14 ○○はお好き?
「クック~」
「お帰り~。と、ありゃ? お客さんなんて珍しいな」
そこには、白い長袖のシャツの上に白いシャツを着て、茶色のパンツと、その袖を中にしまった革のブーツを履いている青年が、大きな岩の上に座っていた。
年齢は、どうだろう。僕やホランより年上っぽく見える。
とにかく、その人を見て、僕は心底ホッとして、その場に座り込んでしまう。
人の影を見て、一気に緊張が解けたらしい。本当、一気に力が抜けて、膝が地面に落ちる。
……微妙に痛い。
「うぉ?! どうした、急にへたり込んで」
「クルゥ~」
ドラゴンがパタパタと、青年のそばに飛んでいく。岩は、人が2人は寝転んでもまだ余裕があるくらいの平たいスペースがあり、青年は足をこぎながら、ドラゴンを見つめた。
どうやら、ドラゴンはジェスチャーで状況を説明するらしい。
「クゥウ、クックー」
「……あ? 俺を? あー、なるほど。偶然迷って此処を見つけたのか」
何か今ドラゴンと会話していませんでしたこの人?!
ジェスチャーというか、腕を上下にパタパタさせていただけだよね?!
「お前、珍しい客人相手にまた怖がらせるような事、していないよな? 頭の上にイキナリ乗るとか、腹ばいで近付くとか」
「ク? クアゥ?」
思いっきりしていたよね、それ。さながら、今の台詞は「そうだけど? それがどうかした?」だ。
「うぉい?! ドラゴンってだけでも驚くのに、そんな事したら意味不明さが増して余計に怖がられるだろうが! もう少し考えて行動をだなぁ」
「クウゥ、クアゥ~」
「あ? ……まぁ、確かに、そうではあるが。……おい、お前名前は?」
僕の事だろうか。
僕しかいないよね。
僕じゃないとおかしいよね。
「あっ、はい。エドシェリック=コレクテッド、です」
「んじゃぁエドだな。おいエド。こいつ、怖くないのか?」
そう言って、子供ドラゴンを指差す青年。
「何か、知っているドラゴンより随分大人しいし、どう見ても人懐っこそうだし……大丈夫です」
「あー、なるほど。そういう事か」
青年は少し考え込む素振りを見せると、小さく笑った。
栗色の短い髪が、彼に合わせて揺れる。
「紹介が遅れたな。どうせこいつの言葉は分からないだろ? こいつは……」
「クルル~」
ぴょこん、と、視界のド真ん中に飛び出してくるドラゴン。
「……クルルは愛称だって。― クルシェル=エンジェリカ ―。一応言っておくぜ。こいつはオスだ」
「クルル。かわいい名前ですね」
「クゥ? クルル~」
あ、嬉しそう。多分、今のは「そう? 嬉しいな~」って感じのニュアンスだ。
「俺はアダマース。どっかの言葉でダイアモンドって意味らしいけど、今は関係無いか。― アダマース=マグート ―だ。よろしく」
にぃ、と笑う。あれ、この笑顔、誰かに似ているような気がするけど。
「えぇと、アダマース=マグートさん。……マグート……?」
「そこで引っかかるって事は、弟にはもう会ったみたいだな。食堂の受付辺りにホランっていう名前の奴がいただろ? ホラン=マグートは俺の弟だぜ」
「!!!!!」
やっぱり! 何処と無く、ホランの笑顔に似ていたのか!
あ、むしろホランがこの人の笑顔に似ているのかな?
「俺に料理の腕は期待するなよ? ホランの奴にその才能は全部やっちまったからな」
ケラケラと笑うアダマースさん。
「俺の事はアダムで良いぜ。どうせ、ホランの奴も自分の事、呼び捨てで良いとか言っただろ?」
「あ、はい。アダム……さん」
「ははっ。律儀だなぁ」
笑って、アダムさんは岩から飛び降りる。
アダム、か。確か大昔に栄えた文明の中でも、魔法を発展させた偉大な魔術師の名前だ。名乗るのはちょっと憚られそうな名前だけど、まぁ、一応よくある名前でもあるからどうでも良いか。
もっとも僕の知っているアダムさんは、全員自分の名前にコンプレックスを持っていて、周りにはエディとか、アッズとかって呼ぶよう頼んでいたけど。
「それと、こいつ。今は寝ているけど、起きたら挨拶させるから」
「……?」
と、アダムさんは、自分の後ろを指差した。
そこには、自身の腕を枕にして静かに眠る、僕と大体同じ年くらいの少女が眠っていた。
「……っ?!」
寝ているとはいえ、何だろう、このけはいの無さは!
言われるまで、そこにいる事に気付けなかった。白い毛糸のワンピースに、デニムで出来たホットパンツが隠れている。そして膝下10cmほどまである焦げ茶色のブーツ。
白に近い紫色の髪をした少女が、それはもう気持ち良さそうに眠っていた。
「ん……。むぅ」
「起きたか? 起きたな」
手を半分覆うほど袖の長い服だ。セーターの端から出ている指で目をこすって、その少女はゆっくりと身体を起こした。
よく見ると、ワンピースじゃなくてカーディガンの丈を長くしたような服である。腰から上にボタンがあり、その下は開いているデザインだ。
中には、何だろう。シャツだろうか。背丈に合わない長さの赤いシャツを着込んでいるっぽい。カーディガンに隠れてよく見えないけど、そんなイメージだ。
「……おはよ」
「おう。突然だが、お客様だ。自己紹介しろよ」
「……お客? 此処に? 誰?」
何度も目をパチクリさせて、薄い紫色の瞳を半分ほど開き、じぃ、とこちらに向ける。
全体的に、色素の薄い子だ。肌まで雪みたいに真っ白だもの。
「あの。えと。僕はエドシェリック=コレクテッド。です」
「……エドシェリック……? そんな人、いたかな……」
「少なくともお前が半分家出状態になった一週間前以降に来た奴だろうよ。ほれ、此処の『におい』が染み付いていないだろ?」
何だろう。においで自分の何かが判断される事に、デジャヴを感じる。
思ったけど、このFLCにいる人ってスペックがいささか高すぎやしないだろうか?
