6-04
今度はさおりがあたしにささやきかけた。「で、結局どうしたいのこのヒト」
あたしは少し考えてみた。要は、アメジストは自分の目的すなわち存在意義が失われることを怖れていて、キレかかっているのだ。下位精神体は上位精神体に生殺与奪のすべてを握られている───存在意義が失われ、もういらないとなったなら、下位精神体とは消されてしまうモノなのだろうか。そのとき、下位精神体は何を思うのだろう? 彼女が今まくしたてた言葉からにじみ出るのは、死にさらされた恐怖に近いものだろうか?
もしかするとシトリンも───逆に彼女は、資源を奪って穏便無事にこの星を離れることになれば、そのとき存在意義を失うのかもしれない。
クリスタルは、そんなふたりの怖れ───いちばん身近な下位精神体が抱く影に、気づいているのだろうか?
……あー、いや、今必要な思考はそういう方向じゃないんだ。あれだけまくしたてて、結局アメジストはどうしたいのかというと。
あぁ、そうか。クリスタルの誘いに乗るかどうか、今すぐここで意思表明しろと言われたんだっけ。「あたしがイエスって言うかノーって言うか待ってるのさ」さおりの質問に、あたしはそう答えた。
「そんであんたどっちなの」
「そうさな」ノーと言えばあたしはクリスタルに敵と見なされる。あたしはアメジストに尋ねた。「今ここでノー以外の答えをしたら、どうなる?」
「もしあなたがそのつもりなら」アメジストは厳かに言った。「私は、地球に残された可能性を、今から直ちに叩きつぶします。ローズフォースを闇に葬って差し上げるわ。クリスタル様の意志には背くことになりますが、いたしかたない」
どっちに行ったって結果は似たようなもんじゃねぇか。あたしは苦虫を噛み潰した。じゃあどう答えるかって───クリスタルの問いに対し、答えに迷い悩んでいるのは事実だけど、こんなふうに脅かされて答えを決めるほど落ちぶれてない。
あたしはきっぱりと答えた。
「あんたにあれこれ答える筋合いはないね」
「そう。なら決まりね」あたしとアメジストはにらみ合った。「もっと早く、クリスタル様があなたたちに興味を示す前に、この手できちんと排除しておくべきだった。そう、いっそあの葬式の日に───野性の勘っていうのかしら、この点だけは、モーリオンが正しかったようだわ」アメジストがあたしたちを睨みつけながらふわりと宙に浮かび、机の真上に位置してあのときのようにあたしたちを見下ろした。
ここで一戦交えるのはもはや回避できないようだ。身構え、変身のキーワードを口にしようとした。
ところが、さおりが間に割って入って手を広げた。「ちょっ、タンマタンマ。たーんーま。……どーしてそうすぐに熱くなるかな」この期に及んで場の雰囲気が読めない方がどうかしていると思うが。
「ちょっとすみません作戦ターイム」さおりは、アメジストに対して会釈など作ってみせながら、あたしを扉の近くまで引きずっていった。で、あたしに小声でまくしたてる。
「やっぱあんた来なくてよかったって、よけいにモメるし! あたしの立場も考えてよね、なんか始まるとニラまれんのこっちなんだから!」
「いや、もう手遅れっつーか、ハナから会社の話はしてないって。やるしかない」
「そんなこと言ったってさ、とーぶん働くんだからね、あたしここで! ロクなことないじゃん、エラいヒト怒らせたらさ!」
「今日一日でケリはつくさ───今日ここであいつの肉体をぶっとばしときゃあ、当分顔を見なくてすむだろうよ……って」あたしはさおりが妙なことを口にしたのに気づいた。「おまえ、ずっとここで働く気、あったんだ?」
「違うの?」
「……労働者の自覚みたいなもの、目覚めた?」
「どーだろ。ローズフォースの方がヒミツのバイトってカンジかなぁ。ともかく、会社ん中でバトんの、ヤだ」さおりにしてはハッキリした主張だった。……まっとうな仕事してると、人間て変わるもの?
