埋め尽くされていた患者用のテントか!
それなら、僕が回復魔法を使った時点でクリアしているのではないだろうか。あのテントにいる人達だけだったけども、それでも300人くらいいたよね。僕みたいな個人部屋のある患者さんがいるのかどうかはさて置き、それでも相当数減ったはずだ。
「フラーム。とりあえず、テントに収容されていた患者さんならかなり減ったと思うよ」
「えっ、まじで」
若干、眠たそうな目を見開いて、キラキラと輝かせる。
何だろう。無表情って、感情が分かりづらい人の要素の代名詞だというのに、フラームの気持ちは、それはもう手に取るように分かってしまう、気がする。
無表情だからこそ、僅かに表情が変わっているのがよく分かるという事なのだろうか?
「じゃ、フラーム帰る」
「本当気紛れだな、お前は」
空になったプリンの皿を、取り出したナプキンに包むフラーム。あとは、プリン用の型とか、スプーンとか、ちょっと焦げた鍋とか。持ってきていた料理道具一式をしまいこむ。
そして、カーディガンの下にあった、小さなポシェットに全て押し込んだ。
あれは、噂に聞く常駐型空間収納魔法道具ではなかろうか。
あまり魔法に力を注いでいない帝国では、全く普及されていなかったからね。初めて見た。
「エドはどうする? と、あいつに付いて行かないと、帰り道が分からねぇか」
「えっ。あの。アダムさんは?」
「俺? 俺は帰らないぜ。というか、むしろ俺は此処の住人だからなぁ」
「?」
此処の、住人?
「じゃあ、ホランに何か伝えておきますか?」
「特に何も無いぜー」
ニコニコと笑みを浮かべながら、アダムさんは首を傾げた。
顔立ちは似ているけど、この人達って本当に兄弟なのかなぁ。ホランからアダムさんの事は聞いていないし、施設とは違う場所に住んでいるという事は、食事作りという朝から晩まで仕込みと給仕を繰り返すホランとあまり話していないのではないだろうか?
しかもこのドーム、完全な自給自足が出来てしまうようだ。魔法があれば火起こしはあまり必要無いし、保存だって氷の魔法を使えば出来てしまうし、何より肝心の食材は周りの木にいくらでも実っている。更にサトウキビらしき植物や、何故か牛までいるのだ。
帝国でも、普通の木に色々細工を施して、普通なら木には実らないはずの根菜や葉野菜を実らせていたから、こちらはそれほど物珍しくは無い。
収穫を手伝った事があるくらいだ。
そんな木が、見渡せば目に入らない瞬間が無いくらい生い茂っている。瑞々しいトマトや重たそうなカボチャまで実っているという光景は、まぁ、珍しいかも。
プリンだけで生きられる宣言をしているフラームにとって、此処は天国なのだろう。
「遅かれ早かれ一度戻るつもりではあった」
「え」
途切れ途切れの言葉じゃなくて、僕は咄嗟に振り返った。淡々と帰る準備をしていて、もうすぐ終わりそうだ。
「ホランが作るプリン、フラームが自分で作ったのより段違いに美味しいから」
「……」
何気に、先程まで食べていたプリンが自分で作った物だと言っている様なものだ。
此処までのプリン好きは嫌と言うほど見ているから、分かる。フラームが自作したらしいプリンは美味しい物だ。シュレイドに散々見せ付けられて鍛えられたプリン観察眼は伊達ではない。
それを凌ぐプリンを作るらしいホランって、実は天才?
「ホランは天才。料理だけは」
『だけは』という部分が強く言い放たれる。まるで他の事はダメ、みたいな言い方だ。
「おぉ、料理だけは天才だぜ。我が弟ながら誇らしいぞ。FLC1の料理人だ」
さすがに言い過ぎでは。
とは思うものの、あまり否定はしない。軍学校の寮にいたおばちゃんの料理もかなり美味しかったけど、ホランの料理はそれを凌駕しているのだ。
「いや、これが本当なのよ。面白い事に。料理以外だと中途半端だけどもな、料理となると目の色が変わって、これがまた美味い飯を作る! いやぁ、あいつに才能全部奪われたから、俺の料理の腕ってダメダメなのかなぁ」
あ、料理できないの、この人。
「料理だけはダメだよね、アダムって」
「料理以外は結構大丈夫だが」
「ある意味アダムとホランって正反対」
「あー……まぁな」
フラームは、若干口の端を上げて微笑んだ。
「ん、かえろ」
そして急遽方向転換。
「おう、距離は短いけど、気を付けろよ? あぁ、ホランの様子、また教えてくれ」
「ん」
コクン、と頷いて、フラームはてふてふ歩いて行く。
「って、ちょっと待って! 置いていかないで!」
「クルルゥー!」
「あぅ」
ぼすん、と、後頭部に衝撃が。
もぞもぞと動くこの感じ、柔らかなこの感触。
「クルル、ですか」
「クックー♪」
「ははっ、相当気に入られたなー。クルルも一緒に帰るってさ」
「え、クルルって此処に住み着いているのでは」
「いや? クルルは元々、ケガしてFLCに拾われた子ドラゴンだし。FLCの奴なら、最近入った新人でもなければクルルの事を知っている。当然、お前を気にかけているチェリーもな」
「チェリーも……へぇ」
気にかけているって、まぁ、ケガは治ったけど、僕はまだ患者さんだから当然なのでは。
「というか、何でチェリーの事を」
「あ? お前からチェリーのにおいがしたから。あいつ、相変わらず無臭に気を遣いすぎて、むしろそれが自分のにおいになっているみたいだな。右肩の辺り、不自然に何もにおわないのがその証拠」
チェリーって無臭なの?!
この世にはにおいが溢れている。そこから無臭を嗅ぎ当てるなんて……アネモネさん並みの嗅覚、かな。チェリーがさりげなくアネモネさんの事を言っていた気がするけど、この嗅覚はおそらく、チェリーが考えているよりも上の次元の能力だ。
部分的なにおいが違うとか、におわないとか、犬とか豚とかでも分かるものだろうか。多分わからない。というか、分かる動物がこの人達だけのような気がする。
「それよりエド」
「は、はい」
「フラーム、そろそろ出口に着くぞ」
「あぁ……」
「―― ……ああぁぁああああぁああ!!!」
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