2 おなまえ


 ―― 癖が抜けない。


 相部屋のシュレイドより1時間も前に起きるという生活が長くて、時計や朝日が無くても朝6時きっかりに目が覚める。

 今頃、彼はどうしているだろうか。

 『軍学校に入ってから友達になった』シュレイドは、勉強や実技などの課題は難無くこなすものの、私生活は、もう、とても人に見せられないくらいの怠けぶりを発揮するのである。

 朝は時間を空けて5回も声をかけないと起きないし、掃除はしないし、服は脱ぎ捨てたまま放置するし、料理は出来ないし、休みの日は放っておけばずっと眠っているし!

 うん。もう、考えているだけで心配になってきた。

 僕が此処に来てからもう4日目。帝国では、今頃僕はどういう扱いを受けているのだろうか。

「―― はい、異常無しですね。ただ、最後の方に何か嫌な事でも考えていました?」

 と、そんな事を考えていると、横で僕の体調を調べに来ていたチェリーが聞いてくる。

「それにしても、時計も無いのによくもまぁ毎回同じ時間に起きますね。あれですか、1日目のあの時も、実は癖で起きたのでしょうか?」

 もしかして、あの麻酔で身体が動かなかった時の事だろうか。

 そうか、あれは朝だったのか、などと考えながら、手際良く道具を片付けるチェリーを眺めてみた。まだ年齢による身長の差はあまり無い所為か、同い年にも見えてしまう。

「では、今日こそちゃんと案内しますよ! 昨日貴方が回復してくれたおかげで、医療班は全員回復出来ていますし! 私は巡回くらいしか出来ませんから!」

 むしろ昨日もそうだったようだけど。

「ふふっ、昨日は急に倒れられてしまったので、今日こそはちゃんと案内するのですよ~」

「ええと、じゃあ、例えば何処を回るの?」

「そうですね。まずは、様子見状態とはいえ病人ではないので、いつまでも栄養バランスのみを考えた食事では味気無いでしょうし。此処での生活に必要な、食事をする所へ行って見ましょうか」

 ニッコリと微笑むチェリーが、ベッドに座り込んだままの僕の手を引っ張る。

 その握り方はとても優しくて、まるで、兄弟にするような、ふんわりとした握り方だった。

 指が細くて小さな手は、とても温かい。

 その手に引かれてやってきたのは、簡易、かつ正確に組み立てられた、木製の大きな小屋。長方形の床の上には、木や鉄などで作られたテーブルとイスがキッチリと並べられ、テーブルには白いクロス、イスには柔らかそうなクッションが敷かれている。

 テーブルやイスそのものは、とても新しいとは言えない古さである。

「退院前の患者さんとか、FLCの団員が活用する、いわゆるお食事処。えぇと、普通に食堂でも良いですけど、作ってくれる物は毎日違います。飽きは来ませんよ」

 チェリーは食堂の奥へと向かい、カウンターの向こうでせわしなく動く割烹着姿の人間を1人呼び止め、何か話し始めた。

 しばらくして、チェリーが手を振ってくる。来い、という事だろうか?

「はい、しばらくお世話をする事になるであろう少年A君です!」

「え、ちょ、A君って?」

「お名前をまだ窺っていませんので」

 あ、そういえば。

「まぁまぁ、小さな口ゲンカは後でも出来るだろ? それで少年、好き嫌いはあるのかい?」

 チェリーが呼び止めた割烹着姿の中年っぽい人が聞いてくる。チョビ髭で、細い狐のような目が特徴的な男性だ。カウンターに片肘を突いて、少しだけダルそうに、しかし苛立ちを覚えさせない姿勢で。おそらくそれが自然体なのだろう。そこに一瞬ほど気になってからは、それを受け入れる自分がいた。

 いわゆる憎めない奴。それが彼の『スタイル』なのだと理解する。

「おそらく何でも食べられる良い子ちゃんじゃないかと」

「その変なイメージは何・・・・? 僕も人並みに好き嫌いはある方だって」

「ですが、昨日出したお食事は全部食べていましたよ?」

「そりゃあ、あれは全部美味しかったし」

「まぁ、牛乳を残されたのはちょっと困りましたけど」

 出された食事の事を思い出す。鶏肉のソテーに付け合わせのニンジンとブロッコリー、バターの塗られたトーストが2枚と、オレンジが1個。医療機関らしい栄養を考えたメニューである。

