6-05

 フロアはかなり広い。めぐみの葬式があったイベントホールとどっこいの広さだ。だが、自由に動けるというわけではなかった。


 天井までの高さが三メートルほどしかなく、しかも、ずらりと島になるように並べられた机と机の間は、パーティションというんだそうだが、視線を通さないほどの高さの壁で仕切られている。それぞれの机が個人専用の空間になるようになっているわけだ。いずれの空間も、同じ型のパソコンとディスプレイが載っていて、同じような散らかり方をしている。


 要は、パーティションに高さがあるため、その上端から天井までの空間しかあたしたちは自由に使えない。動ける範囲が、ほとんど平面に限られてしまっている。


 後からさおりに確認したところでは、パーティションになっているのは、システム部が入っているこのフロアだけで、他の階は単純に机を島に並べているだけだそうだ。


 ……なるほど、アメジストはこの階を戦闘用にわざわざ選んだのだ。なんとなれば、このパーティションは、あたしたちの行動範囲を狭めるだけでなく、ちびエイミーどもの格好のバリケードとなっていたからだ。


 見て取るうちに、ちびエイミーがてんでにパーティションの向こうから顔を出す。まるでモグラ叩きだが、順繰りに叩いていけばいいというわけじゃなかった。ある方向から出てきたと思って顔を向ければ死角から別のちびが撃ってくる。


 「しかたないなぁ、もう! こんなのしたくないのにぃ」さおりと背中合わせのフォーメーションを取ってそれぞれ一八〇度を守り、ちびエイミーの襲撃を片っ端から撃ち落とすことを繰り返してみたが、たとえ撃ち倒せたところで、「アッド・クライアント!」アメジストが叫ぶごとに、新手がどんどん追加されていく。きりがない。


 しかも、こいつらただのコピーじゃない。サンフラワーが作ったものより頭がいい。目がちゃんとあたしを見てる。目で見て、別のちびと目配せし合って、そうして自分で判断して、次の行動を決めている。今までのコピーがただ決まったルーチンに従って動くだけのロボットだとすれば、このちびどもはAI搭載ってところだ。


 机と机の間の通路は彼女らの塹壕。こちらの攻撃の死角になるベストポジションを捜して飛び交っている。逆にあたしが身を潜めても、飛び交う彼女らはたちまち見つけ出して狙い撃ってくる。


 「その子たちのえじきになってちょうだい」アメジストはフロア中央窓際にワープして、ひとつだけ独立した誰か偉い人のものとおぼしき大振りの机の上に浮かんでいた。悠然と腕組みなどして、自らはそれ以上手を出すつもりがないようだ。くそ、とあたしは歯がみした。ちびエイミーの攻撃は、一発一発のダメージはわずかなものだが、じわじわなぶり殺しにしようって魂胆か。


 動きやすく、ちびエイミーから狙われにくい場所を探さなくちゃ───壁や窓を背にして戦えばどうだろう? すると突然、「あっち!」さおりが指を差したのは、あたしたちが入ってきたエレベーターホールだった。一見袋のネズミだが、なるほど、机はないし、壁を背にしてもされても対処しやすい。あそこから弾を撃っていれば、少なくともちびエイミーの機動力は封じ込めることができる。……あれ、さおりが有利不利を判断してものを言うなんて、珍しいな。


 あたしが何か答える前に、さおりはさっさとあたしの背中から離れてエレベーターホールへすっ飛んでいった。


 が。


 ……ちん、と音がした。エレベーターが、止まるときの音。ランプが点滅し、扉が開いた。誰か中にいる。


 「シャチョー?!」さおりが目を丸くして動きを止めた。


 社長ってまさか、と思ったが、下りてきたのはクリスタルではなく、モーリオンだった。「もう始まっているのか」人を見下した薄ら笑い。「ブリリアント・モーリオン・パワー!」変身し、さっきのバクテリオファージ姿になる。そのまま、あたしが有利な場所と思ったエレベーターホールにでんと陣取ってしまった。


 まずい、アメジストと挟み撃ちかよ! ……とと、よく考えろ。さおりはもうちゃんと勘定に入れてやんないと失礼だろ。ひとりでやろうとしてこないだ失敗したんじゃないか。二対一だったものが二対二になったんだ。ヴァインだってある、アメジストは戦闘専門の下位精神体じゃないんだから、ちびエイミーさえ落ち着いて対処できれば、戦闘力だけなら互角以上の分があるはずだ。


