6-03
室内に入ってみると、さすがに虎の皮や鹿の角は誇張だったが、教室と校長室以上の違いはあった。
廊下のものよりさらに高価そうなんだけどやっぱり土足で踏んでいい絨毯。部屋全体を彩る木目調のインテリア。背の高い観葉植物。ガラステーブルとソファの応接セット。それから、やたら硬そうな木製机に革張りの社長の椅子。
……机の手前にさおりが、向こう側にアメジストがいた。社長椅子に座っているわけではないが、アメジストはまるで社長ででもあるかのように、窓を背にして凛と立っていた。
「連れてきたぞ」
「ご苦労様」アメジストが言った。
秘書アメジストの姿を見るのは初めてだ。やっぱりハリウッド女優みたいなカッコ良さがある。折り目正しいブラウスに紫色のジャケット、タイトスカートに黒のタイツ、たとえ生き永らえたとしても、あたしには永遠に縁のなさそうな窮屈な格好に均整取れた体をきっちり押し込んでいた。人間形態の彼女の髪はブルネットだ。ヘアピンで留めているらしくセミロングが耳にかかっておらず、金細工のピアスがやけに輝いていた。
「来なくていいって言ったのに……」さおりがぼやいた。「そうもいかねぇだろ」あたしは部屋の中を進んで制服姿のさおりの隣に立った。ペールピンクの制服はわりとタイトで、こちらも体の線がよく出ている。スタイルだけならアメジストに負けてないが、会社員の身分ではそこで上下をつけるわけにもいかないか。
「その格好でよく入れたね?」さおりはあたしの普段着をしげしげと見た。「あいつのご威光」あたしはモーリオンを顎でしゃくってみせた。モーリオンは応接セットのソファにどっかと腰を下ろし、タバコを取り出していた。しばらく居座って、ここでどんな騒ぎが始まるのか眺めるつもりらしい。
ところが、アメジストはモーリオンにこう言った。
「あなたは下がっていいのよ」
「なんだと?」
「ここはあなたの部屋ではありません。さっさと出ておゆきなさい」そういえばそうだ。ここは社長室だ。モーリオンはもう社長ではない。
「俺にも話を聞く権利くらいあるだろう」
「権利はあるでしょうね、でも、女の話など聞く耳持たないといつも言っているのは誰?」不服のありそうな表情のモーリオンに、アメジストはとどめを刺した。「だいたい、この部屋は禁煙にしたと言ったでしょう」
モーリオンは火のついていないタバコをくわえたまま立ち上がり、ゆったりと体を揺らしながら外へ出て行った。落ち着いた振る舞いに見えて、子供ならさしずめふくれっ面というところ───部屋を出る前からライターの石をせわしなくかちかちいわせ始め、火をつけて一服くゆらせてから扉を開けた。当てつけがましいったらない。あれがプライドを捨てて這い蹲るということか? なんかイメージ違う。
「あんなのが経営のパートナーか、飼うのはたいへんだな」
「高度成長の時代はゴリ押しで何とかなったんでしょうけど、今はムリね。この会社の幹部連にとって私たちが来たのは青天の霹靂だったようだけれど、意外に感謝されているわよ」
「───でも、ヤツには聞かれたくない話をこれからするわけだ。どんなにこの会社の業績が上がっても、地球が滅びたら関係ないもんな」
「なかなか察しがいいわね。じゃあ、私があなた方を呼び出した理由もわかっているのかしら?」
「クリスタルがあたしに持ちかけてるあの話のことか? 知ってるんだ、あんたも」さおりがちらとあたしを見た。ナニソレ聞いてないヨ、という感じだった。
「えぇ」
「で、それが?」
「クリスタル様にどう答えるおつもり?」
「なんであんたに言わなくちゃいけない?」
「もし答えを決めかねているのなら───」アメジストは机に手をついて、あたしの顔を下からねめ上げた。「私が正しい答えを教えて差し上げたいのよ」
何を言わんとしている? あたしは眉をひそめた。
「答えはノーよ。今すぐ決断を放棄しなさい。あなたたちはクリスタル様に従ってはいけない。クリスタル様にはこう答えなさい───地球は滅びるにまかせます、と」
