救済者、2人め
―― ・・・・何か、が、聞こえ、る。
「―― ぃ・・・・ぇ・・・・。・・・・すか? 大丈夫ですか? 聞こえていますか~?」
フェードインで聞こえてきたのは、チェリアンの声だった。
おそるおそる力を入れて閉じていた目を開き、心配そうに僕を眺めるチェリアンを見る。
彼女は僕に覆いかぶさるようにいて、僕が目を開けたのを確かめると、ホッと息を吐いて微笑んだ。露になった腕や額に汗を滲ませて、手に込めていた力をそっと抜いていく。
おそらく僕を抑えるために力を込めていたのだろう。僕といえば、今の今までずっと、これまで感じた事の無い痛みと戦っていたのだ。暴れに暴れて、ようやく落ち着いた次第である。
今から1時間ほど前、チェリアンがこの病室(窓が無いので本来は違う用途で使われているのだろうが)から出て行った、2時間後の事。彼女が言ったとおり、3時間も経たずに僕に使われていた麻酔は切れて、僕が負っていた傷の痛みは再び僕を支配した。
襲ってきた痛みを出来うる限り抑える為、頭の上から足の先まで身体を縮こまらせたのである。ただ、それで抑えきれるのなら苦労はしない。それで、大声を出しながら暴れていたのだ。
「痛み止めと、治療術式を施す為に『医療班』の方を呼んできました。痛み止めはあくまで応急措置的なものですし。痛み止めは私の得意分野なのですが、此処ではそれに割く魔力も出来る限り温存しておけとの事でして。なので、本当に、これきりです・・・・」
チェリアンは表情を曇らせ、悲しそうに目をそらした。
彼女が言いたい事は、つまり、此処は患者が多いから、治療以外に使う魔力は無い。という事かな。それに加えて、彼女はどうも治療魔法そのもののエキスパートではないらしい。
痛み止めと言っている魔法も、使うには上司の許可を必要とするのだろう。
魔法は、人が自分で作り出す事の出来るエネルギーの一種の魔力を使う。その魔力は無尽蔵に生まれるが使ってすぐ回復するというわけではないのだ。急を要する患者が現れた際、小さな魔法を使いすぎて肝心の回復魔法が使えなければ意味が無いという事だ。
「とりあえず、痛み止めはしましたし。オーケーです」
チェリアンはムリヤリ笑顔に戻って、部屋で唯一の出入口である扉に手を振る。
そこには、長い間目を瞑っていた所為でただでさえ明かりへの耐性をなくした僕の目に、逆光で顔のよく見えない人物が立っていた。
結構な時間強張らせていた身体はすっかり疲れきっている。僅かな視界は条件反射で開いているようで、今の僕には何か返事する体力さえ残っていないのだ。もし喋る体力が残っていたとしても、先程まで無意識に叫んでいたのか、喉が潰れて声が出ない。
「・・・・妙だな」
聞こえてきた『医療班』の人物の声。少し低くて、若い声。若いと言っても、とりあえず僕よりは年上なのだろう。背が高いし。多分そうだ。
「妙、って、何がですか?」
「痛がり様が尋常じゃなかった。チェリー、君の魔法でも、落ち着くのに10分もかかったじゃないか」
「え、あ、はぁ」
スタスタと、足早に『医療班』の人は僕に近付く。
「チェリー。俺は君の、痛みを緩和する魔法を一目置いている。しかし、それが効かなかった」
「・・・・効いていますよ?」
「時間はかかりましたが」と付け加えて、チェリーは『医療班』の人の、次の言葉を待つ。
「物理的な治療を施したとはいえ、先程の痛がり様は異常だ。つまり、見えているケガだけでは、事が済まないという事だ」
どうやら、チェリアンが黙り込んだのは、この人物が話を聞かない性格だったからのようだ。
「さて、その激痛の正体を、今から究明したいと思う」
『医療班』の人物(以降青年)は、横で立っていたチェリアンに手を差し向ける。手の平を上にして、まるで何か渡される事を待っているかのような。
事実、僕のその読みは当たっている。
「オーケー」
青年はそう言いつつ、チェリアンから手渡された棒状の何か、その先端を、僕の頭の方へと向けた。
・・・・ちょっと待ってよ?
