救済者

 生きている。

 ドクン、と言う、自分の心臓の音で目を覚ます。

 その音が大きく聞こえるほど、そこは静かな空間だった。

 ただ、窓が無くて薄暗く、少し湿った空気が漂っている気がする。

 まだ若干頭がぼぅっとしているけど、柔らかなベッドの上にいる事に気が付く。どうやら、そこら辺にいた動物の巣ではないらしい。

 けど、ここは一体・・・・。

「・・・・」

 夢じゃ、ない。

 それは直感でしかなかったけど、それはおそらく現実であると結論付けた。少なくとも、いつも僕が見ている正夢の類ではないという事はすぐに分かった。

 自分の意志で、身体が動かせるのだ。

 動かせるといっても、指だけのようだけど。

 ・・・・指、だけ?

 え、あれ?

 ・・・・。


 ―― 身体が、動かない?!


 ガラガラッ バンッ!

「生体反応確認ッ! 及び昏睡状態からの回復の確認ッ! おこ、ない、ますッッッ!」

 イキナリ何?!

 部屋唯一の出入口、横開きのドアを、それはもう勢い良く開け放つ少女がいた。

 僕が気絶してしまう前に見た、あの桃色の髪の少女とは雰囲気が全く違う少女。綺麗でツヤツヤしている金色の髪に、翠色の瞳。フワフワしたボブヘアは、ドアを開けた際に生じた風になびいた。

「・・・・あれ、起きました? あ、あわわわ。ごめんなさい! 起こしちゃって・・・・」

 どうやら、まだ僕が起きないと思っていたらしい。あの叫びは僕が『絶対に』起きないと思って油断していたがためのものだったようだ。先程と打って変わって、少女はオドオドしている。

 髪の分け目を揃えたり、服の裾を伸ばしたりと落ち着かない。

「ああぁぁあ。またやっちゃいました・・・・。あの、大丈夫ですか? 多分、まだ麻酔が効いていて、文字通り意識が戻ったというだけだと思いますが・・・・」

 ゆっくり近付きながら、おずおずと少女が尋ねてくる。

 たしかに、まだ指を動かせる程度の感覚しか戻っていない。あと動く物と言えば、目くらいだろうか。口も僅かに動かせるようだが、喋る事が出来ないのであれば意味は無い。

 あ、まばたきも出来た。

 そんな事を確認していると、不意に少女が僕に触れてきた。手を握ったのである。

「あわわ、意外にしっかりと意識が戻っていますね・・・・。あぅ、喜ぶべきか、後悔するべきか・・・・本当に、起こしてしまってごめんなさい」

 起こされたわけじゃないけど。

「! 良かった、私が来る前から起きていました。あぁ、でも、私の所為で検診時間を少しずらさなければならないというのは、後悔に当たることですよね・・・・?」

 ・・・・まるで、僕の考えている事が分かるかのように、少女は言葉を紡ぐ。ホッと胸を撫で下ろした少女が手を離し、それから、深呼吸をした。

 検診時間がずれた、か。彼女の登場に驚いて、心拍数が上がってしまっているからかな。

「すみません、その。落ち着くまで、自己紹介をさせていただきますね。私の名前は― チェリアン=ノッノーレ ―と言います」

 少し困惑しながらも、チェリアンと名乗った少女は小さく会釈した。

 僕も名乗ろうとしたけど、まだ声が出ない。というか、首に力が入らない。呼吸をしているのは、本当に本能でやっているような、自分でやっていない感覚だ。

 彼女の動きに合わせて、白いスカートがふわりと揺れる。ピンク色のエプロンをつけていて、雰囲気的には家政婦のような。ただ、先程『検診』とか言っていたから、医療従事者なのかも。あ、白い十字マークの付いたピンク色のナースキャップが頭に。

 ただ、どう見ても僕と同じ年齢かそれ以下なのだけど。

 ・・・・落ち着く、というのは、おそらく彼女の声で速まった鼓動が治まるまで、かな。加えてチェリアンも困惑を治したいのだろう。

「えぇと、そう。貴方の着ていた服が少し、というか随分と傷付いていたので、今修復中です。可能な限り直しておきますので、その辺りはご安心ください」

 そういえば、散々剣で傷つけられていたな、僕。

 痛みが無いのは、おそらく彼女の言っていた麻酔のおかげ。というところか。

 ありがたい。この状況で痛みがあったら、不安に押し潰されそうだもの。

「大丈夫! 此処は、今起こっている戦争とあまり関係の無い場所です! あ、でも、戦争で傷付いた人をたくさん治療しているので、無関係では無いのですが」

 コロコロと表情を変えるチェリアン。満面の笑みで入ってきて、悲しそうな顔を浮かべて、少し怒り気味の顔になって。忙しそうだ。

 というか、今やっている戦争って、ベルリーズ帝国とキャロレジア公国の、だよね? それとは関係無いって・・・・此処、何処だろう?

「此処は『FLC』と、私達の間では呼ばれています。For Leaf Clover。つまり四葉ですね。簡単に説明すると、此処はいわゆる生活支援団体です」

 生活、支援?

 聞いた事が無い。けど、この状況。拘束されている感覚は無いし、全く身体が動かないわけじゃないから魔法による拘束も無い。

「FLCはどの国からも独立した組織で、どのような国にでも赴きどのような国でも味方になる。その代わり、どの国にも敵対しません。中立です。今は支援対象が多いのでしばらく森から動いていませんが、ある程度支援が終了したらまた別の土地へ移動する予定ですよ」

 と、僕に背を向けて何かを準備し始める少女。

 じゃあ、あの森の惨状を作り出した少女とは、関係無いのか?

