4-08
ゆきのがそのことに気づいている様子はない。
続けてあたしに向けて手のひらを向けた。
「こちらは私のお友達の綾瀬みずきさん───えーと、浪人生、でいいですか?」ゆきのはぺろりと舌を出した。
「好きにしてくれ」あたしは苦笑した。ともに戦うローズフォースですとは言えないもんな。表向きは浪人生にしといた方が楽そうだ。
あたしは努めて冷静に言った。
「放課後ってのも楽しみにしてたんだろ、邪魔するつもりないから、遊んでこいよ」
「はい、そうします」
ゆきのは本当にうれしそうに微笑んだ。
ゆきのともえぎはまたおしゃべりしながら去っていく。と、もえぎがちらりと振り向いた。あたしの顔を見つめて、そのヒロイン顔をにやりと歪めた。そしてすぐにおしゃべりに戻った。
間違いない。あいつは気づいている。あたしがレッドローズだということに。なら当然、ゆきのがホワイトローズであることにも。サンフラワーは言っていた───こちらからはわからなくてもクリスタルらはあたしたちの動向を逐一把握している、と。
シトリンを見つけたらどうするのか、ちゃんと聞いていない。サンフラワーも簡単に見つかるとは思っていなかったんだろう。あのときの話しぶりから察するに、よけいなことはせずにとりあえず報告しろ、ってところだろうが……しばらく考えてから、あたしは彼女の後をつけることにした。
ついていけば、奴らのアジトか何か、彼らにとってバレては困るようなモノが出てくるのかもしれないと思ったことが理由のひとつ、そしてもっと大きな理由は───許せなかったんだ。釈然としない憤りがあたしの胸の内に膨らんでいた。
ゆきのはいつアキレス腱になるか知れない───サンフラワーの言葉が耳に蘇る。いきなりかよ。ふざけんなよ。
幸い駐輪場が近くにあった。あたしはバイクをそこに放り込むと、ポケットに手を突っ込み、背を丸めて尾行を開始した。
ゆきのともえぎはしばらく楽しげに話しながら歩いていた。ハンバーガー屋や、CDショップなどを巡った後───ごくフツーなルートにみえて、おそらく彼女らにとっては初体験だったろう───手を振って駅前で別れた。ゆきのはご機嫌にスカートの裾を揺らしながら、駅前のスーパーへ入っていく。
もえぎはそこからまた歩き出した。駅の中に入っていくようなふりをして、入っていかなかった。まぁ、ワープできる連中が電車に乗るってのもヘンな話だ。
───なぜシトリンがここにいる? 彼女があたしたちの弱点であることを、クリスタルが承知してるってことか? ……連中も全然知らなくって、偶然に戦闘要員同士が出会ったという可能性は───まぁ、ないだろうな。いずれにせよ、ゆきのがシトリンを仲の良いクラスメートと思い込むのなら、人質も同然だ。
ぽつり、ぽつりと雨が落ちてきた。歩道のアスファルトに、濃い色の模様がついては乾いていく。
もえぎは表通りの雑踏から、人の少ない裏通りへと入っていった。真昼という時間帯に若い女が歩いているというだけで目立ちそうな場所だ。電柱に隠れながら進むようなことをやってみたがかえって怪しく、素人の尾行ではこれが限界か、と思い始めた矢先、もえぎが突然道のない場所で折れ曲がり、ビルの谷間に入っていった。
見失ってはまずい、あたしは急いで追いかけ、そのビルの谷間を覗き込んだ。
すると───もえぎがこちらをじっと見据えていた。あたしの尾行に気づいていたのだ。
「何の用なの? つけ回したりして。迷惑だわ」
あたしもその暗い路地にゆっくりと入っていった。狭い。幅は一メートルあるかないか。空調の室外機や飲食店の換気口がいくつも並んで幅をさらに狭め、漂う汚れた空気に息苦しさを感じた。ビルの通用口があるわけでもなく、猫とゴキブリ以外の生き物が通ることはなさそうだった。───ここで追っ手を待ち受けること自体、彼女がただの女子高生などではないことを物語る。
あたしは腹をくくった。片手をビルの壁に当ててもたれかかり、ここから決して逃がさないぞとジェスチャーで示した。
「『だわ』なんて語尾、いまどき誰も使わねぇぞ。あたしじゃなくても、バレちまう───日本に来てたかだか三週間の宇宙人だってな」
「何が言いたいの?」もえぎは、つまんないこというのね、とでも言いたげに、あたしを冷ややかに見た。しかし、否定はしなかったし、つまらぬごまかしも言わなかった。
「別に。ただあんたを捜せって言われたんだ、うちとこの親分にさ。───サンフラワーって言うんだけど、知り合いじゃあなかったっけ?」サンフラワーの名が、さらりと口に出た。
もえぎは動じない。「だから?」
「答えはすぐに出るさ───Blooming up, Red Rose」
もえぎを前にして、噛みしめるように言った。あたしは変身し、レッドローズとなる。それと同時にロウシールドがきんと音を立てて発生する。地球と宇宙とが隔てられ、ビルの谷間がわずかに赤らんでシールドの向こう側の背景となる中で、浮き上がって色を保つもえぎの姿。それは彼女が宇宙法を適用される存在であることの証明だった。
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