4-05
一撃だよ。驚いた。自然と、小さくガッツポーズをしていた。
粒子が消えていくと、後に残されたのはあたしだけ。フライングローズの上甲板に、ただ独り突っ立っていた。
どこへともなく、この戦いを監視しているはずのサンフラワーへ呼びかける。「さすがだな、この威力は。こんなもんでいいのか、サンフラワー」
「上出来です」どこからともなく、サンフラワーの答えが戻ってくる。「……ちょっと悔しいなぁ、一撃かぁ」どうやら作ったコピーに相当自信があったらしい。
「シトリンの作ったコピーより断然強かったと思うけどな?」
「あれと比べないでください、僕が比較したいのはシトリン本体の方です。彼女だったらローズブリッツは避けてきますよ。僕の予測では、もうひとつのソーンを使わないと倒せないはずだったんですが。……あぁ、そのソーンの使い方はまた後で説明します」そういえば「第一のソーン」って言ってたな。
「それに、逆の見込み違いもあったんですよ」サンフラワーはまだ納得がいっていないようだ。
「逆の?」
「シトリンコピーの思考ルーチンを、本人に近づけ過ぎたようです。ヘンなクセまで組み込んじゃったみたいで」
「クセ?」
「敵を甘く見るとショットを出すんですよ、彼女は。接近戦をメインにして作られた戦闘用精神体ですから、格闘戦の方がはるかに強いんで、ショットなんて使う必要ないんですけどね。彼女にとっては、ショットは武器というより相手を弄ぶ道具のようなものみたいで」
「なんだよ、それ」あたしはフライングローズで初めて戦ったときの無様を思い出して、少し赤面した。「あのときもそうだったってことか?」
「おそらく。……シトリン相手に、まっこうから殴り合いに応じていたら、勝てるものも勝てませんよ」
「悪かったな、先に手が出る女で」あたしは口を尖らせた。「だったら逆に、このヴァインをうまく使えば、シトリンには勝てるって考えていいんだな? クリスタルはどうなんだ?」
「うーん」サンフラワーはひとつうなって黙り込み、答えまでには少し間があった。「……難しいですね。彼はシトリンよりも戦闘能力に秀でていますから。それに、シトリンにせよクリスタルにせよ、可能なのは肉体を滅ぼすところまでです。つまり現在のブルーローズ様のような状態です。
惑星上で精神体が肉体を失った場合、その精神体は直ちにその惑星の圏外に離脱しなければならないと宇宙法は定めています。これは道理なのですが、我々としてはみすみす取り逃がすことになります。
我々は肉体を滅ぼすことなく、精神体としてのクリスタルを捕縛しなければなりません。残念ながらヴァインも対クラス7構造の武装であることには変わりなく、捕縛の用途には役立ちません」
「キャプチャーモードあるじゃん?」
「あれは攻性粒子で肉体を締め上げるだけです。攻性粒子の接触は、ワープの前段階である肉体の粒子化を阻害しますから、結果的にワープを阻止できるのは確かです。しかしそれは一時的で、防性粒子で中和されたら終わりですし、自然散乱もありますので完全な拘束には至りません。
精神体を捕縛できるのは精神体だけです。けれど今の僕ではクリスタルのような強力な精神体には太刀打ちできません。強力な精神体を捕縛するには、攻性粒子とは異なる手段で精神にダメージを与えて、十分に弱体化する必要があります。
そのための装備は別に検討中ですので、もう少し待っていただけますか」
空間が歪み出した。幻のフライングローズが消えていく───やがて辺りは元の白い部屋に戻った。
「では、変身を解除してください。ヴァインは、ローズフォースの変身中しか役に立ちませんから、変身を解けば元の状態に戻ります」
「Falling down, Red Rose」変身解除のキーワードを口にすると、言葉どおり、赤いバイクが白い部屋の中に光とともに戻ってくる。……と同時に、頭に鉛を打ち込まれたようなもやもやを感じて、あたしは少しふらついた。
「疲れてますか、みずきさん。その感覚にも今のうちに慣れておいてください。疲れの程度とか、違和感とか、問題点があったら僕に言ってください、直しますから」
ワープアウトしてきたサンフラワーは、ようやくあたしにキーを渡してくれた。
「マンションの地下に駐車場がありますから、レッドヴァインはそこに移しておきます。ヘルメットも用意しておきます。それじゃ、あとはメンテナンスをしますから、僕の部屋に来てください」
メンテナンスが終わった後、例によってサンフラワーはいったん部屋を出て行く。しかし、今回はいつもより戻りが遅く感じられた。ヴァイン初使用だったから、彼にも調べることが多かったのだろう。自分独りしかいなくて、誰もしゃべる相手がなくて、ただただ手持ちぶさただった。
この部屋はサンフラワーの私室も兼ねている。男の独り部屋……といえば多少も興味を惹かれようものだが、精神体にはハナから期待する気も起こらない。あたしは立ってうろうろしてみたが、彼の部屋には暴き立てておもしろそうなものは何もなかった。壁にポスターはなく、本棚にマンガはなく、ベッドの下にエロ本はないのだ。
何台かパソコンがあるから、それには何か弱みを握れるようなデータでも入っているのかもしれないが、電源が入っていない。あたしはコンピュータが苦手なので触る気にならなかった。ただ、ここになぜパソコンがあるのかは以前聞いたことがある───彼は、あたしたちの生活費を「地球上で合法的に稼ぐ」と言っていたが、パソコンとネットを使った在宅勤務をしているのだそうだ。
唯一興味を引いたのは、事務机の上に、ノートが何冊か散らばっていることだった。メンテナンスの最中に、医者がカルテに書き込むように、彼はそのノートにいろいろ書きつけをしていく。それが開きっぱなしになっていたのだ。
……本当に、あたしたちの情報ってノートに書かれちゃってるんだよな。まったく、よくやるよ。
あたしは立ち上がってそのノートを覗き込んだ。開いている一冊は、つまりあたしの今日のシミュレーションに関するデータを記録したのだろう。しかし、覗き込んでみても、どこに何が書かれているのかよくわからなかった。数値の意味がわからないのはしかたないとして、それ以前に、字が小さいうえに悪筆で読み取れないのだ。
ぱらぱらとやってみる。あたしのノートは、一冊の半分くらいしか埋まっていなくて後半は白紙だ。……あれ? 一、二、三、四……五冊ある。あたしのノート、さおりの、めぐみの、……なぜかゆきののものだけ二冊ある。ゆきのだけ、一冊が完全に埋まり、次のノートに替わっているのだ。他の三人は、白紙の方が多いくらいだってのに。
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