4-09

 あたしはローズショットを抜いて、銃口をシトリンに向けた。


 「フライングローズじゃ、ゆきのは顔を見る暇もなかったんだろうけどな」あたしは言った。「あたしゃ、あんたと殴り合いをしたんだぜ。このオレンジ色」


 「オレンジ色は失礼ね」ふぅ、ともえぎは大きく息をつき、オレンジ色になるべきその髪をかき上げた。ぎゅっと学生鞄の把手を握りしめる。「ご明察、わたしはシトリン、あなたと拳を交えたクリスタル様の下位精神体よ。でも今は、善良な一地球人広島もえぎでもあるわ。介入してくるなんてよっぽどの理由があるのね?」


 「介入も何も、おまえらはお尋ね者だろ。こっちには、逮捕するって大義名分がいつだってあるんだ」


 「笑わせないでよ。仕事熱心はいいけど、わたしを捕まえるなんて、本気でできると思ってるの?」


 ハナで笑われるのがしゃくに障る───サンフラワーは無駄だと言っていたが、ショットをキャプチャーモードに変えてぶっ放してみた。攻性粒子の網がシトリンに絡みつくかに見えて、放たれる光はすぐに薄れ、消えてなくなってしまった。なるほど、ヌガーと違って、精神体の保持する肉体は防性粒子で守られているのだ。


 あたしはショットを薔薇飾りの中に戻した。精神体を捕まえるには、攻性粒子の武器では足りないことはよくわかった。けれど、そこにいるのが許されざる存在であることに変わりはない。何とかして、排除したかった。


 「何のつもりだ? クリスタルの命令か?」


 「いいえ、わたしが勝手にやっていることよ。わたしには地球は退屈だから、ちょっと遊んでるだけ。戦闘するつもりもないわ、命令がない限りはね。だからできればほっといて欲しいんだけど」


 「そうはいくかよ。あいつがホワイトローズと知ってて近づいたのか?」


 「そうよ。わたし、友達が欲しいの」


 思いがけない言葉に、握り固めていた拳が緩んだ。


 「おまえが?」


 「何かいけないかしら?」さも当然と言ってのける様子には、クリスタルに似た自信があった。


 「だって、あたしらは敵同士……」


 「地球法適用時はお互い手出し無用のはずでしょ? 現にあんたたちだって、それをいいことにピンク色を鈴木商事に送り込んできてるじゃないの。おあいこだわ」


 確かに道理だ、こちらの都合だけでゆきのを人質に見立てて、悪人呼ばわりするのはフェアじゃない。でもフェアじゃないといえば、もっと問題なことがある。


 「ゆきのはおまえがシトリンであることを知らないんだ」


 「でしょうね? でも、わたしは友達が欲しい、ゆきのも友達が欲しい、お互いの利害は一致してるの。そして、ゆきのが何も知らないからこそわたしたちはわだかまりなく仲良しになれる。違う? ゆきのは、わたしがちょっとヒミツを抱えてる、くらいに思ってくれればそれでいい。その方がきっと、もっと仲良しになれるわ。


 あなたが今こうして気づいてるってことだけが想定外なの。だからあなたが黙って見ててくれさえすればそれでいいの。わかった?」


 「そんな勝手な理屈でゆきのに近づくんじゃねぇよ。最初にできたのが、嘘と隠しごとだらけの悪い友達じゃあ、あいつがかわいそうだ。失せやがれこのコンチクショーが」


 「まぁ、なんて口の悪いこと」シトリンは、わざとらしく上品に言った。「そんな口の利き方をするあなたこそ、知性あふれる高岡ゆきのさんには近づくべきじゃないわ。だいいちあなたに、友達を良いか悪いか分ける資格があるとでも言うの? わたしは、良い友達になるつもりよ」