さらに彼女は、直感だとは思うが、今の状況を的確に突くことを言った。「だいたいさ、こんなセマっクルしいとこじゃ、あたし変身してもまともに動けないじゃん?」
……それは道理だ。
この社長室の中じゃあ、金網デスマッチもいいところだ。不利は承知で入ってきたこのビルだが、わざわざ窮地に追い込まれる必要はないな。戦いたくないと言っているさおりをムリに巻き込む必要もない……か。
「そろそろ作戦タイムは終わりにしてもらえる? こちらは、……準備万端整っているのよ」アメジストが不敵な笑みを見せた。
こういうときは常套句がある。あたしはアメジストに向かって、こう言った。
「アメジスト、表ぇ出ろ。サシで勝負してやる」
あたしとさおりはそのまま社長室を飛び出した。廊下の隅の喫煙所らしき場所のスツールに腰掛けていたモーリオンが何事かと顔を上げるのを尻目に、あたしたちはさっさとエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの中であたしは首をかしげた。……アメジストのヤツ、ずいぶんすんなりとあたしらを社長室から出してくれたな? てっきり追いかけてくるかと思ったのに。
あいつは戦闘専門の精神体じゃないし、ワープできないあたしたちが閉鎖空間では苦戦することを知っているはずだ。だから自らを有利にするために、さおりを人質めいた立場にして呼び出した、ってことじゃなかったのか。
その答えはすぐに出た。アメジストは、展開がこうなると見越していたのだ。というより、ビルの最上階に上がってしまったら、外に出るまでに別の閉鎖空間をいくつも通らねばならないということだ。このビルは二重三重の砦なのだ。
あたしたちは一階のボタンを押していた。そのまま外に出られるようにだ。ところが、エレベーターは四階で止まり、扉が開いた。誰かが乗ってくる? ───いや、外に待ち構えていたのはアメジストだった。開いたエレベーターの扉を手で押さえ、言った。「ようこそ、戦場へ。ここがあなたたちの墓場よ」……ここまでワープしてきたのか!
「Brilliant Amethyst Power!」
アメジストの変身と同時に、ロウシールドが発生した。
チクショ! こんなところで袋のネズミになってたまるか! あたしはさおりの手を引っ張り、変身のタイムラグの間にアメジストの真横をすり抜けてエレベーターの外へと飛び出した。
このフロアは、エレベーターホールとオフィス部分が壁で隔てられていない。防火扉はあるようだが、デパートみたいにそのままフロアに入れるようになっている。
つまりオフィスからエレベーターホールは丸見えだ。そこにこちらに視線を向けている社員がひとりでもいれば、ワープも変身もロウシールドが阻むはずだ。しかしそのとき、フロアには誰もいなかった。
「会議中よ」変身を終えたアメジストが不敵な笑みを見せた。「会議を招集するように命じたのは、私」
「てことは何か」あたしは舌を打った。「ハナっからこの階はあたしらとの戦闘用にキープされていた、と」
「その通りよ、私がむざむざあなた方を外に出すとでも思って? それに一対一だなんて馬鹿馬鹿しい───戦闘という行為にプライドが必要だとでも思っているなら、あなたたち、やっぱり進化が足りていないのよ」アメジストは手を高く差し上げて叫んだ。「アメジスト・アドミニスタ!」同時に、彼女の周囲に次々とコピーが出現した。その数は全部で十体。
「ナニ、このちびエイミー?!」さおりが一瞬で名前をつけてしまった。今までに見たシトリンやアメジストのコピーとは様子が違う。身長五〇センチくらい、頭身も少し縮んで見た目にはかわいらしいとすら思えるアメジストの小人版だ。もっとも、見た目がカワイイからといって態度までカワイイわけじゃない。手にはそれぞれショットを持っていて、あたしたちにいっせいに銃口を向けてきた。
「しかたねぇ! Blooming up, Rose Force!」
現れた防性粒子の繭が、降り注ぐ光弾を防いだ。あたしとさおりは変身し、襲いかかってくるちびエイミーの群れから離脱した。……それはオフィスの奥へ入るということだった。
フロア全体を見渡してみたが、エレベーター以外に出入りできそうな場所は見当たらなかった。フロアの四隅のうち二箇所に非常口の緑色灯を掲げた扉があるから、その奥に非常階段があるのだろう。しかし、ロウシールドが発生している今、その扉を開くことはできない。社長室よりははるかに広いものの、あたしたちはアメジストの狙い通り、逃げ道なしの閉鎖空間で戦闘をするハメに追い込まれたのだ。
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