 そして、彼女が言ったとおり、僕は牛乳を飲まなかった。喉は渇いてしまったが、水を持ってきてもらったので、そこはさして問題ではない。

「牛乳は栄養価の高い食品ですよ? それに、此処では貴重な動物性の食べ物でもあります。好き嫌いをしてもらっちゃ困るのです!」

「って、言われても・・・・」

「こ、ま、る、の、で、すぅ~!」

 いかにも不機嫌らしい顔をして、チェリーは詰め寄ってきた。ガタンッ、と、僕の背中がテーブルの1つに当たってしまい、それ以上後ろに下がれない。

 チェリーという少女は、見るからに不機嫌そうな顔でも、やはりかわいらしい顔だ。それでいて迫力があるから、逃げたくなってしまうのだが・・・・。

 僕は今、その逃げる術を失ってしまっていた。

「お返事はー?」

「あ、あぅ」

「おいおい少年、好き嫌いはダメだぜ? それともあれか? あっち系か?」

 そこで助け舟らしき物を寄越してくれたのが、ニマニマ笑う割烹着姿の中年だった。

「あっちが何か分からないけど、もうそれで良いですからチェリーを止めてください!」

 いつの間にか涙目になっていた僕は懇願する。

 迫力のある笑顔を持つ少女を、両手で何とか制止させている状態だ。

 薄い感触のある肩を、何とか痛くならないようただ押すだけなのだが、未成年とはいえ女性なのだ。触れるだけでも緊張する思春期少年の心は、理解してほしいような、してほしくないような。とにかくこの硬直状態は、なるべく早く解いてもらいたかったりするのだ。

「くはっ、なる程なる程、えらく純情な奴だなぁ。噂じゃ帝国の人間は、こぉんなに小さな奴でも、女性やら男性やらの区別じゃなく、実力で人を見るって聞いていたけども」

 中年さんは爆笑しながら、自分の腰辺りまである高さのカウンターを指差した。

「そんな子供・・・・いないとは言い切れませんけど! 少なくとも人を見るための教養が身に付くのは、大体高等部辺りからですよ!」

 意外にも力が強いチェリーを押さえるのって、結構大変だという事が分かった。

「チェリー、良いって。牛乳じゃなけりゃ良いだろ? そうだな、今日はポークカレー、ヨーグルト、オレンジの組み合わせだから、カレー、オレンジ、水ってところか」

 にぃ、と中年さんは屈託無く笑う。

「ちょっ、― ホラン=マグート ―?! どんな人間でも好き嫌いを克服させるのが夢の貴方が、どうしてこの要望を受け入れるのですか?!」

 あ、そんな夢を持っている人なの、この人。

「仕方ない、の一言に尽きる! あ、俺の事はホランって呼び捨てにして良いぜ。じゃ、用意してくらぁ」

「なっ、何故なのか教えてください!」

 そして、カウンターをまたいで厨房に入ろうとしたチェリーが、ホランと呼ばれた男性の、次に出された言葉で踏みとどまる。

「言っておくが、お前、医療班。俺、生活班。しかも料理担当。料理に関して口出しス、ン、ナ」

「ぅぐっ」

 ホランはチェリーのおでこを、人差し指で軽く弾いた。赤くなったおでこを押さえながら、チェリーは何も言い返せずに頬だけ膨らませる。

 医療班という単語は、チェリーや先日のあの治療スタッフを指す言葉だという事は知っている。けど生活班というのは一体何だろう?

 想像は出来るけど、料理担当、という事は、他の担当もあるのだろうか。生活というくらいだから、掃除担当なんていうのもあるかもしれない。

「ほれ、少年が困惑しているぜ? こっちに来たばかりで、医療班やら生活班やら、意味不明な単語が出てきて混乱しているみてぇだな。ほれほれ、医療班兼生活班、支援担当の出番だぜ?」