今、何か先端がキラリと光ったような?
待って、それは一体ナニ?!
「今から
それは歯医者の言う台詞では?!
というか、麻酔と疲れの所為で指一本も動かないよ!
あぁもう、何でこうも怖い時に、僕の声は出てくれないのかなぁ?!
「さ、さすがにストップです。ちょっとは説明した方が良いと思いますよ! ・・・・見るからに怖がっているじゃないですか」
そうそう。その通り! 確かに、あの、えぇと、アネモネさんだっけ。あの大剣を持った人が現れた時よりも、何故か怖いんですけど!!!
「え? そう? まぁ良いけど。じゃあ始めます」
やっぱり人の話を聞いていないよねこの人ぉ?!
「・・・・だから・・・・」
「 Non capisce che dice che si ferma ? Questo stupido !!! 」
パラッ、と、天井から何かの欠片が落ちてくる。
錯覚かもしれないけど、一瞬だけ、部屋全体が揺れたような気がした。
・・・・。
今の声は、チェリアンのものだった。
かわいらしい声が、部屋中に響いた。
ヤケにハッキリとした発音。そして何と言っているのか分からない言語。彼女の表情と声の雰囲気から、非常に、加えて異常に怒っている事だけは伝わった。
・・・・そう。それだけは、伝わったのだ。
しかし、それは言い換えるならば。
それだけで、十二分なほどに『とてつもなく怒っている』という事が伝わったのである。
そしてそれはチェリアンの、これ以上無いくらいにシワの寄った顔を見れば嫌でも理解出来る。
これは以前、食堂のおばさんに感じたものと同じような気がする。
ある時、彼女が出したご飯のほとんどを残した事があるのだが、その時に見せた彼女の雰囲気と表情。
あれだ。怒らせてはならない女性に感じる、超が付くほど純粋な恐怖、みたいな。
「・・・・」
青年は『メス』を持ったまま3秒ほどその場で静止して、ギギギ・・・・と錆び付いた機械のような動きで、構えていたメスを腕ごと下ろした。
そのまま、メスを近くの移動式テーブル(多分)に置いて、再びこちらを見る。
「えー、簡単に言うと、今から、君の中にある邪魔物を除去します」
素直に説明し出した?!
「今現在、君の中。正確には脳の近くで異物が漂流している最中。おそらく頭に受けた衝撃とキズの所為で入ったか、もしくは別の場所にあった物が動いてしまったからか。それは取り出してみないと分かりませんが、とにかく君が先程まで喉がつぶれるほど叫んでまで逃がそうとしていた超激痛の正体は、その脳の辺りを動き回っている何かの所為です。僕は今、それを手術で取ろうとしています。また、このメスは切るための物ではなく、僕が魔法を使う際標準を合わせる為に使うから、先端が尖っているだけ。刃はつぶれているから鈍器として使わなければ何の障害もありません。―― コレで良いでしょうかミス・チェリー」
キラーン、という効果音が聞こえそうなほど目を輝かせて、青年はチェリアンに尋ねる。今のなっっっがい説明に、相当の自信を持っているようだ。
正直言って、長すぎて分からなかったわけだけど。
「・・・・まぁまぁです」
そして彼女の判定が下される。呆れ顔の少女の言葉に、青年が拳をグッと握るあたり、良い方の判定なのだろう。
「分かりやすく言うと、今から貴方の脳内にある異物を、魔法で取り出します。取り出す事が出来れば、もう痛くないですからね?」
と、優しく笑いかけてくるチェリアン。
彼女の声は、とても優しかった。
・・・・少し、安心した。
そして僕が安心した事が分かったらしく、彼女はいっそう優しい笑みを浮かべる。
小さな手が、僕の手を包み込んだ。
「はい、大丈夫ですよ。腕は保障します。この人・・・・― クロア=ゼロ ―さんに治療を施されて、死んだ人間はこれまで誰もいませんから」
彼女の瞳には、力強い光が灯っていた。
そっか。なら、安心だね。って。僅かに身体にこめていた力が、抜けていく。
・・・・彼女の一言の後、僕は憔悴しきった身体の感覚に呑まれ、気が遠くなる。
その前から、もう既に眠かったのだけれど。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・。
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