4-04

 それは宇宙空間だった。星々が輝く中に、真っ黒い、光を通していない場所がある。そこに引力が発生していた。逆らえないまま引き込まれていく。ブラックホール? ───いや、あれはフライングローズだ。あたしはあのとき戦った上甲板を、真正面から見ているのだ。引き込まれていく感覚が、上甲板へ降下する感覚へいつのまにか変わっていた。


 星の光以外何も見えなかった空間に、さっと光が射してきた。どこの何が光源かはよくわからない。現実の宇宙には存在しない、サンフラワーが作った仮想の光源だろう。


 その光により、上甲板に誰かが立っているとおぼしき影が生まれた。誰だ? あたしはその人影と対峙するように降り立ち、それが何者か確かめた。あぁ───ブルーローズに似ているけれど、やや目元がぱっちりとした、オレンジ色の長い髪。この『ブルーローズに似ている』という感覚は、何度目だろう───「シトリン?!」


 「正確にはシトリンのコピーです」確かに、目に生気がない。「フライングローズの戦闘を参考に僕が作りました。思考ルーチンは僕が作ったものですから、コピーだからといってバカにしないでくださいよ」


 「なるほど、新しいアイテムを使って、ボスを倒してくださいねってコト!」




 あたしはスラスタを最大出力にして突っ込んでいった。


 ヴァインによって、最高速度と最大加速度も向上している。一瞬で間合いを詰め、殴りかかった。その真っ正直な右ストレートをシトリンコピーはさっとかわした。前にのめるあたしの腹に膝蹴りを───って、前と同じ手を食うかよ!


 あたしは即反応した。ヴァインにはそれができる! 突進の方向をむりやり変えて、膝蹴りの態勢のシトリンコピーに肩から体当たりを食らわせた。バランスを崩してすっ飛び、背を甲板に叩きつけるシトリンコピー。


 それを追いかけて馬乗りになろうとしたが、シトリンコピーはブリッジの体勢をとり、足を跳ね上げてあたしの顎をとらえた。そのまま倒立から直立姿勢に移ったかと思うや、のけぞるあたしのみぞおちめがけて、肘を前にして体当たりを仕掛けてくる……って、この体のみぞおちは別に急所ではないが。


 あたしはどうにかこらえて技を食らう前に姿勢を戻した。繰り出された肘打ち、そこからの裏拳を左腕一本で受け、捕まえた。格闘技だったらこのまま腕を取って引き倒して関節技に入るんだろうが、あいにく痛みを感じない連中に関節技の効果はいかほどか。捕まえたまま右手に攻性粒子をまとわせて殴りかかったが、こちらの攻撃もがっちり受け止められてしまった。


 お互いの腕をつかみ合って対峙する姿勢。互角? ───いや、それでも向こうの方がやや力が上か? 押し合いをしてもらちが明かない。あたしは軽くスラスタをふかして跳ねた。つかみ合った腕を軸に、シトリンコピーの頭上で倒立の姿勢───ここでスラスタの出力を上げて、シトリンコピーを真下に叩きつけようとした。叩きつければそのまま馬乗りになってタコ殴りだ。だが、シトリンコピーはつぶれなかった。膝を折りながらも全体重と全出力をこらえる。あたしはブレーンバスターの要領で投げ捨てられた。


 くそ、コピーでもシトリンには勝てないのか?! コピーには表情がないはずだのに、なんだかくすくす笑われてる気がする。


 立ち上がりかけたところで、足元に光弾が弾けた。シトリンコピーがショットを撃ってきたのだ。続けざまに飛んでくる光弾は、狙っているのかいないのか弾道が荒れていて、当たらないが避けるのも難しい。


 なんか武器! こっちも武器! ……そういえば、サンフラワーがヴァインにはソーンっていうオプション武装もあるって言ってたな。どーでもいーから奴をぶちのめせるの、出てこい! あたしは肩の薔薇飾りに手を触れて、念じた。


 すると───ソーンとは、薔薇飾りから出てくるのではなかった。無意味に見えた肩甲の突起から、何かそれぞれ光の束のようなものがうねうねと揺れながら伸び上がったのだ。


 それはつまり、輻輳し絡まり合う二本の青白い光のヴァイン。棘を伴って高く天を衝く。だがそれはジャックの豆ほど頑強ではなく、支えを失ってやがて折れ曲がると、ばらばらに離れてしまった。力尽きて地に落ちてくる……かに見えて、ばらばらに離れたそれぞれが別のぎざぎざしたものに整形されながら、あたしの頭上で号令を待つかのように整列を始めたじゃないか。ぎざぎざけばけばした光、それは、……稲妻?


 サンフラワーの声が聞こえてきた───「それは第一のソーン。名づけて、『ローズブリッツ』。攻性粒子の稲妻です。それぞれの稲妻を拡散して飛ばすことも一点に集中して飛ばすこともできますよ」


 「よっし!」あたしはシトリンコピーを指差し、稲妻どもに向かって号令をかけた。「行っきゃがれローズブリッツゥ!」


 個々の稲妻が角度を変え、狙いを定めたかと思うや、立て続けにシトリンコピーに向かって落雷・・した。それは光の速さで、折れ曲がったいくつもの光の線が一瞬浮かび上がったようにしか見えなかった。


 シトリンコピーも跳ねて避けようとした。第一撃、第二撃の稲妻は地面に落ちる。だが、第三撃の稲妻がジャンプの着地を捕らえると、後は立て続けにすべての稲妻がシトリンコピーに突き刺さり、眩しい電光で包み込んだ。あまりの眩しさにあたしは目を覆った。


 ……しばらくして、あたしの視神経の残像もすべて消え去った頃、シトリンコピーは粒子となって消えていた。

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