 「さおり、そっち、なんとかなるか?!」


 「えぇ~、あたしひとりでぇ?」不満げな反応だった。


 「そう!」


 「リーダー命令?」


 「リーダー命令!」


 「しかたないなーもぉ」てっきり倒すなんてムリとか戦いたくないとか言い出すのかと思ったら、彼女の不満はてんで別のところにあった。「シャチョー攻撃すんなんて嫌ァ、後でクビとか言われたらセキニン取ってよぉ?」


 「知るかそんなことォ!」あたしは怒鳴った。「だいたいそいつ今は社長じゃねぇだろ! やれったらやれ!」


 「でーもぉ、やりにくいってぇー、もぉー! だから会社ん中でやんのヤって言ったのよぉ~!」


 ごちゃごちゃやっているうちに、モーリオンの腹部がばかりと開いた。中には、葬式のときにも出してきたペンシルミサイルがびっしり詰まっていた。「バカめ!」だから女はと言わんばかりに、いきなり全弾射出してくる。


 ひゃあひゃあわめきつつ、持ち前の機動力で避けるさおり。あたしは幸い、一匹のちびエイミーが目の前に突っ込んできたところだったので、首ねっこひっつかんでミサイル群に投げつけてやったが、あんな攻撃が先からのちびエイミーどもの神出鬼没に混ざったら身動き取れなくなる。


 「攻撃を止めるだけでいい! なんとかならんか!」


 「ん~」さおりは少し困っていたが、すぐにぱっと顔をほころばせた。「あ、そうだ、いいものある!」


 「あるならさっさとやれ!」モーリオンは直ちに二発目を用意していた。撃たれる!


 「OK!」さおりは肩飾りに手を当てると、新たな武器を取り出した。それは、彼女の会社の制服に組み込まれた武装オプションだった。「たらららったらー! ローズ・リフレクター!」


 トレーニングのときに一度見せてもらった記憶がある。ローズリフレクターは、ローズアームズが変形するオプションだ。青白く輝いて透き通る一枚の布の形状をしている。めぐみにいわせれば『天女の羽衣』で、ゆきのにいわせれば『大気圏突入用の耐熱フィルム』なのだが、さおりは「フロシキじゃん!」とけらけら笑っていたのを覚えている。


 そしてその使い道は。……モーリオンが二発目を斉射したところで、さおりはリフレクターの端をつかんで振り回し、ふわりとミサイルの進路にリフレクターが残るようにした。すると……光の布に触れたミサイルはすべて方向転換して逆方向へ戻っていく! 逆方向にはすなわち撃ったモーリオン自身がいて、次々命中して爆炎で包み込んだ。


 ローズシールドより守備範囲の広いこの防御武装は、シールドとは異なり、受け流したり防いだりするのではなく、触れたものを名のとおり反射リフレクトする特徴があるのだ。


 布は波打つものだから、撃たれた方向にそのまま跳ね返るわけではない。だから確実な反撃手段にはならない。逆にいえばどこに跳弾させるかわからないから、相手の動きを封じやすい。どうやら相変わらず白兵戦ができないらしく、動きも遅く、弾幕勝負のモーリオンにはかなり有効だ。


 まして、今のさおりとモーリオンの間の距離は、たかだかエレベーターホールからオフィスの入り口までってところだ。ランダムに跳ね返ったとしても、ほとんどはモーリオン自身が食らうことになる。モーリオンはうかつに弾を出せなくなって顔をしかめた。


 やがてモーリオンは八本足のうちの四本を持ち上げた。その細い足の先にも何やら射出口がある。目一杯に広げると、四方向から、今度はミサイルではなく細かい光弾をさおりに浴びせかけた。


 だが、どこから撃とうが彼女に狙いを定めることには変わりない。そしてピンクローズの反応速度は、当たる直前でも弾を見切れるほどのものだ。光弾が猛牛であるならばそれをあしらうマタドール……いや、フォームだけならテニスの選手が素振りをするのに似ている。あいつ、テニスなんかやってたのかな?


 さおりはぎりぎりまで引きつけてから体をわずかにずらし、リフレクターを振り回すと、ほとんどすべての光弾をまとめてモーリオンに叩き返した。そして言う。「やめましょうよー、シャチョー!」弾ぶち当てておいてやめてくれるヤツもいないと思うが。


 オフィスの入り口にいてエレベーターホールの側を向いているから背中はがら空きだ。ときおりちびエイミーも何体か、その背中に向けて突っ込んでいくが、リフレクターをテニスラケットのように持っていると自然に背中を守るように垂れ下がる。ちびエイミーの頭がいくら良いといっても、モーリオンとの連携まではムリな話で、背後から撃ってみても跳ね返されるばかりだった。


 「OKさおり、そいつをそこから出すなよ!」


 どうやら、向こうはまかせておけそうだ。あたしはアメジストの方へ向き直った。

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