3 四葉の人間
「ほい、お待ちどうさん。チェリーは甘口カレー、ヨーグルト、オレンジな。で、エドだっけ? 好みなんてものは知らないから、チェリーと同じ甘口カレーだぜ」
そう言うと、角が丸い木のプレートに載せられたカレーを、ホランは目の前に置く。カレーは白い楕円形の底が深い皿に、白いご飯と一緒に皿の半分ほどずつ盛られている。
氷の入った透明なグラスが、カラン、と鳴った。
「美味しそう!」
「ふふん。ウチは結構料理がウマイぜぃ? 二重の意味で、な」
「あ、ありがとう・・・・あれ?」
「ん、どうした?」
ふと見上げて、違和感に気付く。
・・・・ホランのヒゲが消えているのだ。
「やっと拭きましたか。味見の時につけたカレー。お髭みたいで面白かったので黙っていましたが」
「お? おぅ。あー、そういう事か。俺、一応19歳な」
「じゅ・・・・17歳?!」
中年とか勝手に決め付けてごめんなさい?!
「それより食え。食べ物は、基本作り立ての温かい内が美味い! これは昨夜作った奴だけどな」
「「い、いただきます!」」
「いただきます」
ん?
と、突如として聞こえてきた、謎の「いただきます」という言葉に、僕はカレーを口に運んでいたスプーン・・・・もとい腕を止めた。
そして、おそるおそる横を向く。
そこには、カチャカチャと小さい容器に入れられた付け合せの赤い漬物を躊躇無くカレーにドバドバとかけている、目も髪も真っ黒な青年がいた。テーブルに置かれたプレートの横には、昨日僕に貸されていた、黒い使い捨てマスクが置かれている。
あれ? という事は?
僕はテーブルの上のマスクから、徐々に視線を上げる。そして、何の気なしに僕の隣に座っていた人物の頭頂部へと目をやった。
そこには、見覚えのあるゴーグルがある。そしてもう一度目線を落とすと、彼が白衣を着ている事が分かった。そしてそれ以前に、その声で、何者なのかを察する。
こ、ここっ、この人は・・・・っ!
「あれ? 何で此処に? いつもならまだ寝ていますよね?」
「チェリーか。あえて理由を挙げるなら、今日は早起きしたから。久々に、ゆっくり朝ご飯でも、と」
そして、カレーの容器の中でカレーとご飯をグチャグチャに掻き混ぜる。
その完全に混ざり合った物を、スプーンで口に運んだ。
もぎゅもぎゅもぐごっくん。
「・・・・うん、美味しい」
「おぅ、ありがとうさん」
ホランはその人の「美味しい」という言葉を聞くと、満足そうに琥珀色の瞳を輝かせて、それからさっさと厨房に戻ってしまった。忙しいという事だろうか?
というか。
「何で貴方が此処に?!」
僕は、今しがたチェリーが言った台詞を繰り返し叫んでしまう。
「もう理由は言った。それ以外の理由は無い。それと、早く食べないと冷める」
「あぅっ」
正論過ぎて、何も言い返せない。僕はひとまず、カレーを先に片付ける事にした。とはいえ急ぎすぎると吐き戻す可能性があるからなぁ・・・・。以前、時間が無さ過ぎてかき込んだら、反動で吐き戻してしまった事があるのだ。いつもどおりで良いかな。
もぐもぐ・・・・。
ごっくん・・・・・・・・。
パクパク・・・・・・・・・・・・。
ゴクゴク・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・ふぅ、ご馳走様でした」
「えっ、速い?! まだ5分も経っていないのに・・・・ちゃんと噛みましたか?!」
チェリーが驚いた声で僕を睨んだ。
あれ? いつもどおり食べただけなのだけれど。
というわけで、それを話してみる。
「いつもどおり20回くらいは噛んだよ?」
「な、な・・・・」
「帝国の人間は、食べるのが速い。このぐらいの量なら、平均して3分。子供からお年寄りまで。全員」
隣の人からフォローが入る。
というか、その速度に合わせて僕より早く食べ終わっていますけどね、この人。
「ちなみに、軍人の場合いつ出撃しても良いよう、常にどのような食べ物でも5分以内に食べ終えるようにされているとか」
キラリ、と目を光らせて、隣の人が言う。
「加えて、軍人の中で一番早く食べ終える人は30秒で・・・・」
「そ、それはさすがに嘘ですよね?!」
チェリーが勢いよく立ち上がって、テーブルに身体を思い切りぶつけつつ反論する。
この反論はその通りのようで、隣の青年は「おぉー」などと言って小さく手を叩いていた。
「こ、この人は、エド君を治してくれた人です・・・・うぅ」
相当痛いのか、お腹の辺りを手で押さえながら紹介してくれるチェリー。非常に悪いけれど、それは既に分かっていた事なのだが、それは言わないでおこう。
そう、この人は、2日前に僕を治療してくれた人である。
確か、名前はクロア=ゼロ。
「お名前はクロア=ゼロです。17歳なので、エド君とは4歳違いですね・・・・」
座り直しながら、涙目で、それでも彼の紹介を続ける。
健気だなぁ。
「というわけで、ご馳走様」
「はう、クロアさんも食べ終わっちゃいました・・・・後は私だけじゃないですかぁー」
今度は悶絶し始めるチェリー。やはり僕が彼女に感じた、表情や態度がコロコロ変わって忙しそう、というイメージは当たっているらしい。笑顔になったり落ち込んだり。忙しそうだもの。
そして彼女自身辛い食べ物は苦手のようで、カレーを一口頬張る度に、コーヒー用の角砂糖を4個も入れていた甘いヨーグルトを口に放り込んでいる。
ああいうヨーグルトって、確か出される前から砂糖は入っている物だよね? 甘すぎないだろうか。
「・・・・あぁ、そうだ、エド」
急に名前を呼ばれて、ドキッとした。
甘口カレーの辛さに何とか耐えているチェリーを尻目に、既に退室しようとしているクロアさんが、僕を呼んだのである。
伏せられて眠そうにも見える目が、僕をただ見つめている。
「後で、そうだな、2時間ほど後に、外にある広場に来てくれないか」
「外の、広場ですか」
「ああ」
クロアさんは立ち上がる。食器の乗せられたプレートを手に、僕の後ろを通って、厨房へと向かった。
言うまでも無く、プレートと食器を返却する為だろう。
そして、去り際にこう言う。
「―― 君の身体の事を、少し調べさせてくれ」
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