 言い返そうとして、喉に何かがぐっと詰まるのを感じた。


 「ねぇ、わたしの『設定』教えてあげる」シトリンは鞄を持つ手を背に回すと少し腰を曲げ、変身済みのあたしの顔をやや低い位置から見上げた。「地球人のわたしは、北米担当のエリート外交官の娘ってことになってるのよ。母親はアメリカ人で、ハーフなの。ちょっと前までニューヨーク郊外の敷地三百坪のお屋敷に住んでたけど、高校は日本で通うことになって、今は知人の会社社長ピーターズバーグ氏のお宅に身を寄せてます───つまり、クリスタル様よ」


 いたずらっぽく笑う。こうして真正面から見ると、ブルーローズと異なるぱっちりした目がとても愛くるしい。汚れたところなんかなにひとつなくて、決して誰も敵に回さないであろう純粋さ……。


 「それでも日本人としての教育をみっちり受けていて、華道茶道合気道、道のつくもの何でもござれの帰国子女───夜遊びもしないし、男遊びもしないし、純情可憐で品行方正で成績優秀な大和撫子が、学に勉め才を育み清く正しく美しくあぁ素晴らしき青春の学び舎、ってのを堪能したいわけ。そう、そのためにはジベタに座ったり下着売ったりするバカなジョシコーセーが友達にいると困るのよね。ゆきのなら間違いないでしょう? ……さぁ、わたしが『良い友達』でない理由がどこにあるの?」


 その長口上を聞いて、あたしは頭がくらくらするのを感じた。どこまで本気なのかすらよくわからない、偽のプロフィール。


 そんなの、違う。友達ってのは何かの基準で良いか悪いか分けられるものじゃない。頭の中ではすぐにそう反応していた。


 けれど、詰まったままの喉は開かなかった。友達をそうやって分けることを先に持ち出したのは自分だった。あたしは無意識に友達を良し悪しに分けている。シトリンの言葉が突き刺さり、あたしはひるんだ。


 あたしは、ゆきのにとってどういう存在なのか? 偶然、同じ時期にブルーローズに死体を見つけられ、ローズフォースの一員となって、マンションの同じ部屋に押し込まれた。それから───。あたしとゆきのって、そもそもトモダチなのか?


 「考え込んじゃうなんて、よほどやましいことがあるのね?」シトリンはたたみかけてきた。「それならきっと、ゆきのにとってあなたはきっと『悪い友達』なんだわ。私は彼女と『良い友達』でいたいだけ───そんな歪んだ感情を抱いたままで、ゆきのに近づかないでちょうだい。あの心根の優しい人に、どんな悪い影響を与えるか知れたものじゃないわ」


 「ごたく並べてんじゃねぇよ、その『設定』ってのは全部ニセモノなんだろ、比較すんな!」


 なんとか叩き返してはみたが、動揺していた。シトリンの顔をまともに見られなかった。そんな自分が無性に腹立たしく、悔しかった。


 まだ何かされたわけじゃない。誰も傷ついていない。けれど、そこに否定したいものばかりをずらずら並べられて、湧き上がるのは苦痛と恥辱だった。


 落ち着け───落ち着け。あたしは別の理屈を探した。混濁し始めた自分の感情から抜け出て、自己を正当化する方法を探した。そうしないと、この心をえぐるクソいまいましい小悪魔から、あたしは泣いて逃げ出してしまいそうだった。


 くそ。わかってるんだ。そうだよ、この女はこの目で、この顔で、自分のコピーの首をくびり折る。口先に惑わされちゃいけない。あたしはぐっと歯を食いしばった。


 「……逮捕してやる」


 「ムリだって言ってるでしょう」


 「だったら、その体だけでもバラバラにして、この星から追い出してやる! あたしたちの前から消え失せろ!」


 「は! できもしないくせにカッコつけて! 口が悪い上に頭も悪いと来てる!」シトリンはこの路地に入って初めて、言葉にはっきりと敵意を含めた。笑みをぐにゃりと歪める。「わたしとゆきのが友情を育むのに、あなたは邪魔よ! 返り討ちにしてあげるわ、あなたなんかがゆきのの前に二度と姿を現さないように!」


 今のあたしで、こんな気持ちで、太刀打ちできるのか。あてもなく何とかなると信じ込むしかなかった。そして、自分の触れたくないものから逃避している時間が、永遠に続くようにひたすら祈った。

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