 また新しい単語が出てきた。が、これも何と無く分かる。

 チェリーもその言葉に納得したらしい。しかし納得していなさそうな表情で、僕がさっきから背中を押し当てているテーブル、そこに並べられたイスをちょん、と触る。

 なるほど、座れという事ですか。

 じとぉっとした目で睨まれて、僕はチェリーの触ったイスに腰掛けた。

 チェリーはというと、僕の向かいにあるイスへと座る。

「医療班は、昨日既に見せた地区の担当です」

 そして、自分も所属しているらしい部署の事を話し始めた。

「主に、この地域一帯での支援活動の中でも、その名のとおり戦争で傷付いた人々を治療するために存在しており、階級としては、医師、看護師、看護師見習いという風に下がっていきます。私は治療技術の一部がまだ発展途上、すなわち看護師見習いです」

 そう言って自分の左胸を指す。服のその部分には、赤い枠の白い十字架が刺繍されていた。何ともシンプルな装飾だが、別にこれ以上無くてもいい、実に分かりやすいデザインだとも思う。

「これが、見習い時のデザインです。そして私達の技量を見分けるために、看護師だと左に青い枠の翼が。そして医師だと、翼が左右どちらにも刺繍されます」

 いかにも『神様の救い』を強調するかのような、そんなデザインが脳裏に浮かぶ。子供でも真似しやすそうな絵だが、それゆえに分かりやすい。そんなデザイン。

 悪く言えば、このデザインって『死』をも象徴しているのだけれど。

「そしてこの3つの形で構成されるエンブレムは、他の班にも適用されています」

 医療班の場合だとそれが十字架と2枚の翼だった、と。チェリーはようやく不機嫌さが消えたらしく、元のおっとりとしたかわいらしい口調に戻っている。

 僕はホッとしながら、チェリーの話に耳を傾けた。

「例えば、生活班。担当ごとにエンブレムは違いますが、必ず付いているのが・・・・あぁ、これです」

 チェリーは手の平サイズの紙切れを数枚取り出すと、その内一枚を僕へと差し出す。

 そこには、三日月を横にして潰したような。というか、お皿を真っ二つにして、それを横から見たようなエンブレムがクレヨンで描かれていた。色は黄色である。

 なるほど、生活班は主に料理を担当する人の事で、これは普通にお皿を意味しているのかな。

 ・・・・などと納得しかけたところで、チェリーは新たに4枚ほど、別の紙切れを置いていく。

 そこに描かれていたのは、左から順に、黄色い皿の上に乗せられた三つまたの青いフォーク。同じく青い渦巻き模様。更に、青い十字架。そして皿の上にモコモコの羊。

 ・・・・何と無く分かるような、分からないような。そんなエンブレムが出てきたのだ。

「左から順に生活班・料理担当、洗濯担当、介護担当、家畜担当のエンブレム、第二段階のものです。お皿が研修生だとすれば、専門家といった立場でしょうか。ある程度の知識と技術を持った人ですね」

 下の模様はお皿で合っていたらしい。

 おそらくこの紙は、僕みたいな此処に来たばかりの人、もしくは子供や老人にも分かりやすく説明する為に用意していたのだろう。彼女が常備している、腰に付けるタイプの小さな鞄に入れられていたから、いつでも説明できるようにされているという事だ。

 もっとも、取り出してからどれにどの絵が描かれているのか探さなければならない点は、要改良である。見えやすさのためだろう、手の平サイズとはいえ、その紙には無駄なスペースもあるし。

 帝国なら、端を色分けしたプラスチック板を使うだろう。横から見れば、とりあえずどのカードがどの班の物か一目瞭然だし。

 そう考えている間に、チェリーは更に別の紙を取り出していた。エンブレム達の最終形態であろう、ナイフの加わった絵や、渦巻きにからめとられている服の絵など。十字架の上に浮かぶ太陽(?)と、羊の後ろに続く子羊の絵である。

 こうして見ると、介護担当以外はまぁ、分かりやすい絵なのだろうな。

 それと、チェリーの所属している支援担当が無いけど、どうしたのかな?