「なんであんたが勝手に決める?」
「あなたたちが決めていい話でもないでしょう? 地球は地球人のもの。サンフラワーにそう教わらなかった?」
「サンフラワーの遵法主義をあんたが引っ張り出してくるとはね。じゃあ、あんたが逆にクリスタルから寝返るか?」
「法律の問題ではないわ。私が言いたいのはね」アメジストの視線が、きっ、と強くなった。「地球が滅びない、という可能性が残っているのが腹立たしいの。そしてその可能性をクリスタル様が支持するかもしれないということが。───わかるでしょう? そうなれば私の存在意義は半減する。
私はこの星で、クリスタル様が欲する資源を集めるその準備をするために送り込まれた下位精神体。地球が自立するのを待つというなら、クリスタル様は、地球外で資源を欲する輩のことなど忘れてこの星に留まるでしょう」
「気まぐれに振り回されるのはごめん……てことか?」
「私は私の作られた目的のために自立して動くのよ」そういえばシトリンと戦った後に、下位精神体とはそういうもんだとクリスタルも言っていたっけ。「地球が資源でないというのならいったい何だというの? クリスタル様が私たちの本来の目的よりも、地球という星を選んだのかと思うとそれだけで虫酸が走る───滅亡へ邁進するこの愚かな生命体から崇拝を受けるなんて、考えられないわ!」
あたしとアメジストはしばしにらみ合っていた。ヤツらの崇拝に対する好き嫌いは(シトリンもちょっと異なるシュミを持っているのだなと納得はしたけれど)、この際どうでもいい。あたしはアメジストが地球大嫌い論を振り回すのにまかせた。
「私はこの星で、クリスタル様の足場を築くために、いろいろな地球人と会い、話し、交渉してきました。表向きは笑みなど見せながらね。そうして対話を重ねて、私にはわかったことがあります。この星の人間は、誰ひとりとしてこの星を存続させようなどと思っていないと───滅亡を望んでいるのではない。しかし、永続させようという意識もない。自分の人生がそこにあるだけ。自分という個の生命体がうまく楽しく暮らせることが DNAに書き込まれたあらゆる生命活動の前提。そこに種の向上、星という生命システムの向上は存在していない。それなのに言葉を操らせると、必ず社会全体や人類全体の恒久の幸福や繁栄を望むのよ。私にはさっぱり理解できないわ。
どうしてここまで自分の存在する世界を軽視できる? 本来ならそれは、本能にも勝る生命の前提のはず。あなたたち人類には、知的生命として最も重要な能力が欠損している。
例えるならば───地球人は、蜂や蟻に社会性があると思っているようね。でも蜂に知性がある? 思考がある? いいえ、彼らは本能のままさまよっているだけ。そうでしょう? 人類と蜂は別の生き物。人類にあるべき知性が蜂にはない。だから人類は蜂に選挙権を与えないし、蜂と戦争することもないでしょう?
私たちもあなたたちをそのように見ているのよ。その生態、原始的な社会を作るさまを、興味深く観察し利用することもできるでしょう、クリスタル様やシトリンはそれが楽しいようね、でも私は、蜂の巣は蜜を取るために壊すものとしか思わないわ。
ここにある知性や社会を、自分たちと同等に並べて考えること自体が間違っているのよ。まして彼らに我々と同等の権利を与えて、銀河のコミュニティに参加させようなどと───私は、たとえ存在を消されたとしても、クリスタル様を諫め、この星に滅亡の未来を導きます。
私は、この星が滅亡しない可能性を許さない。この醜く浅ましく、偽善と欺瞞と欲得に満ちた地球人が、この宇宙に存在し続けることなどありえない」
「なぁ、何言ってるか意味わかる?」あたしはさおりにささやいた。
さおりは首を横に振った。「とりあえずー、ジジィがキライってコト?」
「あー、そうかもしんない」
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