まぁ、シュレイドに比べれば、それでも下のような気がするけど。
「アダムみたいな嗅覚、アネモネ以外持っていないと思う。むしろ、アダムが持っている事に驚くよ。ね、シェリー」
「えっ、あぁ、うん?」
急に『愛称』で呼ばれて、僕は思わず普通に応えてしまった。
……えっ。
……はっ?
…………えっ?
「ちょっ、あのっ」
「何、シェリーでしょ」
鉄壁の無表情を僕に向ける少女は、欠伸を交えながら僕の愛称を再び呼んだ。
「いやあの。確かにそう略す事もできるけども!」
「じゃ、シェリー。決定。永遠に」
「永遠?! 変えてくれないの?! それじゃ女の子みたいじゃないか!」
「???」
いかにも「何を嫌がっているのか分かりません」的な無表情で、僕を下から見つめる少女。薄い色だからなのかどうか分からないけど、瞳が透き通っているように見える。
何もかも見透かされているような錯覚を起こしてしまいそうになる。じぃ、と見つめられて、どういうわけか頭がくらくらしてきた。
眠そうにも見える目の開き具合が、その瞳を潤んでいるように見せる。というか、寝起きだし、まだ眠いのは当然か。
うぅ、頭が真っ白になりそう――
「―― じゃなくて! シェリーはやめてよ!」
「? 何で?」
「何でって……理由は今言ったよね?!」
「諦めろよ、エド。こいつは一度決定宣言すると、それで一生通すタイプだ」
苦笑を浮かべながら、アダムさんはそう言った。
あ、これはきっと、既に経験している顔だ。
「シェリーはプリン、好き?」
「え、プリン?」
突然の質問だね?!
卵と砂糖と・・・・あ、牛乳を使ったお菓子だったよね。そもそも食べた事が無いな。
「た、食べた事が無いから分からないかな。それに、食べられないし」
他意は無かった。本当に食べた事が無いし、食べられないし。
牛乳アレルギーだからね。
「じゃ、あげる。じゃーん。はい、あーん」
どこからか、少女の動きに合わせてプルンプルン、と大きく揺れるプリンを取り出す。黄金色に輝く、上から見れば丸、横から見れば台形の、甘い香りを放つ食べ物。
若干にがみのある香りが、程よい誘惑を仕掛けてくる。
って。
「ええぇえぇぇえ?!」
「えい」
少女が、プリンの一部を乗せたスプーンを勢い良く突き出す。
瞬間、景色が一気にスローモーションになる。
1分1秒が、とてつもなく長いように感じた。どういうわけか、フラームの動きだけがちょっと速いストレートパンチのように僕の顔面めがけてスプーンが迫る。
あれ? この感覚には覚えがある。たしかシュレイドと模擬戦闘練習をしていた時だ。シュレイドの調子がすこぶる良くて、僕の調子が若干悪い時だったと思う。
こんな風に、シュレイドの動きもスローモーションで見えた。
その時と同じような感覚で、僕は左へと避ける。無駄な動作をしている余裕は無く、単純に左足を斜め左へ踏み出し、続けて右足を左足に揃える。
言ってしまえば、いたって普通の避け方だ。
反射的に避けちゃったけれど、多分そのまま静止していたら口より奥までそのスプーンが入り込んでいたかもしれないと思うほど、そのスプーンは僕の真横で風を切った。
というか、絶対に入っていたよ、これ。口に留まらず、喉の奥まで。
殺す気?!
「……何で避けるの」
「いや、だから、食べられないと今」
「はい、あーん」
「有無を言わさない?!」
ヒュンヒュン言わせながら、プリンが僕の横や上を通り過ぎる。あの柔らかい物体が、何故小さなスプーンから零れないのか不思議になる程の速度で。
「だ、だから、食べられないって!」
「美味しいよ」
「美味しいのは分かった! 君がそんな必至に食べさせようという時点で、そのプリンが美味しい事は十分に分かったよ! けど、お願いだからそれは自分で食べて! 僕は牛乳アレルギーで、多分食べたら死線をさまようから!」
「! ……」
ピタリ、僕の口に入る寸前。彼女のスプーンは動きを止めた。変わらず無表情の少女が、何処と無く恐ろしいオーラを出すのをやめた。
「それを早く言え」
僅かに眉間にシワを寄せると、少女はスプーンの上のプリンを頬張る。
た、助かった。
「フラーム、生活班。アレルギー、怖い事は知っている。チェリーに頼まれてクロアにプリンあげたら、たしかにクロア、大変だった。怖かった」
心なしか、フラームは震えている。無表情だかし限り無く小刻みだから分かりづらいけど、柔らかいプリンはそうも行かない。スプーンの上で、これ見よがしにプルプルと震えているのだ。
というか、クロアさんが大変な事になったのって、フラームがプリンを食べさせたのが原因だったのか。プリンは、卵と牛乳を混ぜて蒸して固めた物に、砂糖と水を混ぜて煮詰めた物をかけたスイーツ。種類によっては生クリームも使うみたいだし、僕とクロアさんにとっては毒物以外の何物でもないなぁ。
美味しい事は、嫌というほど知っているけどね。
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