 なんて事を考えていると、それを察したのか、チェリーがおずおずと口を開く。

「支援担当は正式なものじゃありません。こんな紙を用意してはいますが、見るからに、正式な備品といった感じではないでしょう? 要するに案内役の事でもありますから、世話焼きな人とか、お人好しな人とかが、勝手にそう呼ばれているだけですね」

 つまり、名誉職のようなものらしい。

 何の気なしにサラッと言ってしまっているが、確かに、案内された側からのお礼が無い事も多そうだし、お人よしとか世話焼きでなければ勤まらなさそうだ。

 で、そんな人間はこのFLCには少ないのだろう。ある程度人数がいなければ組織を作る事に意味は無いだろうし、正式な担当としては機能していないのか。

「生活班でもこれだけ違う担当の人がいると、エンブレムのデザインもこれだけ多くなります。更に、同じ班だけど別のエンブレム、というのは、数が生活班ほどではないけど別の班でも存在します」

 そう言って、やっと出し切ったはずの紙を、いそいそと丁寧に畳んでしまう。

 さっき、苦労して取り出した紙が徐々にしまわれていった。

「名前は開発班。科学系統の開発を行うか、魔法系統の開発を行うかでエンブレムが違います。科学の方なら、まずは、えぇと、すぱな? でしたっけ。で、それから、ぺんち? です」

 スパナもペンチも工具の名前だ。けどチェリーはそれを見た事が無いのか、発音が少々曖昧だ。確かに、魔法による痛み止め方法を知っているのだから、科学に興味が無いのかもしれない。

 魔法というのは、科学と同じ一種の技術。それを覚えようと思ったら、別の技術を教わるのは後回し、もしくは一生知らない事だってある。言ってしまえば、宇宙飛行士になりたいけど、教わっているのは漁業であるようなものだ。

 魔法も科学も極めた例は少なからずあるけど、魔法も科学も一流を目指すのは相当頭がいい人で、相当な才能を持っていなければ、到底出来ない事である。

 それにどちらも極めるには、金銭問題という、かなりシビアで現実的な障害もあるのだ。

「とにかく、FLCには開発班があります。はい。あと治療班、生活班は紹介しましたから、あとは建設班と・・・・あぁ、守護班ですね!」

「建設班に、守護班ですか」

「はい! えぇと、建設班はまぁ、お料理とかお洗濯とか、裁縫などの細かい作業が苦手な。簡単に言えば筋肉バカな人達が主な構成員ですね。つまり、頻繁に移動するこの施設を、素早く解体、組み立てを担当する人達です。日々増える患者の為のテントもその人達が設置しています」

 昨日見た、視界いっぱいの黄色い三角テント。あれの事を言っているのだろう。簡単なつくりに見えたけど、あれだけ多くの数を用意したり、それを組み立てたりするのには、いくら小さめの物とはいえ、確かに相当な労力が必要だ。

 軍人に勝るとも劣らない、屈強な男性たちの姿が思い浮かぶ。

 そうそう。教官ともなるともうムキムキな人達が多くて、自分目線で軍に入ったばかりの新人をしごくから、僕は肉体的にも精神的にも辛かったなぁ。

 ほら、僕って、軍学校一弱いから。

 とうか、軍の歴史至上、最低成績ですから。

 実力主義の帝国で、実力の欠片も無い奴ですから。

 ・・・・。

 何か、自分で言って悲しくなるよね、こういうの。

「・・・・それで、守護班って?」

「何か、微妙に落ち込んでいませんか?」

「あ、うん、気にしないで」

「? まぁ、良いですけど。守護班というのは、まぁ、そのままの意味です。FLCは、元は小さな医療団体だったのですが、段々と大きくなって行った組織です。しかし大きくなるにつれて、様々な国や地域へと吸収されてしまいそうになりました」