「ちなみに、貴方を運んできてくれた人は、しばらく貴方に会いたくないそうです」

 イキナリ酷い?!

「何でも、誤解して貴方を殺しそうになったとか」

 え、じゃあ、あの惨状を作ったと思われる少女と、僕を助けた人って同一人物?

 あの、桃色の髪の・・・・?

「髪はピンク色です。覚えていますか?」

 ドンピシャだ。

「まぁ、あの人は比較的常に冷静な人ですから、貴方が此処にいるのはあの人の冷静さのおかげです。他の人だったら、まぁ、此処にいなかったでしょうが」

 ・・・・何気に怖い事を言いますな。

「まぁとりあえず。検診開始です。お熱を測りますよ~」

 と、熱を測るための機械を取り出した。帝国でもよく見る機械だ。

 でも。それがどうしてこんな所に? 帝国内ならともかく、此処は外で、戦場近くだ。森の中、という事はそういう事でもある。作るための道具はおろか、設計図や技術も無いはずだ。

「あ、これですか? この組織に、こういう類の発明をする部門がありますから、そこで製造されているのですよ~。あぁ、動力源は私自身が作りだす『魔力』です!」

 ・・・・魔法。

 主に、呪文を唱える事でその呪文に合った事象を起こす事の出来る現象。炎や水といった物を、その場で生み出す事の出来る力。無から有を生み出す不思議な力。

 それを非生命体である機械に取り入れるという発想そのものは、帝国で作られた。今や、帝国の敵である国も知っている技術ではあるが、成功例は帝国にしか無い。少なくとも、平気に応用できているのは帝国のみである。

 それを、森という科学要素の何も無さそうな場所で実現させるとは。相当な腕の開発者がいるらしい。僕の国で働く科学者達も、会いたいと言ってくる事だろう。

「それにしても、です。差別発言にはなりますが、帝国は何故貴方のような子供を戦争にかり出すすのでしょうね。かわいそうです」

「・・・・」

「貴方のいた国では、子供にも『反亜人思想』が広まっているのですか?」

 ・・・・反亜人思想。

 ヒトの遺伝子を操作する事で、全く別の種族の特徴を取り入れる実験。その結果。

 例えば、猫の目。兎の聴覚。犬の嗅覚。鴉の翼。

 ヒトの足を超える脚力を持ったり、嗅覚が鋭くなったり。確かに、ヒトが進化するという点では成功したのだけれども。その代償として、多くの実験台となったヒトが動物の外見的特徴を持ってしまった。

 昔はそれでもヒトだという主張が強かったけれど、今となっては、帝国において彼等が劣等種だという、差別思想が広まっている。帝国での亜人の扱いは、奴隷とか、そういう類だ。そういう実験で生まれたわけではない純血種もいるようだけど、それは些末事。

 その思想は、周りの国が亜人を受け入れる事で確立した。帝国だけが亜人を受け入れなかった為に、帝国はその思想を貫くべく周囲の国から密かに亜人を迫害し始める。そしてそれが肥大化した状況が、戦争となっているのだ。

 僕等子供にも、その『反亜人思想』は植えつけられている。帝国の偉い人達は、とにかく亜人を毛嫌いしているようなのだ。

 そして、国民に若い内から亜人を『駆逐』するための準備をさせているのである。

 高校生から軍学校に入れる決まりが出来たのが20年前。その翌年から中学生も入れるようになり、戦争孤児となった者達は問答無用で入れられるようになった。

 物心付いた時には孤児院にいたから、僕自身が戦争による孤児かは知らない。でも確実に言えるのは、僕は孤児で、帝国からの援助を受けなければ生きていけない身だという事。どれだけ戦争が嫌いでも、軍学校へ行かずに済む理由など無かった。

 そして偶然にもエリートクラスに入れられ、戦争へ出て、その結果・・・・此処にいる。

「亜人とヒトで違うのは、見た目と能力。亜人は奴隷に向いていると言う帝国は、適材適所の意味を今一度調べるべきだと思います」

 あ、それは僕も思う。

 そもそも僕は、彼女の言う反亜人思想を持っていない。王都から離れた孤児院で暮らしていたしね。

「あ、計り終わりましたね。・・・・少し高いかな。すみません、この所ケガ人が急増して、医療術師さんが、もう感染病みたいに疲労で続けて倒れてしまって。今は人手不足なのです」

 だから、自分も結構忙しいのだと、チェリアンは言った。

「麻酔が切れたら、ちょっと痛いかもです。痛み止めはありますから、そこは心配しないでください。あ、その頃には手も自由に動きますし、助けを呼んでくださいね」

 ぐっ、と拳を握って、胸を張る。どういうわけか、痛み止めには自信があるらしい。

「とりあえず意識が戻った事を、医者に報告してきますね。麻酔は、予定だとあと3時間ほどで完全に切れるらしいですし。おトイレはあそこですから、行きたかったらあそこへどうぞ」

 そもそも時計が無いから、3時間というのがどのくらいなのか分からない。けど、指も何も動かせないのであれば、相当暇だという事は分かる。

 軍では、暇があれば自主錬をしろと言われていたのだ。

 ・・・・待てよ? 完全に麻酔が切れるのは、という事は、ある程度切れるのは3時間未満という事ではないだろうか。

 であれば、暇なのはその間のみという事になる。まぁ、その間何をすれば良いのか全く予想出来ないが。でも、先程よりはマシだという事で、この話は終了だ。

 ・・・・さて、此処でちょっと前にしていた質問の続きをしようじゃないか。


 問3.

  貴方は、この後に待っているであろう激痛の歓迎に、僕がどう対処したら良いか分かりますか?


 ―― 答えは、あと30分以内でお願いします。



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