 「そこで」と、チェリーは3枚の紙を取り出す。またあの、エンブレムが描かれた紙だ。

「1つは、それらの国々から我々、独立組織を守る為に、何者をも拒む事が出来る力を持つ盾」

 青いクレヨンで描かれた、盾のマーク。

「1つは、ただでさえ堅い盾を守る為の、何者をも切り裂く事の出来る強き剣」

 赤いクレヨンで描かれた、剣のマーク。

「1つは、これら2つの物理的なものではなく、精神的な面で人々を守る事の出来る不思議な杖」

 緑のクレヨンで描かれた、杖のマーク。

「これら全てを合わせて、私達は守護班と呼べる部署を設立しました」

 盾の前、右上から左下にかけて描かれた剣。そして盾と剣の間、剣と交差するように描かれた杖。

 何かを守る為の、盾と武器。か。

「格好いいなぁ・・・・」

 絵本でよく見る、勇者のマークみたいだ。

「まぁ、その守護班の所為で、貴方は此処にいるわけですが・・・・」

「・・・・という事は、あの髪がピンクの子も、守護班だったって事?」

「はい。そうですよ。アネモネさんは、あんなに綺麗でかわいらしいのに、とぉっても強いので驚きです。それに、嗅覚が犬以上にあるとかで」

 チェリーは、それはもう楽しそうに話している。おそらく憧れの人物なのだろう。しかし、僕が覚えている限り、彼女はそんな憧れられるような女性だっただろうか? 非常に男らしい、いかにも下品な、というか。女らしさは微塵も無かったような気がするけど。

 まぁ、女性だと一発で分かるような容姿ではあったけれど、言動は男性だし。扱う武器が僕の親友であるシュレイドと同じだからか、彼とタイプがダブって、余計に女らしく見えないのである。

 髪が長くて、胸が少し大きめで、身体の線が丸みを帯びていた。それだけでも女性だと分かるけど、何か女性に見えないような。

 今思い返してみると、あのアネモネという名前らしい少女は、第一印象がもう最悪だった。

 怖い。その一言に尽きるのである。

「あぁ、何か最悪の出会いを思い出した感じですか?」

「え、あ、いや。・・・・まぁ、その通りだけど。僕とシュレイドの出会いが、結構良い物だったからさ」

「? シュレイド、さん。ですか」

「あ、うん、軍学校の仲間。同期だよ。入学した時から寮のルームメイトで、軍内最弱の僕と友達になってくれた唯一の生徒。僕が居なくても大丈夫かなあ、シュレイド・・・・」

「・・・・仲が、良かったのですね?」

 ふんわりとした、優しい笑みを浮かべるチェリー。何処と無く嬉しそうに、両手で頬杖を突きながら満面の笑みでシュレイドの事を語る僕の事を見ている。

「ふふっ。初めて、ご自分の事を話されたので。少し嬉しいですねー。それだけ、心を開いてくれているという事でしょうし」

「え、あぁ、そうなる、の、かな?」

 しどろもどろ答える僕を、しばらくクスクス笑いながら眺めるチェリー。それから1回深呼吸して、それから再び話し始めた。

「とまぁ、とにかく、医療班を中心として、生活班、開発班、建設班、守護班が生まれました。そしてその5つの部署を並べたところ、ある時四つ葉みたいだ、と言った人がいたらしく、それからは四葉。つまり、FLCという名前で呼ぶようになったそうです」

「だから四葉、か」

「はい。人を助け、幸運を運ぶ。とても良い名前ではないでしょうか!」

 そう言って、チェリーはまた満面の笑みを浮かべた。

「うん、良い名前だと思う」

「でしょう? 貴方ならそう言ってくれると思っていました!」

「四葉かぁ、幸運の象徴、凄く良い名前で・・・・」

 そこまで言って、僕はようやく思い出した。

 そうだった。僕はまだ、名乗っていない。

「えぇと。今からでも自己紹介って、間に合う、かな?」

「あ、はい。お好きな時にどうぞ」

 チェリーは姿勢を正して、下から目線の大きな目で僕を眺め見る。

 お好きな時に、と言うのと同時に、早く聞かせてくれないかな、という希望の声も聞こえてくるようだ。それだけ、彼女はソワソワしていた。

 キラキラと目を輝かせて、本当に僕より年上なのか? と疑問に思うくらい。

「えぇと、僕は帝国軍、軍学校中等部2年の」

 と、そこまで言っておいて、未だ肝心な事を言っていないと思いなおす。

 此処は、僕の所属やら生まれなんて、どうでも良いだろう。


 ―― 必要なのは。


「・・・・― エドシェリック=コレクテッド ―。エド、って、呼んでくれると嬉しいな」


「・・・・エド、くん。はい! しっかり覚えました! エド、エド、エド。エドシェリック・・・・はい! もう忘れません! 3回繰り返しましたから!!」

 エドシェリックの部分を含めると5回言っているのだが、そこは気にしない方が良いのだろうか。

 などと考えつつ、ふんわりと漂ってきた香りに、僕は鼻をヒクつかせた。

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